表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封神千希「俺は新人対魔剣士」  作者: アリエス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

一、弐「楽水、出立前」

四人が堂を離れ、里の門へ向かおうとした、その時だった。


「……あ」

ジンの声が思わず漏れる。


前方から、ぱたぱたと軽い足音が聞こえてくる。

木剣を抱えた里の子供たちが、数人、堂の方へと駆けてきたのだ。


「うおおおおおお!」

真っ先に声を上げたのは、まだ剣帯も似合わない背丈の子だった。

勢いよく、カエデの元へ駆け寄っていくその様子に、周りも思わず目を向ける。


カエデは歩みを止め、その子供の顔を見据えた。


「カエデ姉ちゃん、勝負勝負! 今日は絶対に勝つ!」


「ええ、いいですわよ」

即答だった。


だが次の瞬間、子供は腕を組み、


「えーと……今日は見逃してあげる!」


そう言い放ち、カエデの横をすり抜けて堂へ向かう。

カエデは、その背中を見送りながら、微笑んだ。


その隣では、ツカサも捕まっている。


「ツカ姉! この前の、あれ!」


「ああ? ……虚実無影きょじつむえいのことか。あれはまだお前には早い早い。」


「ええええええ!」


「というか、もっとそれ以前の話な、今は体作りだ」


不満げにむすっとする子供の頭を、ツカサは優しく撫でながら、笑顔でなだめている。


リンの前では、子供たちは少し距離を取り、遠慮がちに声をかけた。


「あ、リ、リンも……頑張ってね」


リンは小さく目を細め、短く応える。

「……ああ」


そして――俺の前で、ひとりが首を傾げた。


「この人、誰? 外からの人?」


「え、あ……」


思わず言葉に詰まる。


その様子を見て、カエデがやわらかく口を開いた。


「となりのよりどから来られましたの。

今日、宗名そうめいの儀を終えて、わたくしたちの組に入った――

ジンさんですわ」  


対魔の里は、地理的に一か所に集まっているわけではない。

いくつかの郷の集合意識、形態として存在し、共通の掟や思想、

名乗りを持っている。

郷は地理的な地域単位で、山や谷などの自然地形で区切られ、複数の拠が点在している。

よりどは、最小の生活・実働単位で、数家が背中を預ける形で生活し、鍛錬場や小さな結界も備わっている。


子供はカエデの言葉を聞いて、興味深そうに顔を輝かせた。


「へー、そうなんだ! 何か大丈夫?」


一瞬、胸が詰まる。


「だ、大丈夫だ!」

ジンは必死に笑顔を作り、子供の目を見た。


「それ、大丈夫じゃないよ!」


即座に突っ込まれ、

ツカサは腹を抱えて笑い、

カエデは微笑ましく見守り、

リンは呆れたように小さく息をついた。


「ま、いいや! とにかく、みんな頑張ってね!」


そう言い残し、子供たちは再び堂へと駆けていく。


ジンは、はー……見透かされてるな、と胸の奥で小さくため息をついた。

ほんの少し、落ち込み、でもどこか温かい感覚も混ざる。

――まぁ、しょうがない。

とにかく、頑張っていこう、と心の中で小さくつぶやいた。


そして

俺は、思わず振り返り、

堂へ向かう、小さな背中を見送った。

その小さな背中は、果てしない未来を信じ、ただ走っていく。

――俺も、そう思いたい、そうありたい。

あの子たちも俺も、ただ目の前のことをやっていくだけだ。


そんなことを思い、再び歩き出そうとした、その時。


「……その剣、まだ馴染んでいない顔だな」

低く、枯れた声。


振り向くと、里の一角、鍛刀場の前に、一人の男が立っていた。

分厚い梁と黒ずんだ壁を持つ鍛刀場は、長年の熱と衝撃を受け止めてきた重みを湛え、近づくだけで空気が引き締まる。

中からは、霊鉱石と魔素が幾度も打ち重ねられてきた場特有の、静かに満ちた気配が立ち上っていた。


男の髪は短く整えられ、癖の一つも許さぬように後方へ流されている。

濃い茶に灰が混じったような落ち着いた色味で、年輪と経験をそのまま映したようだった。

ところどころに煤の点いた白の和装を身にまとい、

その身体には、日々の積み重ねが刻まれた確かな厚みがあり、腕や首筋に古傷が残っていた。


だが、その立ち姿に衰えはない。

鍛刀場そのものと同じく、静かで、揺るがぬ佇まいだった。


「リクアンさん……」


カエデは、少しだけ声を和らげて、その名を呼んだ。

熟練の対魔刀鍛冶職人。

そして――彼は、元・対魔剣士だ。

剣を振る側の感覚を、身体で知っている。


「出立か」


「ああ。とりあえず襄桜じょうおうの手前、楽水らくすいまでな」

ツカサが答える。


まるで、長い付き合いの相手に行き先を告げるような、自然な間合いだった。


そのやり取りの傍らで、リンは何も言わず、静かにリクアンへ一礼する。

リクアンは、それに短く応えるように、わずかに顎を引いた。

そして視線が、ゆっくりと俺へ向く。

値踏みするようでいて、嫌な圧はない。剣を見る者の目だった。


「……新入りか」


「はい。ジンです」

そう名乗ると、リクアンは小さく顎を引き、ひとつ頷いた。


「……うん、いい名だ」

そう言って、俺の腰元を指す。


「どうだ? そいつは……って言っても、さっき手にしたばかりか……」


――この剣を打ったのは、目の前の男だ。そのことに気づき、俺は少し慌てて答えた。


「は、はい……いい感じがします」


「そうか……わかるか……」


一歩、距離が詰まる。


リクアンは俺の対魔剣に、指先を軽く触れた。


「だがな――」


その瞬間、わずかに霊気が揺れた気がした。


「剣は、使い手を映す」


俺は、息を呑む。


「覚悟が定まらんうちは、剣もまた迷う。

新入りには、優しい剣じゃねえぞ」


そう言い残し、彼は視線を外してカエデを見る。


「魔将が絡んでる可能性があるんだろ」


「ええ」


「……なら、なおさらだ」

背を向ける直前、彼はもう一度だけ俺に言った。


「魔将は……つえーぞ」


そして、俺の目を見て、


「迷ったときは、剣に聞け」


「剣と対話しろ」


――そこで、不意に。


「あと、土産、楽しみにしてるぞ」


(……土産?)


思わず間の抜けた顔をした俺。


リクアンに「……土産?」と聞き返すと、ツカサは一瞬だけ真面目な顔になって、腕を組む。


「そうだな……襄桜じょうおうの菓子とかはどうだ?」

本気で考え込むように、顎に手をやった。


すると、横でリンが静かに口を挟む。

「いや、ツカ姉。あそこは確か、地酒の襄桜酒じょうおうしゅが名物だったはず」


その三人の様子を見て、カエデがくすりと笑う。


「それは、“生きて帰ってきなさい”という意味ですわ」


なるほど、と胸の奥で腑に落ちる。軽口の形を借りた、送り出しの言葉。

――剣と、対話。俺は、その言葉の意味を、もう一度噛みしめるように考え込んだ。


そして、カエデとツカサは、何かを理解しているかのように、何も言わない。

リンが、静かに言葉を受け取るように頷く。

リクアンはそのまま、鍛刀場の奥へと姿を消した。


「……俺、剣と対話できてるかな……」

ツカサは、わずかに目を細める。


そのまま、ふっと視線を外し、

鍛刀場の向こう、山の稜線あたりを、何を見るでもなく見つめている。

誰かの答えを待っているのか、

それとも、自分の中に何かを求めているのか――

その横顔からは、はっきりとは読み取れなかった。


リンもまた、これまでのことを思い返しながら、

改めてその言葉の意味を考えているような様子だった。


カエデが、俺に向き直る。


「今の言葉、忘れないことですわ」


「剣との対話は、この宇宙との対話ということと、いつも言われています」


――剣と対話できて、初めて一人前。(宇宙……?)ジンの頭に疑問符が浮かぶ。

「土産」「対話」「宇宙」――その言葉たちが、ジンの中を駆け巡る。

まるで、手がかりのない星空に入っていくような感覚だった。


とりあえず、俺は


「……はい」


短く、そう答えた。


里の門が、ゆっくりと開かれる。

内と外を分かつ、境界の門。

その扉は、深い藍色に染められていた。

夜と同じ色でありながら、闇とは違う。

邪を拒むのではなく、静かに鎮め、越えるべきでないものを足止めする――

この里では、そうした意味を持つ色だ。


対魔剣を受け取った時から、俺は対魔剣士になった。

この門を越えれば――

その自覚を、否応なく思い知らされる。


その先には、山嵐やまあらしの森。

楽水らくすい襄桜じょうおう城下町へと続く道。

さらに、その先には――魔族の影が待つ世界。


俺は一度だけ里を振り返り、再び前を向いた。

こうして、俺たち四人は歩き出す。


それが、新人対魔剣士ジンの――

対魔剣士として、己を己たらしむるための、一歩だった。


運命の扉はいつも、自分に開けてもらうの待っている。

俺がただ、それを開けていくだけだ、それが俺の選択だから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ