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初恋の後悔  作者: お風呂かこ
五章 大学生編 二年生
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十二節 恋の行方

 後日、僕はまた西牧さんと話す機会を得た。テスト前の忙しい時期に、振り回してしまって申し訳なく思う。

 だけど、これはけじめだ。


 今まで僕が向き合ってきたことが、まがい物ではないと、苦悩の末に得た向き合うという行為が、嘘ではないことの証明だ。

 僕が向き合ってきた事実を、形にしなければいけない。


 僕一人の教室に、西牧さんは来た。


「おはよう」


 西牧さんは、明るく挨拶してきた。僕は西牧さんに席についてもらい、話を始める。


「今日はすぐ終わらせるから」

「うん」


 僕は深呼吸をする。見守る西牧さんに向かって、僕は言葉を告げた。


「僕は、西牧さんのことが好きです。付き合ってください」


 この短い言葉を伝えるために、僕は随分回り道をした。だけどやっと僕は、自分の言葉が言えた。

 自分の願望を、思いを、欲求を、伝えることができた。


「ありがとう。でも、私好きな人いるんだよね……その、中学の……」


 そこまで聞いて僕は納得した。


「だから、ごめんね」

「うん、ありがとう」


 僕が発した言葉は、感謝だった。

 それは、僕に好きという感情を教えてくれたこと、止まっていた僕の心を動かしてくれたこと、ずっと周りから一歩引いていた僕に、踏み出す勇気を与えてくれたこと、そして僕の思いと向き合って、はっきりと断ってくれたことに対する感謝だった。


「だから、まっきーとは友だちで」

「え?」


 僕は予想外の言葉に面食らう。僕としては、友だちという関係でいたくなかったから、告白したのだが。


「えってなに?」


 西牧さんは、そこまでは考えていなかったようだ。もしかすると、友だちとさえ思われていなかったのだろうか。

 しかしどちらにせよ、事実は変わりはない。


「まあ……何でもいいや」


 脱力感から、僕は気のない返事をした。


「えー、なにそれ」

「あ、あと振り回してごめん」

「それはべつにいいけど……」

「まあほんとに、ありがとう。ちゃんと言ってくれたから、これでやっと進める気がする」


 僕は西牧さんの言葉を意に介さないまま、一方的に感謝を告げた。


「じゃあ、テスト頑張って。ほんとうにいろいろありがとう」

「うん。まっきーもね。ばいばい」


 そう言って西牧さんは、僕の目の前からいなくなった。

 僕の初恋は、あっさりと散った。

 だけど、気分は悪くなかった。



 その日の帰り、僕はいつもの川に寄った。誰もいない静かな場所で、僕は物思いにふける。


 西牧さんが僕の告白を断ったときの、申し訳なさそうな表情が、目に焼き付いて離れない。

 あんな顔をさせてしまったことに、僕は申し訳なく思った。あの表情からは、僕の言葉を自分の中で受け止めて、その上で断ってくれたことがわかった。

 だからこそ、僕も申し訳ない気持ちになった。

 断るほうも、つらいのだということを僕は知った。


 でも、そんな思いをして向き合ってくれたことが、僕はうれしかった。

 はっきりと言ってくれたことがうれしかった。

 本当に、やさしい人だ。

 僕の頬には、いつの間にか涙が伝っていた。


 いつもどこか冷めている気がして、どこに行っても本気になれなかった僕が、ついに感情を揺らすことができた。

 涙を流すほどに、まっすぐな感情を持てたことをうれしく思った。自分の心が生きていることを、知ることができた。



 僕は心の片隅でずっと、ほんとうは自分が壊れているのではないかと思っていた。

 ばかばかしいと思いながらも、それから目を背けられない自分がいた。


 それは、自分が壊れていると認めたくなかったから。

 周りと違うことを、壊れているせいにしたくなかったから。

 だから、これは安堵の涙でもある。


 僕は自分の感情が揺れ動くことに、安心している。壊れていないと、知ることができてよかった。

 好きになることができて、よかった。



 僕は、西牧さんの「成人式までにきれいになりたい」という発言を思い出していた。

 あの言葉の意味を、僕は今になって知ることになった。


 今にして考えると、西牧さんらしくない発言だったように感じる。自分をあまり飾ろうとしない西牧さんに、あの発言は似合わない。冷静なままの僕であれば、おそらく気づけていただろう。

 僕が恋に落ちて、盲目的になっていなければ、気付いていたことだったように思う。

 強がっているのはわかっていたのだから、誰かしらの存在があることは明白だった。

 あの笑顔の裏に支えがあることは、僕だってよくわかっていたはずだ。

 ほんとうにどこまでも、僕と同じだ。


 だから僕は、心のどこかでは断られることもわかっていたのかもしれない。向き合ってくれるだろうということも含めて。

 そういう人と真摯に向き合おうとする態度にこそ、僕は惹かれたのだから。


 人との価値観の違いで苦しむ人は、やさしいのだと思う。人の価値観を尊重して、否定したくないという想いがあるからこそ、悩んでしまうのだと思う。

 そういった側面を持つ人に出会ったのは初めてだった。

 だけどほんとうは、気が付かなかっただけで、おそらく今までもそういう人には出会ってはいたのだろう。


 それでも、認識したのは西牧さんが初めてだった。

 だかこそ僕は、西牧さんを好きになることができた。

 その存在が、身近にいてくれたことを僕はうれしく思う。



 僕は今、西牧さんに告白したことを、間違いなく後悔している。

 本気でぶつかって、全力で傷ついたことを、僕は後悔している。

 だけどこの後悔は、今までの後悔とは違う、悪くない後悔だった。僕は初めて、逃げない後悔をした。

 つらいことには変わりはないが、この数か月の激情は、僕にとって初めての経験ばかりだった。


 かさと倖成君に相談できたというのも大きな変化だ。

 傷つかない振る舞いをしていたのは、かさや倖成君に対しても同じだった。

 二人を心から信用していたと思っていたけれど、今まで僕は二人にも本音が話せていなかった。


 僕はずっと弱さを出すことを恐れて隠していたけれど、その弱さも含めて自分なのだということを知ることができた。

 今回のことで、僕はその部分とも向き合うことができた。

 そこが今までとの明確な違いで、不思議な達成感と満足感があるのは、そのせいだろう。

 後悔と向き合って反省しても、自分の弱さと向き合えていなければ、まだ未熟なのだということを知った。



 そしてこの後悔には、たくさんの支えがあった。

 僕と関わってくれた大切な人の支えが、僕をこの悪くない後悔に導いてくれた。

 僕は初めて、後悔ができてよかったと思っている。

 逃げずに頑張って、ほんとうによかったと思う。


 そう思えたのは、自分が頑張ったことがわかっているからだ。手を抜かずにやり切ったことを、僕自身が知っているからだ。

 思えば、何かをやり切ったのは生れて初めてかもしれない。


 受験も、部活も、結局最後まではやりきれなかった。

 でも、今回ばかりは本当に頑張ることができた。

 やっと僕は、頑張ることからも逃げないようになれたと思う。

 僕はやっと、自分を認めることができた。



 好きという感情を知って、それによって起きた自分の成長を、はっきりと感じることができた。

 その事実に、僕は笑顔を向けた。


 涙の線はまだ乾かないけれど、僕はもう前を向いている。


――――登場人物――――

玉木悠太たまきゆうた 僕

 中学時代はバレーボール部。

 父親と兄との三人暮らし。


永野司ながのつかさ かさ

 小学校からの付き合い。

 僕をまこと呼ぶ。

 京都に住むために勉強をしているらしい。

 人との接し方が似ている。

 小学生のときに転校してきた。

 僕にとっては貴重な、家のことを話せる関係。


前川倖成まえかわこうせい 倖成くん

 中学時代は、僕と同じくバレーボール部。

 二年間クラスも同じでよく話をした。

 僕をまこと呼ぶ。

 高校でもバレーボール部に入った。

 最初だけは僕を玉木くんと呼んでいた。


中里佳世なかさとかよ 佳世ちゃん

 小学三年生のときに知り合った。

 いつもくだらないことで笑わせてくる愉快な人。

 一緒にコスモスを見に行った。

 中学二年生の終わり頃から話さなくなった。


浅羽慎二あさばしんじ 慎ちゃん

 中学一年生のときに同じクラスだった。

 やさしい言葉をかけてくれた。

 僕はそんな慎ちゃんのやさしさの在り方に、憧れを抱いている。


今井俊いまいしゅん 今井くん

 僕と似た空気を感じる。

 親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。

 曜子という人ともめたらしい。

 一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。

 それからは、距離が開いてしまった。


小林正樹こばやしまさき 小林くん

 昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。

 勉強に打ち込んでおり、部活もしている。

 高校一年生のときは室長もしていた。

 修学旅行のときから、僕をたまちゃんと呼ぶようになった。

 思っていたよりも、ずっと仲良くなれた。


田原友貴たはらともき 友貴

 中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。

 部活をやっている。坊主頭。

 修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。

 おせっかいだが、悪い人間ではない。


森島もりしまさん

 今井君のことを教えてくれた人。

 曜子という人の友人。

 友貴と付き合っていたらしい。

 冷静な人のようだが、友貴に似ておせっかいな面もある。


伊藤恵いとうめぐみ 伊藤さん

 吹奏楽部。フルートが上手らしい。

 わかりやすい感情表現をする。

 気さくな人でクラスの中心的存在。

 随分と、僕を気遣ってくれていた。

 僕の字を褒めてくれた。

 何事も一生懸命に取り組むことができる。


江口えぐち先生

 高校一年生のときの担任。担当科目は国語。

 役者めいた話し方をする人。

 表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。

 気を許せる先生。


中川なかがわ先生

 高校二年生のときの担任。担当科目は国語。

 やさしい笑顔が特徴。

 いろいろと見抜かれている気がする。

 あのやさしい笑顔は、葛藤の末に得たもののように見える。

 人にやさしくあれる強さをもっている。

 尊敬できる先生。


渥美あつみ先生

 高校三年生のときの担任。担当科目は数学。

 弱さを隠さない人。

 だからこそ、信用できる。

 人間味あふれる先生。


西牧美緒にしまきみお 西牧さん

 初対面とは思えないほど話しやすい人。

 僕のことをまっきーと呼ぶ。

 僕に似ている。

 ほんとうの初恋の人。

 僕が初めて好きになることができた人。


山瀬貴久やませたかひさ 貴久たかひさ

 大学からの友人。柔道部所属。

 一人暮らしをしている。語学のクラスが同じ。

 同じ部活の人と付き合っている。

 惚気話をよくする。


出口和也でぐちかずや 和也かずや

 大学からの友人。空手部所属。

 実家通い。語学のクラスが同じ。

 アルバイトに明け暮れており、講義はほとんど寝ている。

 高校時代に同じ部活だった先輩のことが好き。


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