聖女と討伐隊(前編)
聖女たちは王家主導のもと危険から守られてはいたが身分を笠に着て威張ることを極端に嫌った。
例えば軍の兵士たちが村に到着した時。兵士が村長に大声を出した。
『聖女様の率いる討伐軍の宿泊施設をこのような荒屋にするとは何事か!』
その声は馬上の聖女たちにまで聞こえた。
それを聞いた住人が慌てて兵士たちに自分たちの家を明け渡し、自分たちは馬小屋に移動しようとしていた時も
『いえいえ、私たちがこちらに泊めていただくのですから、それは困ります』と間に入り仕切り直しを始めた。
『ただでさえ、魔獣に襲われてどの家もちゃんとできない状態なんです。私たちが無理を通したら、彼らはもっと疲れてしまいますよ』
『食事だって、私たちの方が良いものをいただいています。これ以上の無理を言うことはしないでください。快適な空間は自分たちで作る努力をしましょう』
そう言ってその場を収めた。
最初の頃は討伐軍の兵士は聖女の様子に
「所詮聖女様といえど平民出身なんだとよ」
「だから馬小屋で寝ようなんて言い出すんだ」
「王国の軍が舐められてしまう」
と不満を漏らしていた。
討伐が始まってすぐはオスカーたちは討伐軍の兵士と聖女二人の意見の板挟みになってしまう。
パーカーが二人を宥めても、ジェラルドが「僕らの大切な人が野宿なんて心が苦しいんだ」と甘い言葉をかけても二人は首を縦に振らない。
その点に関しては非常に頑固であった。
しかし、聖女の態度に感激し、村人が感謝する姿が今まで以上に熱を帯びてくれば兵士たちも悪い気はせず、
「まあ、聖なる力を使われる方は清らかな気持ちであられるからな……」と悪い気はしないと言い出した。
そのタイミングでセイナは言う。
「皆様さすが高潔な戦士でいらっしゃいますね。私たちのために言いにくいことを村の人たちに言ってくださっていたとわかっていますよ。でも今は彼らを一日でも早く元の生活に戻してあげることを優先しましょう」と微笑んだ。
王宮に戻ると聖女は王たちに報告と称して提言した。
『特に魔獣により疲れている人々が多い僻地では私たちは絶対にわがままを言わないように。私たちは王国討伐軍の顔です。印象が悪ければ神にもそれは届いてしまいます。神を怒らせては聖力に影響が出ますよ』と説得した。
そして軍の人間たちには丁寧に自分たちの考えを伝えた。
この討伐は軍の拠点があるところを回るわけではない。
必ず、現地の人々の力を借りることがあるのだから、その場所の人々を困らせないように行動した方が良いというのだ。『平民たち、しかも村の人間にまで貴族の自分たちが気を使うなんて』と不満は勿論上がる。
聖女たちの言う通りに行動すれば、訪れた瓦礫だらけの街の人々と食事を共にすることだってあった。
聖女二人が『この非常時に身分で場所を分けるのはダメですよね。手間を省くためにも一緒に食事を摂りましょう』と声をかける。
兵士の中には『やめてくれよ』と顔を顰めた者もいた。
しかし、街の住人たちが軍人たちのそんな様子を『高潔だ』『素晴らしい』『さすが、国から選ばれた皆様だ』と褒めそやせば彼らは頬を引き攣らせながら、『いいんだ、当然のことをしているだけだ』と笑って見せた。
ある時。
魔獣討伐の帰り道にある村で、聖女たちはとんでもない提案をしてきた。
『清潔に過ごせるように皆で協力してお風呂に入れるようにしましょう!』と。
急遽彼らは剣を置き、河原で簡易の風呂を作ったこともある。
この時は正直揉めた。
オスカーたち三人もさすがに聖女たちの言うことを全部は聞けないと苛立っていた。
『風呂なんて帰って入ればいいんじゃないでしょうか?』
副司令官は聖女に厳しい顔で告げた。
大柄な副司令官は威圧感を隠さず聖女ユイナの行動を咎めた。内心はこれでユイナが怯んでくれたらいいと思っている。ところがユイナは良い笑顔で申し訳なさそうに手を握ってきた。
「ウィリアム副司令官殿……実は私はたった今。神の力でこの地に温泉の水脈を感じたのです。貴方だけにお伝えさせてください。この温泉はきっとこの地域に利益をもたらすものに変わります。だからどうか私を信じて一緒に協力してくださいませんか」
セイナが口を挟む。
「聞きましたよ。ここはあなたの出身地だそうですね。おかわいそうですがこの地は前と同じ農作物をつけるにはまだ時間がかかります。温泉の水脈を掘り当てればきっと違う産業が生まれます。いつも良くしてくださるウィリアム副司令官の故郷だからとユイナが神の力で調べたのです。一日で目処をつけますから協力してくださいませんか?」
副司令官のウィリアムはオスカーたちからいつも言いにくいことを伝える役割を担っていた。今回この聖女の答えを持って帰ったら大目玉を喰らうだろう……だがユイナの手の温もりにフッと流されてしまった。
「殿下たちにはどう伝えましょう」
「私の我儘であると伝えてください。皆様が神の力を本当に信じているとは私は思っていないんです」
「正確には『聖力』と神信仰が一つにつながっていないってことなんですけどね」セイナがポリポリと頬を掻いて補足する。
「セイナは必ずこのお風呂を完成させると息巻いていますから、私たちの我儘であると言って困った顔でもしておいてくださいな。私達はウィリアム様の努力に報いたいんです」
聖女の指示に兵士たちは機嫌が悪くなったが二人は止まらない。
皆が呆れ顔の中、聖女二人は自ら河原の石を動かし、板で水を堰き止める。
勿論手伝わないわけには行かないので疲れた体に鞭打って、彼らも頑張った。
その結果、ユイナが最後に川のそばに聖力で大穴を開けると本当に温泉の水脈が現れた。
僅か半日の仕事で、堰き止めて作った川で簡易の風呂場が完成した。
あんなにバカにしていたのに、湯に浸かり、汚れを落とすと、その晩は多くの兵士が疲れを一気に取ることができた。
荒んだ村民たちが風呂や温かい食事で力を取り戻して行くと気力が違うからか復興も早まった。
「人間らしい生活を思い出すとやる気が出ますよね」セイナがそういうとパーカーはとても納得した。
村民達は力が湧いたかのように狩りにも出かけたらしい。
「村の方が鹿を四頭も仕留めてくれました。罠の作り方をお伝えしたんですよ。皆様飲み込みが早いです。村長がさっきくれたんですがこの葉っぱを使うと臭みが取れて美味しくなるそうです」
ユイナが村人といつの間にか仲良くなり、村中の人間と鍋を囲む日もあった。
ウィリアムは故郷の復興が早まっていく目処がついたことを信じられない気持ちで眺めていた。
聖女達は恩を着せることもなくただ淡々と風呂場を利用する人々を眺めていた。
王国軍が普段ではしないことを二人の聖女はいつもしていたが、それはどんなシーンでも良い方向に繋がった。
食事はいつもより美味しくなり、干し肉しか齧れない軍の厳しい食糧事情は温かい食べ物も提供されるし量も増えた。
清潔にすることで、人々の印象も変わり、怪我や病の治りも早くなる。
その頃には討伐軍は聖女たちのしていることを認めざるをえなかった。
オスカーたちは結菜を地味な女性だと思っていた。
黒髪に黒い瞳。切長の一重に赤ちゃんのような肌が特徴だ。
おでこを出したヘアスタイルで聖女のローブを着て髪を一つに束ねていると使用人たちに埋没してしまう。
ウランバルブ王国の女性は165センチくらいであるから155センチ程度のユイナは小柄に見える。そんな雰囲気なので兵士たちも子供扱いしていたが、大人しげなのに、大柄な軍人にも怯えずしっかり話をする。
ウィリアム副司令官など前に立っただけで女性が泣いてしまうほど迫力があるのにユイナは全く気にしていない。
話す内容は随分と博識で、野営の状態をいつも改善する案を出してくれた。
何度目かの遠征中に聖力とは別に火魔法が使えるそうになったそうで、炊き出しにも参加するようになった。
調理部隊の隊員が『ユイナ様は魚の焼き加減がとてもお上手なんです』と感心していた。
オスカーたちが普段接していた令嬢たちとは違う魅力がユイナにはあった。
復興していく街や村が増えるほどに討伐はやりやすくなり、そして予想を上回る速さで最後の白金の森林地帯まで到達した。




