王宮にて
ジェラルドの敗北はすぐに王宮に報告された。
王たちはガックリと肩を落としたが、オスカーたちはなんとなくそんな予感を持っていた。
すでに一度断られているオスカーは難しい顔をしながら考えた。
(ジェラルドは一人に絞るのが遅かったんだ。結菜にも聖奈にもいい顔をして過ごしていた。きっと二人の聖女は情報を共有していただろうから、その不誠実さが伝わってしまったに違いない)
オスカーはパーカーにその話をすると彼も全くその通りだ・・・と言う。
「ジェラルドは少々女好きの雰囲気が強すぎます。セイナはユイナよりそう言った雰囲気を読むのが早かった。まあだから彼はユイナにプロポーズしたんでしょうけれどね」
「ユイナは私と討伐中もずっと共にあった。おそらく私の方が可能性があるんじゃないかと思うんだ」
オスカーは少しばかり自信があるようでパーカーに笑ってみせた。
パーカーもオスカーの馬に慣れた様子で座っているユイナの姿を思い起こすと『確かにな』と考えた。
どちらにしても焦りは禁物だ。
ここからが勝負だ!と二人は頷き合った。
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大型魔獣の討伐が終わり、聖女二人の仕事も残すところ汚染地域の浄化が中心となってきた頃から、聖奈と結菜は王宮で過ごす時間が増えた。
『陛下からお話があるそうです』と二人が過ごす部屋に侍従がやってきた。
いつもと違う文官が後ろに控えており、知らせに来た人がいうには宰相も王子も王の間で待っていると言う。
セイナたちわかりましたと急いで準備をしながらため息をついた。
またあの気の良さそうな……だけど策略家の親父から『ほうび』という名の『結婚』を勧められるのだ。
二人はこの王国に来てからずっと意思確認をお互いにしていた。
〈何をお礼に貰っても日本に帰ろう〉ということだ。
日本に比べてここはあまりにも不便だというのが共通認識で、常識もかなり違う。異世界に渡って無双しているとも思うが一生住むには辛い……と考えていたのだ。
同じ価値観の二人で聖女になれたのは本当に唯一の幸運であったと思う。
一人が異世界に夢見る危ない系だったら悲惨だったよねぇと二人でよく話す。
「セイナがパートナーで本当に良かった。無事に五体満足で帰れるし」
「ユイナに私は救われたよ。本当にしっかりしているよね」
「そりゃ、セイナより私の方が……」と話していると再びノックが聞こえた。
「そろそろ宜しいでしょうか?」
年配の侍女長がメガネ越しに二人のドレスをさりげなくチェックをしているのを苦笑いしながら『『はい』』と頷いた。
いつもと変わらないやり取りがこの後繰り広げられると思うと聖女二人は大きな溜息を吐きたいくらいであった。
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扉が開かれたとき二人は思わず後退りしたくなった。王の間はいつもは居ない人々が集められていたからだ。
そして皆が緊張した面持ちで立っていた。
夜会や、議会で見たことのある顔が並び、王の顔がいつもより強張っている。
「すまない……今しがた分かったことだが、白金の森林が浄化された瞬間に神の道が消滅してしまったのだ……」
いつもはニヤニヤしていた陛下が今日は辛そうに口を歪めた。
「え?それはつまり?」ユイナが呆然とした様子で言葉も取り繕うことなく口を開けた。
「私たちは帰れなくなったということですか?」
セイナが目を大きく見開いてオスカーやその隣にいるパーカー、ジェラルドに視線を移すと二人は申し訳なさそうに視線を外した。
宰相が話し始める。
「勿論私たちは聖女様お二人に残っていただきたいと常々思っておりましたが、このゲートが閉じたことは予想外でして、神官長が先ほど知らせに来たのです。ですから神殿の奥の中庭には」
そう言い切らないうちにユイナが走り出した。
セイナもその後を追いかける。
二人が全力で走り出したのを見て慌ててオスカーたちが何かを叫んだが二人は足を止めることはなかった。
王の間に集められた貴族や、神官は一瞬呆気にとられたが、すぐに討伐軍の総司令官たちが後を追いかけ聖女たちと並走していると報告された。副司令官もその後に続くと貴族たちは王の間でざわざわと会話を始めた。
「走るなどと、なんとはしたない」
「これで王国に聖女たちは残るしかありませんなあ」
「だがじゃじゃ馬を娶るのは我が家じゃ難しいですぞ」
その様子に王子たちは怒りを孕んだ目を向けたが貴族のいく人かは無責任に小声で話を続けていた。
すると意を決したように神官長がコホンと咳をし皆を黙らせた。
髭を蓄えた老齢の神官長は広間に集まった貴族たちに向かって静かにこの二年間の聖女たちの様子を話して聞かせた。
二人の聖女は討伐が終わると必ず神殿にお祈りに来たそうだ。
どんなに疲れていてボロボロでも朝早く神殿に上がり
『今回も無事に戻れたことに感謝します』そう言って手を叩き頭を下げる。
『ヘンリーさんの怪我が早く治りますように』
『ジェリーさんの足が今回魔物に食べられてしまいました。力及ばずすみません』
『オットーさんのお兄さんが早く見つかりますように』
そして最後の一言はいつもこうだった。
『1日も早くこの国に平和が訪れますように』
二人で揃えて行う動きのため神の国の儀式なのだろうといつも遠目に眺め、邪魔しないようにしていたそうだ。
そしてお祈りを済ませると必ず何通かの手紙を時空の裂け目〈ゲート〉へと大事そうに入れていく。
人の名前を呼ぶこともあれば、お母さん……と切なそうに目を細めている日もあったそうだ。
シン……と沈黙が落ちた。
神官長の話を聞くと王の間に集まった人々は苦しそうに胸元を抑える者、俯くもの。目線を上に上げるものが多かった。
国を離れるとはそういうことであるし、明るく礼儀正しい二人にウランバルブ王国皆が無責任に色々なものを背負わせていることを思い出したのだ。幼い彼女たちを利用することばかり考えていた貴族たちは押し黙った。
二人の少女たちが一生懸命に国に帰るために務めを果たしているというのに流石に大人の事情を気安く口にしていることに気まずさを感じる。だが、そんなこと全て反省したとて彼女たちが戻る術は自分たちには考え付かなかった。
その後……
聖女二人は神殿に辿り着き(二人は身体能力も高かったらしく、走るスピードが男性よりすごかったそうだ)中庭で呆然と立ち尽くしていたところを総司令官たちに保護された。
二人が現れた中庭には時空の裂け目がずっとあったが今は何もなくなっている。
もう国に戻る可能性はほとんどない状態であった……
聖女二人は泣かなかった。
ただ呆然としているようだった。
食事を用意しましたと言っても二人は上の空になり、寝室に二人で閉じこもった。
王宮にいる多くの人々はその姿を見て胸を傷めるのであった。
それから一週間。
聖女二人は静かに過ごしていたがやがて食事を摂るようになり、二人で会話する声も聞こえるようになった。
オスカーとパーカー、ジェラルドは心配して二人の部屋を訪れた。
花束や本を差し入れ、二人の様子を伺ったが二人とも
「お気遣いありがとうございます……ちょっと二人で考えたくて……」と困ったように笑った。
元気があるわけではないようだが少し前を向いているのを感じたのでホッと胸を撫で下ろす。
二人の様子を侍女や文官たちも心配した。
毎日外を出歩いていた二人が部屋に籠っているのだ。一番側にいた二人の侍女はその様子に何度も涙を拭う。
取り繕うことも出来ないぐらい落ち込んでいる二人の姿に心から胸を痛めたのである。
聖女二人が神の国に帰れなくなったという知らせはあっという間に広まった。
街中を全力疾走する二人がみんなの目に留まったからだ。
聖女が現れて二年間。
神殿の中庭にあったゲート(時空の切れ目)は皆が確認している。
神聖なものとして祈ったり、コインを投げ入れるものたちも多かった。
それがなくなったのだからこの一大事は王国中に知られることとなった。
人々は
『聖女様は国に残ってくださるんだ!』と喜ぶ者もいれば
『俺は神が二人はここに残るべきだと判断したんだと思うぞ』という人もいる。
『この国で贅沢に暮らしてくれたらいいんだよ。それだけ頑張ってくれたんじゃ』とお年寄りは諭すように話す。
しかし、誰も聖女たちの心の中を知る術はない。




