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封神千希「俺は新人対魔剣士」  作者: アリエス


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一、参「山嵐の森へ」

トス……


編み重ねられた足覆いが、小石混じりの地面を踏み、

湿り気を残した土が、わずかに沈んだ。

柔らかな感触は失われ、底越しに、地面の感触だけが伝わり、

門の影に入ると、足音がわずかに低くなった。


腰元のものが、歩みに合わせて、装束と静かに擦れ合った。藍色に染められた門柱が、視界の端を流れていく。厚みは人ひとり分ほど。くぐっているという感覚が、わずかにあるだけだ。


「いやー、今日も晴れだな!」


弾んだツカサの声が、門の向こうへと抜けていった。


その次の一歩で、視界がすっと抜ける。

外に広がる空は、高く澄んでいた。淡い雲が、遠く高みをなぞるように伸び、

南からの風は穏やかだ。

山の匂いを含んだ、凛とした冷たさの空気が、胸いっぱいに流れ込んでくる。


「ええ、楽水らくすいが楽しみですわ。

ちょうど、前から気になっていた簪もありますし」


カエデは足取りを緩めることもなく、ふと思い出したように口にした。


正面、左斜め前から差す朝の光が、澄んだ空気を透かして、

肩口や髪の輪郭をやわらかく際立たせた。


玲名れいめいの月。七時。


「え? 姉様も? どんな簪?」


リンが半歩近づき、目を輝かせる。その声色に、ジンは一瞬だけ足を緩めた。


――んっ、なんだろう、この雰囲気……。今から魔族を討伐しに行くはず……?

あれ、違った?ジンは考える


「あー、簪かー。俺、いっつも使ってるの、折っちゃったんだよねー」


ツカサは、腕を軽く組み、視線を落とし気味にして、息を吐いて言った。


「えっ、また折ってしまいましたの? ツカサ、今度は何本目ですの?」

少し呆れたように言いながらも、カエデの口元は緩んでいる。


「ツカ姉らしい、えっと確かこの一年ぐらいでは、五本ぐらい?」

リンはくすりと笑い、記憶を辿って確かめるように言った。


――簪?寄り道していいの?行きに買う?それとも帰りに?

しかし、一体どんな風に使えば、そんなに……

ジンの中で、疑問だけが忙しく行き交う。


ただ一つ、なぜか楽しそうだということだけは、

妙にはっきりと伝わってきた。


ツカサは腕を組み、曖昧に眉を寄せて、

「いやー……七ぐらい? てか、もっと、つえー簪ねーかなー」


「七本も!? それに強い簪って……何を言っているんですの、ツカサ」

カエデは、くすりと息を零した。


「確かに、頑丈なら武器としても使えそう……えっ、七本!?」

リンは真顔でそう言い切ったあと、思わずツカサの方へ視線を向け、確かめるように言葉を重ねた。


ツカサは「ああ……おそらくな……」と静かに頷いている。


ジンには話の意図が掴めないでいる、そして思わず声が漏れた。


「あ、あの……」


「どうした?」

ツカサが振り返る。


「えーと……なんか、その……雰囲気、大丈夫なんですか?そんな感じで……」


ジンは言葉を探しながら、その場の空気をうかがうように問いかけた。


ツカサは少しだけ視線を上にやり、


「まー、これぐらいがちょうどいいんじゃないか?経験上」


「ええ、戦いの前から身構えていたら、いざという時、動けませんからね」

カエデは前を向いたまま、穏やかに言う。


「お前は、これからこういうことも学んでいくんだ」

リンがちらりと横目でジンを見る。


「そ、そうなんですね……」


ジンは頷きながら、どこか納得したようだ。

代々受け継がれてきた対魔一族のしきたりが、自然とそうさせているのかもしれないと。


(そっか、なるほど……)


一拍置いて、思いついたように口を開く。


「じゃ、じゃあ……一旦ここで、ちょっと茶休憩とかも、ありじゃないですか?

俺のとこのよりどでとれる、茶が美味しいんですよ、今日も持ってきてましてー......」


とジンは言い、自分の腰元の袋に目をやる。


「うん、まー……さすがにそれはな……、茶は任務が終わってからな」

ツカサが柔らかく苦笑する。


「ジンさん、それは緩みすぎです。なんでも、適度というものがありますから、茶はあとです」


「すぎるは及ばざるが如し、茶は気になるが」

リンが淡々と付け足す。


「そ、そうですよね……すいません……茶はあとで……」


ジンはぎこちない笑顔をして、少し頭を下げた、そのとき――


キィィ……


澄んだ鳴き声が、高い空から降ってきた。

見上げると、はるか上空――山の稜線よりもなお高いところで、大きな影が円を描いている。


泰黎たいれい国の国鳥――タイレイワシだ。


その体長は子供一人分ほどにもなり、

山嵐やまあらしの森、その垂直にそびえる山嵐やまあらしの巨木に巣を構え、

対魔一族の里を見下ろすように生きる、泰黎たいれい国の守護の象徴。

霊力をその身に宿し、黒褐色の羽を広げた姿は、

まるで人の世の行く末を静かに見守る、古き神の使いのようだった。


「大体いつも、俺たちが任務に行く時は、ああやって鳴くんだ」

ツカサが空を仰いだまま言う。


「ええ。あれは求愛というより、一種の送り出しの鳴き声、でしょうね」


リンは泰黎たいれい鷲に向かって手を振った。

それに続くように、カエデも、ツカサも、静かに手を上げる。


ジンは内心で、(自分だけが、そう感じたかもしれない)先ほどの若干のいたたまれなさな雰囲気を、なんとなく洗い流してくれた泰黎たいれい鷲に静かに感謝しつつ、  


なるほど、任務に向かう時は、こうして、みんなで見送る、

拠、郷、里、人も、動物も、区別なく、あの朝日ですら、自分たちを送り出しているように感じられる。

ここでは、みんなが家族で、そして一つ。


ジンは胸の奥に、すべてが結び合っているような感覚が満ちていくのを感じた。

この世界そのものは一つなのではないかと、そんな感覚だった。


少し遅れて、ジンもその泰黎たいれい鷲に向かって手を振る。

その時には、すでにその姿は山の向こうへと消え、空には、静かな余韻だけが残っていた。


そして——


カエデが腰の対魔剣に手を置いた。


「少々、話しすぎました。急ぎましょう。森に入る前に、手短にジンさんへ伝えます」


そう言って、カエデは対魔剣を構えるでもなく、手にした。


すると、剣は静かに収束するように、小さくなっていった。


ジンは思わず目を瞬く。


(……えっ、……ちっさくなった……)


カエデは、剣からジンへと視線を移し、すぐに目を合わせた。


「ジンさんも、やってみてください」


「えっ!? い、いきなり?!ですか!?」


「早くしろ」

リンもそれ以上は何も言わず、ジンを見る。


ジンは慌てて自分の対魔剣を手に取った。


するとカエデが、先ほどより少しだけ早口になり、


「対魔剣は、対魔一族と共鳴しやすい性質を持っています。その共鳴によって、大きさや形状を変えられるのです。今の剣より小さくなった状態を思い描いてみてください」


と、ジンに話す。


(……!?、な、なにそれ!?……初めて聞いた?、いや……でも見たことあるような、うん?)


そして、言われるまま剣を握っているが......どうすればいいのか、わからなかい......


その様子を見て、ツカサが一歩前に出る。


「こうだ!」


そう言うなり、ツカサはジンの手の上から、自分の手を素早く重ねた。


「いいか。剣とお前は一つだ、剣の形が変わらないなんて——それはお前の思い込みだ」


「剣が、形を変えるのを受け入れ、認めるんだ」


受け入れる? 認める? 何を? 形が変わることを?


そもそも、剣とかは変わらないのは普通で……いや、その“普通”ってなんだ?

普通?......な、なにかが、わかるような......わからないような......


その様子を、カエデとリンは黙って見守っていた。


(ど、どうしよう......なにかしなきゃ......なにか......)


そして、ツカサはジンの手を握ったまま、意識を集中させ始める。


すると、剣が、確かに応えるように、

軋む音一つ立てることもなく、

ただ、存在そのものが縮んでいくような感覚が、ジンの手に伝わる。


(うわ……っ、なに、これ……!)


「どうだ、わかるか?」ツカサは手を離さず言う。


「えっ、いや......えっ?......わかるような?」


「これが、剣と一体になるってことだ」


完全に理解できたわけじゃない。でも——


(なんか……わかる、気が、しないでもない……ような••••••)


そんな、曖昧だけど確かな何か。


やがて、ジンの対魔剣は、元の五分の三ほどの大きさになった。


「よし。これくらいでいいだろう」


ツカサが手を離す。


「では、あとは移動しながら説明いたします」


カエデはそう言うと、すぐさま山嵐やまあらしの森の方へ歩き出した。


リンも小さく一度だけ頷くと、言葉を挟むことなく後に続く。


ツカサは軽く息を吐き、


「よし」


と短く言った。


足の位置をわずかに入れ替え


「その剣、腰に下げて行くぞ」


と言い、ツカサは大股で先に進む。


「は、はい!」


ジンは慌てて返事をし、縮んだ対魔剣を左腰に掛け、三人の後を追った。

四人は小走りになり、山嵐やまあらしの方へ向かう。


太陽は少し高みに移り、早朝の静けさは、活動の気配を帯び始めていた。


行く手に、山嵐やまあらしの木々が立ち現れた。

どの幹も真っ直ぐに伸び、間隔を保ったまま、奥へと連なっている。

そこが、森の入り口だった。


風はなく、森は静まり返っている。

遠くの小鳥の声のあと、乾いた枝が一度、ぱき……と鳴った。


そしてすぐ、太い枝を張り巡らせた山嵐やまあらしの木に辿り着き、


カエデたちは、ためらいなく、その山嵐やまあらしの枝へと飛び乗った。


トサッ


「この木が山嵐やまあらしです。そして、それに巻き付いているのがツタハゼリ。

ご承知かと思いますが、触れると被れますので、ご自身を魔力で保護してください。

——では、ついてきてください」


山嵐やまあらしという垂直の巨木に“芯”に、ツタハゼリ、人間が触れると被れる蔦の葉が上の光を求め絡みつく。

それは、まるで中心に集まる風であり、山の嵐のようである。


カエデは隣の山嵐やまあらしへと軽やかに飛び移っていった。


「あ、はい!」


ジンも慌てて枝に飛び乗り、必死に後を追う。


森の奥へ——四人の背中は何かに、引き寄せられるように、導かれるように、消えていく。


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