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大江戸巌窟殿 恨みは捨てない── ただ、置き場所を決める  作者: 真野真名
第四章 巌窟殿は陰の中

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第八話|殿は動かない

――動かないことが、最も強い圧になる




 殿は、動かなかった。


 それは、慎重さではない。

 恐れでもない。


 選択だった。




 江戸は、待つ町ではない。

 動いた者から、席を取る。


 だから、動かない者は、それだけで目立つ。



 商人は、殿の動かなさを測り続けた。


 値を吊り上げない。

 噂に乗らない。

 誰かを救わない。


 救わない、という態度は、冷たいようで、安定している。




 岡っ引きは、距離を変えなかった。


 寄らない。

 離れない。


 報告書に書くには、材料が足りない。


 材料が足りない相手は、処理できない。



 奉行所は、殿を“保留”の箱に入れたままにした。


 保留は、制度の棚の中で、一番埃をかぶる。


 だが、捨てられもしない。




 殿は、そのすべてを知らなかった。


 知らなかったが、感じてはいた。


 空気が、少しずつ、自分を避けるようになっている。




 夜、殿は一人で茶を飲んだ。


 味は、変わらない。


 変わらない味は、判断を誤らせない。



 怒りは、まだ眠っている。


 だが、眠り方が変わった。


 以前は、押し込められていた。


 今は、整えられている。



 整えられた怒りは、音を立てない。


 音を立てないものほど、遠くまで届く。




 殿は、帳面を閉じた。


 準備は、終わっている。


 足りないものは、もうない。


 


 あとは、相手が動くのを待つだけだ。


 動く理由は、殿が与えない。


 与えないから、相手は、自分で作る。





 その夜、遠州屋の名が、殿の中で、はっきりと位置を持った。


 過去ではない。

 目的でもない。


 次に通る場所だ。


 


 殿は、立ち上がらなかった。


 立ち上がらないことで、江戸のいくつかの場所が、ざわめいた。


 


 動かない殿は、すでに、江戸を動かしている。


 それに、本人だけが、気づいていなかった。


 




 財は、整った。

 名は、独り歩きを始めた。

 権威は、触れられても崩れなかった。


 そして何より、返す場所が、世界の側から、差し出され始めている。


 次に動くとき、それは復讐ではない。



 帳尻だ。





ごめんなさい。


第四章の終了まで進めましたが、しばらくこのお話の投稿はお休みします。


第七章――残り25話前後――で完結予定なのですが……

思うところがあって、このまま続けて書き上げるのか、それとも一から書き直すのか悩んでいます。


方針が決まるまで、休載します。

申し訳ございません。



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