十一節 告白
僕は年末年始を、悩みながら過ごした。
そうしてさんざん悩んだ挙句、僕は倖成君の言っていたように、西牧さんに連絡を取ることを選んだ。
背中を押してくれた二人のためにも、絶対に逃げてはいけないと思った。
そして僕は、最後の基礎ゼミの講義が終わった後に、西牧さんと話をすることになった。
講義が終わって同じクラスの人が教室を出ていくと、西牧さんが話しかけてきた。
「ねえまっきー、どうしたの?」
「えっと、呼び出したのはまあ、話があるからなんだけど……」
いざ西牧さんを前にすると、僕はまた委縮してしまった。だが、もう呼び出したのだから、覚悟を決めなければいけない。
「とりあえず座ろうか」
「うん」
西牧さんは椅子を引いて座った。僕も椅子を引いて、西牧さんと向かい合うように座る。
「今日時間はいいの?」
本題から入るのは難しかったので、僕は西牧さんに雑な問いかけをした。
「もう帰るだけだから」
「そっか……」
「うん」
気まずい沈黙。僕が話さなければいけないのだが、うまく言い出すことができない。
その気まずい空気を嫌ったのか、西牧さんは僕に話しかけてきた。
「そういやゼミどうだった?」
「ああ、第二希望のところで受かったよ」
「よかったね」
「いやまあ、そうだね」
そうして僕は、本題を切り出せないまま話を続けた。
言わなければいけないと思うほどに、別の話題を探そうとしてしまう。
そうしてしばらくたわいない話をしていると、ふと会話が途切れて沈黙が訪れた。
僕は短く深呼吸をして、話し始めることにした。
「えーっと、呼び出した理由は分かっているかもしれないけど……」
「うん」
西牧さんは、余裕そうな表情で笑いながら答えた。
「ちゃんと言うから、ちょっと待って……」
僕は再び深呼吸をする。そして西牧さんの目を見て、僕は話を始めた。
「その、僕は最初西牧さんと話したときは、話しやすい人だなってくらいの印象だった。でも西牧さんの表情とかを見ている内に、たぶん僕と少し似ているところがあると思った。
それはなんというか……西牧さんはいつもやけに楽しそうに笑うから、それが逆に不自然だったというか、そんな感じなんだけど」
「え……」
西牧さんは、短く声を漏らした。
「その笑い方、僕は身に覚えがあるから。たぶん、僕の笑顔もそう見えてるんじゃないかなと思ってたんだけど。僕と西牧さんって似てる?」
「いや、あまり似てないと思うけど」
「そっか……」
難しそうな顔をする西牧さんを見て、僕は一旦話を止めた。黙りこくってしまった西牧さんの様子をうかがいながら、僕は話を再開した。
「もしかしたら、昔何かあったのかなと思って。笑っているはずなのに、心からは笑えていないとか。ずっと冷めてる自分がいるとか、笑っているのに周りに合わせてる感じになるとか。そういう時期があったんじゃないかなと思った。
そういうのって、僕もわかるから。僕もそういうのでけっこう悩んできたから、一緒かなと思ったんだけど」
西牧さんは視線を落として、僕から目をそらした。
そして首を少し上げて、遠くを見るような視線で話し始めた。
「合わせるのがつらいなっていうのは、まああったね」
僕は相槌も打たずに、西牧さんの目を見続けた。
「えーっと……高校のときに、仲いい人たちがいたんだけど、何か途中から合わないなって思い始めて。私入れて三人でよくいたんだけど、価値観が合わないというか、ちょっと合わせなきゃいけない感じで、それがだんだんとつらくなったんだよね。
でも他の二人は同じような感じだから、私だけ考え方が合わないみたいな、そういうのが続いてて。でも周りと合わないと思いたくない自分もいたから、いろいろ悩んでた。だから、正直言えば高校はあまり楽しくなかったかな」
「それは、上辺だけの関係みたいな感じ?」
「……そうだね」
西牧さんの表情が曇った。
西牧さんはそう思うことが嫌だからこそ悩んでいたのに、無神経なことを言ってしまった。
「まあでも、今はけっこう楽しいよ」
僕が困っているのを察してか、西牧さんは話を変えた。その話題の変え方は、僕と同じだ。
「そうなんだ」
「色々頭使わなくていられるというか、えっと、私がいつも一緒にいる友だちわかる?」
「あのいつも一緒にいる人だよね」
「そうなんだけど……まあいいや。なんというかさ、すごいばかなんだよ。くだらなさすぎて、もうほんとに信じられないくらいにばかなんだよ」
西牧さんはとても愉快そうに笑った。その笑顔は、温かくやわらかい。
僕にそれは、心からの笑顔のように見えた。
僕たちのような人間にとって、そういうふざけた態度でいてくれる存在は貴重だ。思案を巡らせて、言葉の裏を考えなくても良いというのは、僕たちにとっては安心できる存在だ。
だが仮にそれが演技であれば、僕たちのような人間は気づいてしまう。
だからこそ、西牧さんはあの笑顔で笑うことができるのだろう。
「僕の友だちもばかな人ばっかりだよ。僕は友だちには本当に恵まれてると思う。すごくやさしいばかたちだから。僕みたいな人間と一緒にいてくれる、飛び切りやさしい人たちだから」
「そうなんだ」
西牧さんは、笑いながらも少し羨ましそうにしていた。
西牧さんのことを知れば知るほどに、僕の心は惹かれていく。
西牧さんの葛藤は、僕のものとは違う。でも、形は違えど悩みながらも進んできたという事実は同じだ。
そんな西牧さんだからこそ、僕は惹かれているのだ。
僕は西牧さんのことを好きになった経緯の話を再開した。
「それでこの前も言ったけど、西牧さんの『姿勢なんかで何がわかるの』って発言を聞いてから、意識が変わった。正直これを聞くまでは、いい人とか、ちゃんとした人っていう認識だけだった。
でもあの発言を聞いて、僕は西牧さんに惚れた。その後も何度か話をして、さらに僕は西牧さんに惹かれていった。まあだから、そんな感じで、僕は西牧さんに惚れました」
「うん」
西牧さんはにこやかに笑う。
「今日はそれを言おうと思って呼び出しました。ご清聴どうもです」
「うん、ありがとう。なんかそういうの言われたの久しぶり」
「そうなの?」
「うん、ありがとね」
「いや……べつに」
何かが違う。僕が言いたいのは、これだっただろうか。確かにこれも言いたかったことだが、本当に言いたかったのはこれではない。
「いやー長かったねえ」
西牧さんは帰り支度を始めていた。僕もそれに倣って席を立つ。
「ごめん。なかなか言い出せなくて」
「まあいろいろ話せてよかったよ。やっぱりまっきーはおもしろいね」
「そうかな」
違う。僕が言いたいのはこれだけではなくて……。
「まっきーこの後はふつうに帰る?」
「あ、いや。うん」
「どっち?」
西牧さんは首をかしげながら言った。
「帰る」
「じゃあ行こうか」
「うん」
そうして西牧さんは、空き教室を出た。
このままこの場所を出たら、もう西牧さんと話し合う機会はない。まだ言わなければいけないことがあるのはわかっている。
わかっているのに僕は、呼び止めることができなかった。
僕たちは、学校から駅までの道を並んで歩いた。たわいもない会話は、尽きなかった。
「じゃあね……」
そしてやはり僕は、何も言えないまま別れの言葉を口にしていた。
僕は、何をやっているのだろう……。せっかく背中を押してくれた二人のやさしさを、僕はふいにしてしまった。
まだ僕は、怖がっているのだろうか。どうして全部言えなかったのだろう。
帰りの電車に揺られながら、僕はずっと考えていた。
そして、実家の最寄り駅から、三駅離れたところで降りた。日が落ちて暗くなった道を、僕は進んだ。
僕に残された道は、ひとつしかない。もう一度西牧さんを呼び出して、逃げずに告白をする。
僕に残された道は、それだけだ。
それだというのに、僕はまだためらっていた。
次の電信柱を越えたら、次の角を曲がったら、次の交差点を過ぎたら、次のトンネルを抜けたら、そうして僕はいくつもの節目を越えた。
暗い道を歩いて、僕は西牧さんのことを考える。
僕ははっきりと西牧さんのことが好きなのに、どうしてこうもうまくいかないのだろう。かさと倖成君が背中を押してくれたのに、僕はどうして……。
それを考えようとしたところで、僕は頭を切り替えた。
今考えることは、やるべきことはそれではない。
二人の気持ちにこたえたいのなら、自分の気持ちに素直になりたいのなら、僕がとるべき行動はひとつだ。
僕は最初からわかっていた、たったひとつの道を、今度は自分で選んだ。
そして僕は、西牧さんに連絡をしてから、少し気持ちを楽にして歩いた。西牧さんは、本当に僕の理想だ。
僕と似ている人間が、これほど身近にいてくれたことに、出会えた偶然に感謝した。
しばらく歩いて、僕はかさにも連絡を入れた。かさには、成人式の前日に会おうという旨の連絡をした。
かさには、僕のことを最初に話したい。
僕の人生を支えてくれたかさには、一番に話したい。
感謝を、伝えたい。
――――登場人物――――
玉木悠太 僕
中学時代はバレーボール部。
父親と兄との三人暮らし。
永野司 かさ
小学校からの付き合い。
僕をまこと呼ぶ。
京都に住むために勉強をしているらしい。
人との接し方が似ている。
小学生のときに転校してきた。
僕にとっては貴重な、家のことを話せる関係。
前川倖成 倖成くん
中学時代は、僕と同じくバレーボール部。
二年間クラスも同じでよく話をした。
僕をまこと呼ぶ。
高校でもバレーボール部に入った。
最初だけは僕を玉木くんと呼んでいた。
中里佳世 佳世ちゃん
小学三年生のときに知り合った。
いつもくだらないことで笑わせてくる愉快な人。
一緒にコスモスを見に行った。
中学二年生の終わり頃から話さなくなった。
浅羽慎二 慎ちゃん
中学一年生のときに同じクラスだった。
やさしい言葉をかけてくれた。
僕はそんな慎ちゃんのやさしさの在り方に、憧れを抱いている。
今井俊 今井くん
僕と似た空気を感じる。
親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。
曜子という人ともめたらしい。
一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。
それからは、距離が開いてしまった。
小林正樹 小林くん
昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。
勉強に打ち込んでおり、部活もしている。
高校一年生のときは室長もしていた。
修学旅行のときから、僕をたまちゃんと呼ぶようになった。
思っていたよりも、ずっと仲良くなれた。
田原友貴 友貴
中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。
部活をやっている。坊主頭。
修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。
おせっかいだが、悪い人間ではない。
森島さん
今井君のことを教えてくれた人。
曜子という人の友人。
友貴と付き合っていたらしい。
冷静な人のようだが、友貴に似ておせっかいな面もある。
伊藤恵 伊藤さん
吹奏楽部。フルートが上手らしい。
わかりやすい感情表現をする。
気さくな人でクラスの中心的存在。
随分と、僕を気遣ってくれていた。
僕の字を褒めてくれた。
何事も一生懸命に取り組むことができる。
江口先生
高校一年生のときの担任。担当科目は国語。
役者めいた話し方をする人。
表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。
気を許せる先生。
中川先生
高校二年生のときの担任。担当科目は国語。
やさしい笑顔が特徴。
いろいろと見抜かれている気がする。
あのやさしい笑顔は、葛藤の末に得たもののように見える。
人にやさしくあれる強さをもっている。
尊敬できる先生。
渥美先生
高校三年生のときの担任。担当科目は数学。
弱さを隠さない人。
だからこそ、信用できる。
人間味あふれる先生。
西牧美緒 西牧さん
初対面とは思えないほど話しやすい人。
僕のことをまっきーと呼ぶ。
僕に似ている。
ほんとうの初恋の人。
僕が初めて好きになることができた人。
山瀬貴久 貴久
大学からの友人。柔道部所属。
一人暮らしをしている。語学のクラスが同じ。
同じ部活の人と付き合っている。
惚気話をよくする。
出口和也 和也
大学からの友人。空手部所属。
実家通い。語学のクラスが同じ。
アルバイトに明け暮れており、講義はほとんど寝ている。
高校時代に同じ部活だった先輩のことが好き。




