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縄文人が、八丈島に行けたわけ

縄文時代を研究している研究者がいいました。


「簡単な丸木船しかなかったなのに、あんな遠い八丈島に、縄文人がたどり着けるわけがない。」

「手漕ぎでいくしかないのに、そんなことができるわけがない。」

「おかしい。おかしい。なぜ、八丈島から、縄文土器がでてくるんだあ。」


別の研究者が言いました。


「縄文時代には、伊豆諸島や八丈島には、お宝があるんや。なんだと思う?海で取れる貝。「オオツタノハ」という貝で作った腕輪が最高級なんだ。その腕輪で、家一軒建つほどだったんだぞ。だから、命がけで一攫千金を求めて、八丈島にいって、「オオツタノハ」を取ってきて、一生安楽の暮らしをしたにちがいない。全国の縄文遺跡から、オオツタノハの腕輪はでてくるんじゃ。なかなか手に入らない貴重なものだから、土器で作ったものもあるんじゃ。」


また、別の研究者も言いました。


「縄文時代には、別に貨幣があったわけではないので、一攫千金にはならないんじゃないか。」


「じゃあ、どうして、命がけで、八丈島にまで、いったんじゃ。」


縄文時代は、別に家やふるさとという概念がないんじゃないかなあ。


一生涯、一人旅をしている人もいたんじゃないか。

まあ、縄文人は、前にしか進めない性格じゃなかんじゃないか。


八丈島に行くと決めたら、もう、帰ってくることなど、考えていないで、いったんじゃないかなあ。

一生涯、前に進むだけだんだないかなあ。


たとえば、聖書のモーゼの出エジプト記は、40年も砂漠を、歩き回っていたし。

アレキサンダー大王も、異国の地で、戦いをして、勝ちまくっていたけど、別に故郷に帰る気はなかったみたいだし。

大和政権の元になったと言われている神武の東征というのもあるし。


でね、縄文時代は、日本中、歩き回って、別に、ふるさとに帰るということはなかったのかも。






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