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封神千希「俺は新人対魔剣士」  作者: アリエス


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一、六「自分」

森は整っている。神羅しんらは動かない。


四人の均衡


けれど――


その均衡の中で、ただ一人だけ、前へ踏み出そうとする気配があった。


ツカサを見たままの、カエデの目が鋭くなる。

「......ツカサ、どういうことです?」


その問いを受けても、ツカサは視線を神羅しんらから外さない。瞳の奥に、静かな熱が灯っている。


「......俺、あいつと戦いてぇ......」


空気が一瞬、凍る。

リンが小さく息を吸い込む音。ジンの視線が、思わずツカサからカエデへと走る。


カエデの表情が崩れる。理解が追いつかないまま、言葉がこぼれる。


「......っ!はい!?、た、戦う!?......い、一体なにを言ってるの......」


ツカサは肩を軽く回す。冗談を言う時の仕草に似ている。だがその目は、笑っていない。

「すぐ、終わらせて行くから、わりーな」

その軽さが、逆に重い。


カエデの眉が深く寄る。声は低く、鋭くなる。

「ツカサ、待ちなさい!あ、あなたわかってるの、あれは神羅しんらよ......」

わずかに風が揺れる。神羅しんらの尾が静かに動く。


それを真正面から見据えながら、ツカサは笑った。

「そうその神羅しんら、こんな事もうないかもしれねーじゃん!俺、楽しくなっちゃってさ!」

本気だ。

強者と相対する昂りを、隠そうともしない。


カエデの重い溜息が落ちる。

「はぁ.....あり得ない......楽しいとか、どうとかそんな事じゃないでしょ、

    それにあなたは、対魔一族、そして任務中だとわかっているの?」


ツカサは鼻で息を吐く。

「おー大丈夫!わかってるって、だからすぐまた戻るから!な!」

軽い。だがその足は、完全に戦う構えに近い位置にある。


それを聞いて、カエデの声が変わる。友、そして戦友としてではない。里の者としての声。


「対魔一族とは......自分の全てで、魔と相対し続け、魔は己の影、己は魔の光。 魔と対するは、己と対するなり。 己を識り、魔を穿つ。ずっと......言われてきた事でしょ......」


抑えた声音。

だが、一語一語が重い。


すぐそばで、リンは二人から目を離せずにいる。

(その言葉は、教えであり、戒めであり、誓い……いくらツカ姉でも、こんな任務途中で離れようとするのなんて、初めて……たぶん、それは姉様も同じ事……。)


ジンもまた、静かに息を呑む。

(確かに、それは俺のところでも、言われてきたこと……意味はまだ俺にはわからないが……。)


言葉の重さは知っている。

だが、その本質までは届いていない。


ツカサは静かに頷く。

「......ああ、言われてきた......だからだ......」

短い返答。だが、そこには揺らぎがない。


カエデの瞳がわずかに揺れる。理解と焦りが混ざる。

「だから?この任務は襄桜じょうおうから、私たちの里に依頼された事、私達だけの話ではないのよ」


任務。責任。均衡。


それでもツカサは、視線を逸らさない。

「そうだな、言う通りだ、すぐだ、行かしてくれ」


“行かしてくれ”。


頼む口調ではない。止めても行く、と言っている声だ。

森は静まり返っているが、神羅しんらの意識が、空気を伝うように触れたような気がした。


そして、静かにせめぎ合う、二人の“真”。

「ツカサあなた、わかってないようですね」


静かに言いながら、カエデの手が腰の剣に触れる。抜かない。だが、いつでも抜ける位置にある。


枝の上の空気が、ぴんと張る。


ジンはその横で、呼吸が浅くなっていた。


(止める?いやおそらく無理だろう••••••いや無理だ•••••• リ、リンはどんな顔?)


張り詰めた空気の中で、ジンはほとんど無意識に、隣へ視線を流した。


神羅しんらではない。


リンの顔を見る。


その瞬間――


(おい、お前)


脳裏に、直接響く。


(!?......なにっ......)


思わず目を見開く。声は出していない。だが確かに聞こえた。


(今、私のことを呼び捨てにしただろ)


(!?、なんだこれ......)


混乱で心臓が跳ねる。


(私だ......)


その視線はカエデとツカサに向けられたまま。口は動いていない。

だが確かに、繋がっている。


ジンは、思わずリンの顔をまじまじと見る。


その横顔は、静かだった。


(とにかく、信じて見ていろ)


短かく、迷いがない。


(は、はい......で、でも、どうしよう.......)


気づけば、従うように答えていたが俺は迷っていた。


そのやり取りの間に、ツカサはカエデの剣に触れた手を見て、すべてを飲み込んでいた。

あの目は、相手を選ばない。

あいつがそうすると決めたなら、俺だろうと振るう目だ。


軽く息を吐く。

「じゃっ、俺あいつと戦ってから、行くから、悪いけど頼むわ!」


言い終える前に、空気が張る。


「止まりなさい、ツカサ」


低い。感情を押し殺した声。


足を止めたまま、振り向かずに返す。

「カエデ、俺はそれよりも、もっと大事な事があるんじゃないかって思うんだ......」


(大事なこと.......)


ジンの胸がざわつく。任務より?俺達より........?ここで止める......!?


即答だった。


「ありません」


ツカサは一歩、踏み出す。


「すぐな!」


その瞬間だった。


空気が裂ける。


剣は一息で元の姿を取り戻し、

鞘鳴りを追い越して、横へと走った。


迷いのない一閃。


ツカサの首を正確に捉えた軌道。


だが――


触れる寸前で、体が反応していた。


紙一重。


刃は風だけを裂く。


もし避けていなければ、ツカサといえど、無事では済まなかっただろう。


枝が震える。


「っ!.......」


ジンはただ口を開けたまま立ち尽くす。

足場があるはずなのに、その感触が妙に遠い。


静寂。


振り終えた姿勢のまま、カエデは動かない。ツカサも動かない。


二人の間に、ほんの数歩の距離。

殺気ではない。だが本気。


ツカサはゆっくりと顔を上げる。


どこか、唇の端が、納得したようにゆるむ。


――ああ、ありがとう。


止めるなら本気で止めろ。それを受け止めてなお進むかどうか。


それが、自分を確かめるということ。


剣を下ろし、カエデは静かに息を吐く。


諦めではない。受け入れ。

「わかりました、いいでしょう、あなたらしいですわ」


その声は、もう揺れていない。


「ああ、すぐ終わらせて、そっちに向かう」


振り返らない。ただ、カエデの横を静かに過ぎながら。


「ええ、すぐ終わらせて、来てくださいね」


そこには怒りも否定もない。


自信。


少し離れた場所で、そのやり取りを見ていたリンは、ゆっくりと視線を落とす。

肩に入っていた力が、わずかに抜けた。


(正直、お互いの気持ちがわかる、だからこそ何もいえなかった)


止めたい。だが止められない。


それがわかるから、口を閉ざした。


ジンは――


気づけば、目が熱くなっていた。

泣く理由がわからない。怖いのか。感動なのか。置いていかれる気がしたのか。


そして、なぜか。

カエデに、自分も責められている気分になる。


これも理由はわからない。

剣を振るったのはツカサに対して。なのに、自分の未熟さを突きつけられたような感覚。

生きるということ。覚悟、責任を持つということ。


それを、目の前で見せられた。

三人は、同じ場所に立ちながら、立ち方も歩き方もどこか違う。


だが――

どこかで必ず、収束する。

ばらばらではない。


最後には、自然とひとつに収まる場所がある。


この三人を見ていると改めてそう思えた。

つ、次は、お、俺も........


森の中心で、神羅しんらは静かに在り続けていた。


その存在を正面から見据えたまま、カエデはほんの僅かに進路をずらす。

「……こちらから行きましょう」

声は小さいが、迷いはない。


リンは即座に枝を蹴り、軌道を変える。

ジンも一瞬だけ神羅とツカサを見てから、唇を引き結び、二人の後を追った。

三人の動きは自然だった。


避ける。関わらない。今は触れない。

それが最適解だと思えた。※最適解以外で。


そして――

枝の上に一人、取り残される影。


ツカサは、三人の背中をちらりと見た。

カエデたちはもう振り返らない。楽水へ向かう動線に完全に入っている。


視線は切れた。


その瞬間。


ツカサは枝から地面へと軽やかに降りた。

着地の音は小さい。だが、空気がわずかに震える。


神羅は横を向いたまま、動かない。


ツカサは神羅しんらの方へ、太陽を右にして、ゆっくりと歩を進める。


「おーすっ!」


森の静寂に、明るい声が落ちる。


返事はない。


「あっ、そうだよな、俺はツカサ!」


腰に腕を広げるように置き、胸を張る。


「対魔剣士やってるんだ!」


神羅しんらは、東の空に顔を向けている。


その目は、感情を映さない。


ツカサは一歩、距離を詰める。


少しだけ上体を前に倒し、伺うように、しかし楽しげに言う。

「なー! 俺と戦ってくれ! いい?」


森が、わずかに沈黙を深めた。


神羅しんらの――


その目は、すでにツカサへと向いている。

何も言わない。


拒絶も、了承も。

ただ、在る。

その沈黙は、言葉よりも明確だった。

あるがまま。

したいように、すればいい。

決めるのは自分だ。


そんな空気。


だが次の瞬間、神羅しんらの視線がゆっくりと外れる。

ツカサから離れ、迂回していくカエデたちへ向けられる。


追うでもなく、止めるでもない。

ただ、その視線が向いているだけで、森の流れがわずかに揺れる。


ほんの一拍。


霊気が、薄く波打つ。


それを見たツカサが、喉の奥で短く笑った。


「ふっ、いいってことか!」


言葉を介さない会話。ツカサは自分にとっての解釈をした。


腰の剣に手をかける。


柄を握った瞬間、空気が締まる。


神羅しんらの足元が、ほんのわずかにずれる。重心を外す、地を踏む重みが、次の形へと移る。

その場から離れるつもりなのか、それとも――ただ位置を整えるだけなのか。


鞘走る音が、森に細く響く。


抜き放たれた刃が光を裂き、ツカサは軽く構えた。


「よっしゃ、じゃあいくぜ!」


次の瞬間、地面が爆ぜる。


踏み込みは一直線。迷いも、揺らぎもない。


空気を置き去りにする速度で、神羅へと突進する。


その疾走の中で――


本人も気づかぬまま、ツカサの影がぶれる。


否。


影ではない。


虚実無影きょじつむえい


ツカサの両脇に、同じ姿が――同時に立った。


同じ構え。同じ重心。同じ刃の角度。

背に担ぐように持たれた剣が、三つ並ぶ。

実体を持たぬはずの影が、肩の上下まで揃えている。

呼吸すら、寸分違わず重なる。


その三つの気配が、横一列、一直線に神羅しんらへ迫る。


森の光が引き伸ばされる。


すでに最高速域へ入っている。


逃げ場のない間合い。


地を抉るような踏み込みの余波が、根を震わせている。


神羅しんらは動かない。


その顔はわずかに外れ、ツカサに横顔だけを見せている。


迫る三つの斬撃。


本体と、虚と。


そのすべてを、同時に。


神羅めがけて、一直線。


剣を持った右手に力が乗る。


そのまま振り下ろす。


その刹那。神羅しんらが振り向いた。


角が、一直線にツカサの胸を射抜こうと迫る。


ツカサは反射的に、剣を胸前へ引き寄せた。


次の瞬間、金属がぶつかる甲高い衝撃音が森に響いた。



キィィンッ!



神羅しんらは自分の角を、ツカサの剣にぴたりと合わした。


逸らされたのではない。

受け止められたのでもない。


角の一点で、刃の腹を押さえ込まれている。

神羅の角が、剣の付け根辺りまで滑り込む。


ツカサは剣をみぞおちの前に引き寄せ、盾のように抱え込んだ。


角の圧が、刃を通して身体を押し潰す。


「……っ!?」


呼吸が止まる。


足裏が地面を掴もうとする。

だが踏み込んだ力ごと、苔と土を剥ぎ取り、下の黒土を抉りながら一直線に削れていく。

圧倒的な力だった。


剣ごと、身体が弾かれる。

後方へ吹き飛ぶ。


ドゴッッ


鈍い衝撃が森を打った。


山嵐やまあらしの幹に叩きつけられ、差し込む光をいく筋も横切るほどに吹き飛ばされていた。

幹が揺れ、苔が飛び散り、土煙がふわりと広がった。

ツカサはずるりと滑り落ち、息を吐く。


「うー、す、すげー力だ、それに俺の剣に角を、合わせてきた、すげーな......」


腕が痺れている。

ただ強いだけじゃない。

角を“当てた”んじゃない。


合わせた。


自分の渾身の軌道を、真正面から読み切られた。

神羅しんらは、もうこちらを見ていない。

何事もなかったように、またその横顔を見せ、どこかに行こうとしている。


戦いにすらなっていない。

それが一番、悔しいが、予想の範囲ではあった。


「お、おい、ちょっと待てよ......」


声にほんのわずかな焦りが混じる。


神羅しんらは体の向きを変え始める。


その様子を見て、ツカサの目がすっと細まる。


「ちっ、しょーがねーなー」


そして、ツカサは次の瞬間、

瞬時に焦点を一点へと収束させる。


森の空気が、わずかに沈む。


ツカサは一歩も動かない。

その瞳だけが変わった。


外界を閉じるのではない。むしろ逆だ。

意識を、深く、深く、沈める。

水面の下。さらにその底に自分を持って行く。

自分達の核へ。


(――潜る)


瞬間。


ドォゥン……


地面が鳴った。


否。


鳴ったのは、大気か。


ツカサと神羅を中心に、目に見えぬ圧が生まれる。

空気が押し潰され、木々の枝が軋む。


重い。


だが、ただの重力ではない。


それは“意識の重さ”。


存在の比重を、無理やり引き上げる圧。


神羅の足元の空間が、わずかに歪む。


ツカサはさらに沈む。


そして、さらに、この世界だけではない。


幾千、幾万にも並んだ可能世界へ、意識を巡らせる。


そこに在る無数の“位相”――重なり合う存在の層を掴み――


それを相手、そしてこの空間にも共有させる。


強制。


拒絶は許さない。


視界が、二重に、三重に揺らぐ。


森が森でなくなる。


重なり合う別の森。別の空。別の重力。

世界の境界が軋む。


ギュイイィィ……


神羅しんらの体、周囲を、押さえ込み縛りつける。

逃げ場はない。


その刹那。


ツカサの身体の輪郭が薄れる。


内から光が滲み、向こう側を透かし、


光の残像だけを残して――


消えた。


次の瞬間。


神羅しんらの懐。


超光速の斬撃が、白銀へと奔る。

地面が抉れ、空気が遅れて裂ける。



「はあああああっ!!」



咆哮とともに振り抜かれる一撃。


だが。


斬りかかる、その刹那。


神羅しんらの輪郭が、ふっと薄れる。


存在が、光の向こうへ滑る。


完全霊体化。


刃は確かに通った。だが、そこには何もなかった。


手応えは、空。


次の瞬間。


勢いを殺せぬまま、ツカサの身体が一直線に突き抜ける。



ドゴォンッ!!



再び、山嵐やまあらしの巨木に激突。


幹が揺れ、巻き付いたツタハゼリがざわりと揺れ、


枝上で身を潜めていた鳥が、驚いたように小さく羽ばたき、枝を離れた。


高所の枝から葉が何枚か、ゆっくりと落ちてくる。


「くっ……いっつー……」


頭を押さえ、息が詰まる。


その場に横たわるように、俯き加減で倒れる。


土の匂い。湿った苔の冷たさ。


「はぁはぁ……あいつ……なんだ」


視界の端に、神羅しんらの影が立っている。


今度は、消えていない。


静かに、見下ろしている。


その声は、低くも高くもなく、感情も乗らない。


『まるで人の行いそのもの』


森が、わずかに震える。


――人の行いそのもの。ツカサの呼吸が、わずかに止まる。


人の行い?


直前のカエデの言葉。自分の衝動。考える前に突っ込む癖。


対魔剣士であれば、任務を途中で投げ出すなど、あってはならない、あり得ない。


そんな事、他はしないはずだ.....


でも.......俺は.......他じゃない、


“俺は俺で.......自分は自分だ”


その思いが、胸の奥から押し上げてくる。


神羅しんらは、それ以上何も言わない。


視線を外す。


もう、用はないというように。


次の瞬間、足元が地面から離れる。

音もなく、空へと上がる。


木々の間をすり抜けるように、その存在は薄れ――


消えた。


静寂。


残るのは、横たわる一人の対魔剣士。

しばらくして、ツカサは仰向けになる。


大の字。


空を見上げる。


枝と枝の隙間、ツタハゼリの葉を透かして、細い光が揺れている。


「はぁーー……つえーーーー」


悔しさはある。

だが、どこか満足げでもある。


圧倒的な差。


それを真正面からぶつけられた高揚。

笑みが、わずかに浮かぶ。


森は、何事もなかったかのように呼吸を取り戻す。

鳥の声が戻り、葉が揺れる。


山嵐やまあらしの森は、再び静かになった。


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