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封神千希「俺は新人対魔剣士」  作者: アリエス


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一、四「遠さと確かさ」

山嵐やまあらしの森の中を、四人は楽水らくすいへ向けて進んでいた。

頭上には、天を突く巨木。


枝には、ツタハゼリの蔦が絡みつき、

葉と枝の隙間から、正面に光が差し込んでくる。

太陽は低くはない。今は、まだ移動の途中だ。


隊列は自然と定まっている。


先頭を行くのはカエデ。

その右後ろにツカサ、左後ろにリン。

そして、一番後ろに――俺、ジン。


タッ、タッ――タッ


葉が、微かに体にあたり通り過ぎる音と、枝を蹴る音が重なる。

だが、足下にあるのは地面ではない。幹から張り出した、山嵐やまあらしの太い枝の上だ。

それでも三人は、まるで平地を走るかのように速度を落とさない。

視線は前へ、身体は流れるように次の足場へ移っていく。


(……速い……)


俺も必死に後を追う。


タッ……タッ


だが、足先が枝の形を捉えるまでに、どうしても一瞬の迷いが生まれる。


「ジンさん、大丈夫ですか。ついて来られていますか?」


移動しながら、カエデがわずかにこちらへ顔を向けた。


「な、なんとか……はい……」


口ではそう答えた。だが、実際には――あまり、できていない。


俺は宗名そうめいの儀を迎える前から、よくこの森に入って遊んでいた。

だから、最低限の魔力保護――

ツタハゼリの葉に触れた時、身体を守る程度の魔力の使い方は、自然と身についていた。

だがそれは、立ち止まっている時か、せいぜい歩いている時までだ。


(……この速さで、これを……)


高速で移動しながら、常に魔力を巡らせる。

枝のしなり、湿り気、視界の揺れ。一つ一つに反応し続けるのは、思っていた以上に意識を使う。


足が、わずかに遅れる。着地の感覚が、半拍ずれる。

気づけば、三人との距離が、ほんの少しだけ開いていた。


そうこうしていた、その時――


「では、ここで改めて装具の確認をいたします」

とカエデが、三人に伝える。


(えっ、このまま走りながら!?)


「三人とも、問題はありませんか?」


「ああ、大丈夫、今日もミサニギリ持ってるぜ!」

ツカサは得意げに腰を叩く。


「うん、私も大丈夫、姉様」

リンも短く答える。


俺の腰にも、対魔一族が皆身につける、腰装が巻かれている。


装束の上から、腰骨の少し下、背中と脇腹の境目あたりに、幅広の帯状の留め具が回されていた。

柔らかいが張りがあり、走っても揺れを最小限に抑える作りだ。

袋は利き手と逆側に固定され、腕を自然に下ろせば指先が届く。

戦闘の邪魔をせず、視線を落とさずに中身を取り出せる、対魔剣士の動きを前提にした装着だった。


俺の中身は――茶と、薬草、そして、人里に入る時に使う装衣だ。

その茶は、生まれ育ったよりどの畑で、幼馴染たちと一緒に育てたものだ。

今朝も、このカエデたちの拠に来る前に、幼馴染の一人と装具を用意し合った。


――今朝。


「ジン! お前すぐ調子に乗るからなー、気をつけろよ!」


「うん、まあ大丈夫だと思う。それに、それはお前もだろー」


「いや、俺のことはいいんだよ!」


……そんなやり取りを、ふと思い出す。


(あいつ、ちゃんとやれてるかなー......)


いや、今は自分のことだ。


「俺も……大丈夫です」


「なージン、お前、何持ってきた?」


ツカサがジンに聞く。


「えっと、ですね……」


そう答えようとした、その瞬間だった。


足裏の感覚が、わずかにずれる。


しなりの癖を、一瞬、誤った。

意識が、問いかけに向いた。そのわずかな偏りが、足元を置き去りにする。

次の一歩が、空を踏んだ。

視界が反転する。


落ちている。だが、その刹那。思考は、異様なまでに澄み切った。

視界の底に、山嵐やまあらしの根元が迫る。

地面から半ば露出した、灰褐色の根。表皮は硬く、縦に裂け、節くれ立っている。


根元を這い、幹に取りつくツタハゼリ

広がった葉は、薄く湿り、光を鈍く弾いている。

根に当たれば、衝撃がまともに入る。葉に当たれば、跳ねる。


土は深い。だが、その下は硬い。

針葉の堆積層。土の含水。

     

根の隆起角。衝撃の逃がしどころ。

すべてが、一瞬で並ぶ。


ジンは、露出した根の上を避け、

ツタハゼリの葉が顔に当たらない軌道を選び、ほんのわずかに身体を捻った。

山嵐やまあらしの森の床を、彼は、理解していた。


そして――


ドッ――


地面に落ちた。


痛みはある。だが、折れてはいない。

ただでさえ慣れぬ枝伝いの移動だ。

そのうえ、魔力での保護を保ち、会話に意識を割いた。

それらは、まだ自分の意識の及ぶ範囲に収まりきっていなかった。


「おい、大丈夫か!?」

ツカサの声が上から降る。


「あらあら、もう。ツカサが無理に話しかけるからですわ」

カエデが、少し呆れて、ツカサに言う。


リンは枝から一瞥し、短く吐き捨てた。

「……情けない」


ジンは下から上を、見上げて

「す、すみません……すぐ、行きます……」


自分でも分かる。声が弱い。


すぐにカエデが降り立ち、手を差し伸べる。その動きは静かで、淀みがない。

ツカサも横に立つ。


リンは枝の上に立ち、周囲を見渡している。風の流れ、葉擦れの音、遠くの影、警戒を崩していない。


カエデが静かに歩み寄る。


「大丈夫ですか?ジンさん」

声は柔らかい。だが、任務の最中であることを忘れてはいない響き。


ツカサが腰に手を当て。

「わりー、わりー。俺が話しかけたからな。……でもお前、ちょっと鈍くないか?」


悪気はない。だが、事実は事実だ。


「まー、しょうがないですわ。まだ入りたてですし」

カエデは淡々と言う。その声色に、驚きも落胆もない。


「そっかー。俺の時はどうだったかなー。……まーとにかく行こうぜ」

ツカサはすでに次を向いている。


ジンは地に手をついたまま、こちらを向く二人の向こうに広がる森を見た。


(大丈夫か、俺……)


ついていけるのか?


——大丈夫じゃない。


出立の朝の子供の声が、ふと蘇る。胸の奥が、わずかに冷えた。


――いや。

ついていくんだ。


三人は格が違う。 

それは分かっていた。だが、こうして並ぶと、なおさらに思い知らされる。


掌に土の感触を確かめる。

呼吸を整える。散った巡りを、胸の奥へ引き戻す。

ゆっくりと、立ち上がる。


「おい、ジン!何してるんだ、遅れるぞ!」


ツカサが、太陽に向かい、楽水の方へ向けて走り出そうとしている。


カエデも既に、前の方に行っている。

リンもまた、カエデの後方につき、移動を開始している。


「いっ、今いきますっ!……」


ジンは慌てて体勢を整え、再び山嵐やまあらしの枝の上に乗る。

カエデ、ツカサ、リンの背中を見る。


その遠さと確かさに、あらためて気づいた。そして、わずかな悔しさが胸を刺す。

四人は再び森を駆けた。枝から枝へ。今度は、ジンの着地がほんのわずかに安定しているように見える。


すると――


「なー、なに持ってきた?」

ジンの方へ顔を向け、ツカサが声を投げる。


カエデが横目でちらりとツカサを見たあと、ジンを見る。


「また、ですの? ジンさん、大丈夫ですか?」

試すようでもあり、気遣うようでもある声。


「は、はい……なんとか……」

答えながらも、ジンの足は止まらない。


(……いけると思う)


さっきより、身体が枝の流れに乗れている感じがする。


「えっと、ですね。俺は、茶と薬草です」


「えっ、他には?」

ツカサが振り向いたまま目を丸くする。少し大げさだ。


「いや、それだけですね」

ジンは正直に答える。


「へっ、ほんと?」

ツカサは目を瞬かせた。

予想外だと言わんばかりの顔だ。


「は、はい......」

ジンは足元を確認しながら、返答した。


「へーなるほど、そっか」

ツカサは少し考えた後、


「俺はこのミサニギリ!まー、メシだ」

腰の装具を軽く叩く。


「これ食うと、魔素がドッと入ってくる。体が一段上に引き上がる感じでさ、やばいんだこれ、お前も食べる?」


「それは、ツカサだから大丈夫なんですよ、いきなりジンさんが食すのは危険ですわ」


「な、なるほど......」

ジンは納得した。


自慢げで、どこか誇らしそうでもある。戦い慣れた者の装具だ。


「ちなみに、カエデとリンはなー」


「ツカサ」


カエデの声がぴたりと差し込む。

枝を踏み替えながらも、姿勢は崩れない。


「不用意に、人の備えを話すものではありませんよ」

たしなめる声音。だが本気で怒ってはいない。


「まーまー」

ツカサは軽く笑う。


「っもう……」

カエデは小さく息を吐く。呆れ半分、慣れ半分。


リンは前方を見たまま言う。

「うーん、ツカ姉なら、しょうがない」

声音は淡々としているが、否定はしない。


ツカサは得意げに続ける。


「カエデは召喚術用の札。状況次第で獣とかを呼ぶんだ、

というかさ、この前、すげーの呼んだよな!カエデ」


「えっ、すげーの?、ゴロウの事?」

カエデが返事をする。


「ゴロウ?あの犬だよ、あれ」

ツカサは大げさに両手を広げ言う。


「ああ、ゴロウね、あれは冥界狼めいかいろうのゴロウよ」


「そう、それ凄かったよなー、でけーし、力すげーんだ」


ジンは足元、目の前に意識を払いながらツカサ達の会話を聞いている。


「まぁ、そうね」

カエデは軽く頷く。


「それでリンが属性強化の腕輪だ。リンすげー器用なんだよなー」


「うん......」

リンは少しだけ照れたように視線を落とし、短く答える。

その腕輪は普段は外されており、戦闘時にだけ着用される。


ジンはカエデ達三人それぞれの、個別武具、個性能力を聞き


(そうなんだ.....俺もなにかが欲しい......)


自分には、まだ自分由来個性の何かはない気がする。


だが。

茶と薬草。それもまた、自分のよりどから持ってきたもの。

装衣はよりどの世話役から今朝、渡された。


(今は、それでいい......)


枝を蹴る......


今度は、足が流れに乗る......


三人の背が、ほんの少しだけ近いような遠いような、まだわからない......


「あっ、そうなんですね、俺、特にそーいうのまだなくて……」

自信を少しなくし、照れで誤魔化したように言う。


ツカサは肩越しに笑った。

「まー、これからだな!」


ジンは、今の自分にあるものを感じ、前を見た。


しばらく進む。

森の様子が、少しずつ変わっていく......。


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