六節 僕に似ている人
秋学期の講義も後半に差し掛かり、残りの講義数は数えるほどになっていた。僕の服装も、すっかり分厚いものに変わっている。
そんな静けさを感じる朝、家の郵便受けに同窓会の案内が入っていた。僕はそのはがきを手に取り、目を通す。
そうしていると、自然に懐かしい人たちとの思い出が脳裏に浮かんで来た。
僕は少しだけ温かさを感じて、駅に向かった。
基礎ゼミの時間、僕は偶然にもまた西牧さんと同じ班になった。心の中で少し期待はしていたけれど、まさか本当に同じになるとは思っていなかった。
「また一緒だね、よろしく」
西牧さんは僕の隣に座りながら言った。
「うん、よろしく」
僕は表情をうかがいながら返事をした。楽しそうな表情だが、別段柔らかくも固くもないように見える。
もう飾ってはいないようだ。
そしていつものように話し合いは進んで、ある程度の方針が決まると、今回は分担して作業をすることになった。
僕と西牧さんは、教室に残ってパソコンで調べもの。他の二人は図書館で参考資料を探すことになった。
そして調べものがある程度進むと、講義とは関係ない話が始まった。
パソコンの画面を見ていた西牧さんは、僕のほうを向いて声をかけてくる。
「そういや、まっきーってもう面接終わった?」
「……あ、まだ。僕は明日。もう終わったの?」
慣れない呼ばれ方に、僕は一瞬戸惑った。
「うん、昨日の昼に終わった」
「どんなだった?」
「なんか、長所とか短所とか、趣味とか将来の夢とかふつうのことばっかりだった」
「そういうものなんだ」
「そうみたい」
何かを期待していたというような雰囲気。その気持ちは、わからないわけではない。
僕は西牧さんの教えてくれたことを少し考えた。僕の長所は、なんだろう。短所はたくさんあるけれど、長所はあまり思いつかない。
「まっきーの長所は、怒らないこととか?」
西牧さんは、やけに楽しそうな声で言った。いたずらっぽい笑顔を、僕に向けている。
「いや、それは……」
怒らないことは、長所ではないと思う。僕が他人に怒らないのは、全部自分のためだ。事を荒げないで穏便に済ませているのも、全て自分を守るためだ。
それはきっと、長所どころか短所だろう。
そんなことを考えながらも結局口に出せないでいると、ふと西牧さんの顔が曇った。僕の反応を見てのことだろう。
今僕は、いい顔ができていない自覚もある。
それどころかきっと、冷めた目線を送ってしまっている。
西牧さんは、それ以上踏み込んでくることはなかった。
心理的距離は、尊重する人のようだ。
「ふだんって何してるの?」
気まずくなりたいわけでもなかった僕は、話題を変えることにした。
「あ、えーっと……」
西牧さんは戸惑いを隠すように、平然な態度で言葉をつなげた。
「バイトがほとんどかな。あと趣味とかっていうわけではないけど、運動もする」
「へー、健康的だね」
「まっきーってバイトしてないんだよね?」
僕の雑な返事を、西牧さんはあっさりと流した。
「してないよ。春学期は単発のとかのをやってたけど、最近はもうやってない。お金も困ってないし」
「富豪なんだね」
「富豪ではない」
そして僕たちは、くだらないやり取りを再開した。
やはりまだ、西牧さんの本音は聞くことはできないようだ。嘘をついているわけではないと思うが、核心を話す気はないようだ。
もちろんそれは、僕も同じだけれど。
他の二人が図書館から戻ってきて、残りの作業は資料作成だけになった。
僕たちはやることがなくなったので、講義の時間が終わるのを待ちながら話をしていた。
「なんか面接って、パーカーで行くと評価下がるらしいよ」
前に座っている女の人が言った。
「そうなの? 俺昨日パーカーだったかも」
その隣に座っていた男の人が反応した。
「噂だから本当かどうかはわからないけれど」
「うわー、もっと早く教えてよ」
「いや私も昨日知ったし。あとね、姿勢でも評価されるんだって」
「そんな厳しいの? もっとちゃんとしておけばよかった」
人の本質は、そんなことではわからないだろう。
表層だけでは、人のことは何もわからない。
僕はそのくだらない評価の仕方に、少し呆れていた。
もっと見るべきところがあるだろうに。
「姿勢なんかで何がわかるの……」
盛り上がっている二人の声とは対照的な、ひどく冷めた声が僕の隣から聞こえた。
「え……?」
僕は驚きのあまり息が詰まる。
ただの呟きに過ぎないその声は、たった今僕が思っていたことをそのまま言葉にした。
隣を見ると、声の主である西牧さんは、呆れたような目をしていた。それはもはや、悲しみを思わせるものでもあった。
西牧さんの目は、退屈そうにしているときよりも、さらに冷め切っていた。
翌日、僕はゼミの面接を受けた。僕はどうしても嘘をつくのが嫌だったので、全部を本音で語った。
担当の先生の反応は、あまりよくなかった。おそらく、落とされると思う。
でも、それでいいと思った。嘘を並べて受かるのは、違う気がした。
だから僕は、嘘をつくのだけはやめた。
自分の考えを、信じた。
それからはずっと、西牧さんの発した言葉について考えていた。
僕と全く同じことを考えていた、西牧さんのことを。
――――登場人物――――
玉木悠太 僕
中学時代はバレーボール部。
父親と兄との三人暮らし。
永野司 かさ
小学校からの付き合い。
僕をまこと呼ぶ。
京都に住むために勉強をしているらしい。
人との接し方が似ている。
小学生のときに転校してきた。
僕にとっては貴重な、家のことを話せる関係。
前川倖成 倖成くん
中学時代は、僕と同じくバレーボール部。
二年間クラスも同じでよく話をした。
僕をまこと呼ぶ。
高校でもバレーボール部に入った。
最初だけは僕を玉木くんと呼んでいた。
中里佳世 佳世ちゃん
小学三年生のときに知り合った。
いつもくだらないことで笑わせてくる愉快な人。
一緒にコスモスを見に行った。
中学二年生の終わり頃から話さなくなった。
浅羽慎二 慎ちゃん
中学一年生のときに同じクラスだった。
やさしい言葉をかけてくれた。
僕はそんな慎ちゃんのやさしさの在り方に、憧れを抱いている。
今井俊 今井くん
僕と似た空気を感じる。
親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。
曜子という人ともめたらしい。
一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。
それからは、距離が開いてしまった。
小林正樹 小林くん
昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。
勉強に打ち込んでおり、部活もしている。
高校一年生のときは室長もしていた。
修学旅行のときから、僕をたまちゃんと呼ぶようになった。
思っていたよりも、ずっと仲良くなれた。
田原友貴 友貴
中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。
部活をやっている。坊主頭。
修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。
おせっかいだが、悪い人間ではない。
森島さん
今井君のことを教えてくれた人。
曜子という人の友人。
友貴と付き合っていたらしい。
冷静な人のようだが、友貴に似ておせっかいな面もある。
伊藤恵 伊藤さん
吹奏楽部。フルートが上手らしい。
わかりやすい感情表現をする。
気さくな人でクラスの中心的存在。
随分と、僕を気遣ってくれていた。
僕の字を褒めてくれた。
何事も一生懸命に取り組むことができる。
江口先生
高校一年生のときの担任。担当科目は国語。
役者めいた話し方をする人。
表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。
気を許せる先生。
中川先生
高校二年生のときの担任。担当科目は国語。
やさしい笑顔が特徴。
いろいろと見抜かれている気がする。
あのやさしい笑顔は、葛藤の末に得たもののように見える。
人にやさしくあれる強さをもっている。
尊敬できる先生。
渥美先生
高校三年生のときの担任。担当科目は数学。
弱さを隠さない人。
だからこそ、信用できる。
人間味あふれる先生。
西牧美緒 西牧さん
初対面とは思えないほど話しやすい人。
僕のことをまっきーと呼ぶ。
僕に似ている。
山瀬貴久 貴久
大学からの友人。柔道部所属。
一人暮らしをしている。語学のクラスが同じ。
同じ部活の人と付き合っている。
惚気話をよくする。
出口和也 和也
大学からの友人。空手部所属。
実家通い。語学のクラスが同じ。
アルバイトに明け暮れており、講義はほとんど寝ている。
高校時代に同じ部活だった先輩のことが好き。




