最終節 後悔の先へ
三月になり、かさが実家に帰ってきた。僕は連絡を受けて、川沿いの道で待っていた。
しばらく待つと、よく知った声がかかる。
「久しぶり、でもないか」
「そうだね」
そしていつものように軽いやり取りをした後、僕がしあわせな家庭に対して、憧れや劣等感を抱いていたことを話した。
かさは僕の話を、時折頷きながら聞いた。
「まあ、なんとなく察してはいた」
「やっぱり?」
「なんとなくだけどね。でも強がってるのはわかりきってたし」
「僕だって、かさは察しているだろうなと思ってたけどね」
「へえ」
かさは不敵に笑った。その表情につられて、僕も少し笑ってしまう。
かさが気づいているということは当然予想済みだ。そしてそれをずっと言わないでいてくれたのが、かさらしいとも思った。
嘘をつかずに壁を張らずに、自分の心の内を素直に打ち明けられる存在がいることを、僕はしあわせに思う。
その存在はきっと、簡単にできるものではないのだろう。
長い時間をかけて、積み上げてきた言葉の上に、このかけがえのない関係は成り立っている。
「まあだから、今度はこれにも向き合っていこうかなってね」
「まこは忙しいなあ」
「まあね」
そうして僕たちは、また笑い合った。僕の人生は、まだまだやることがたくさんある。
「今だから言うけど、兄が学校行ったっていうのを話してるときのまこ、すごいうれしそうだったよ。何かやけに機嫌いいなと思ったから、よく覚えてる」
「え……そうだったんだ」
なんだ、僕も、うれしかったのか。
ほんとうに僕は、ごまかしてばかりだ。
「ははは、はははは」
僕は思わず、声を出して笑った。
僕を見ているかさは、口角を上げてやさしげな笑顔を向けてきた。
そして、かさはその笑顔を崩さないまま提案をしてきた。
「今から、花見でもしない?」
「まだ咲いてないか」
かさは桜のつぼみを見ながら言った。あたりの桜並木は、まだ花を咲かせる準備の段階だった。
「春はまだ、これからだからね」
かさはつぼみをみたまま、僕の言葉に笑みを浮かべる。
「そういやかさって、なんで京都行きたがってたの?」
「あー、それね。実は京都って僕が生まれた場所なんだよ。でもまだ小さかった頃だから記憶になくてさ。
だから京都で生活してみたら、何かが見つかるような気がしてたんだよね。まあ現実は何もなかったんだけど」
「いつまでいたの?」
「二歳くらいって言ってたかな」
そう言うとかさは、ずっと眺めていたつぼみから、僕の目に視線を移した。
「まあ僕もさ、まこの話を聞いてから、自分と向き合えてなかったってことに気付いたわ。なんかわかった気になってただけだった。僕ももう少し、ちゃんと向き合ってみるよ」
「へえ」
そうしてまたも僕たちは、どちらともなく笑い合う。
かさがそういう状態だということは、僕もわかっていた。
かさだけが、僕を見ているわけではないのだ。僕だって、ずっとかさを見てきた。
だからこそ僕たちは、お互いを理解して、尊重して、言葉だけでは得られない関係を築くことができている。
結局僕は、恋人がほしかったわけではない。好きな人ができたから、その人の恋人になりたいと思った。僕の考えは、相手ありきのものだ。
付き合いたいと思う人がいれば、僕は行動を起こすことができた。今までは、恋人になりたいと思う人に、出会っていなかっただけの話だ。
その根底には、しあわせな家庭に対する憧れや劣等感があって、それが原因で僕は、人を好きになることが難しくなっていた。
だけど僕は、それをしても好きだと思える人に出会うことができた。
いい友だちにも恵まれて、好きになれる人にも出会えて、そうしてたくさんのことに気付くことができた。
たくさんの人のやさしさの上に紡がれてきた僕の人生には、無駄なことなんて、ひとつもない。
僕の人生は、振り返ると思わず笑ってしまうほどに、いいものだ。
今まで関わってくれた大切な人たちへ。
ありがとう。
そして、これからもよろしく。
五章 大学生編 二年生




