二節 夏休み 前編
読書の習慣によって、心が豊かになった気がする。
しかし心が豊かになろうとも、日常に大きな変化はなく時間だけが過ぎて行った。
そして、夏休みになった。
夏休みが始まってすぐ、貴久と和也から遊びの誘いがあった。しばらくぶりの連絡に、僕の心は少し躍る。
二人と会うのは春休み以来だ。
僕たちは三人で焼き肉屋の食べ放題に行った。くだらないことを話しながら、僕たちは一緒に肉を食べる。二人は体育会系だけあって、たくさん食べていた。僕も負けじと、ひたすら油の少ないものを注文して食べ続けた。
「僕友だちと、焼き肉来るの何気に初めてかも」
貴久が肉を取りながら言った。その言葉に和也は驚き交じりに言葉を返した。
「えーうそだろ」
「いやほんとだって。部活とかではあるけど、こういう友だちだけってのは初めて」
「あーそういうことなら俺も……いやさすがにあるわ」
「あるのかよ。玉木くんは?」
「僕もあるよ」
昔、かさと倖成君と一緒に行った。早々にドリンクバーで遊び始めたけれど。
「なんだ僕だけか。けっこう特別感あったんだけどなあ」
貴久は少しいじけたように言った。
「でもたしかに特別な感じはするな。高校とかは、同じ部活のやつらとしかそこまで仲良くなってなかったし。なんかちょっと新鮮ではある」
「そうそう、僕もそれ」
二人には、部活をしていたからこそ減ってしまった関わりも多いのだろう。部活はみんなで団結できて楽しそうではあるけれど、それだけに関わる人も縛られる。
そう考えると、この二人にとってサークルにも部活にも入っていない僕は、今まで仲良くしてきた人とはかなり異なるのだろう。
そしてそれは、僕の立場からしても同じことだ。
「僕もこの関係はけっこう気に入ってるよ。二人ともおもしろいし」
僕の言葉に、二人は口角を上げながら何度も頷いていた。
揃って似たような動作をする二人を見て、僕は思わず笑ってしまった。
「よしじゃあ、締めにラーメン行くか」
焼き肉屋を出ると、和也が信じられない言葉を発した。
「いや待って和也、それは無理。はちきれるって」
貴久は和也を止めに入ったが、和也はまだ止まる気配がない。
「いやいける。玉木くんはいけるよな?」
「僕も無理」
僕は短く答えた。
そうして多数決で無事ラーメンは却下され、僕たちは貴久の下宿先に行くことになった。
帰り道のスーパーで買い物をして、また僕たちは三人で盛り上がった。しばらく時間を置いてからまた飲み食いをして、ひとしきり騒いだ。
その途中で、僕は一人暮らしをやめたことを二人に話した。
二人には結局、何も言わずに帰ってしまった。その後ろめたさがあって、ずっと話せていなかった。二人は驚いていたけれど、言いそびれていたことを詫びて、帰ることを選んだ理由を話すとすぐに受け入れてくれた。
この二人が僕の話を聞いてくれないわけがないのだから、もっと早くに話しておけばよかった。直接ではなくても、連絡くらいするべきだったと思った。連絡先だけ持っていても、使わないのであれば意味がない。
貴久と和也に対しても、もっと素直になろうと僕は思った。
「あー彼女欲しい」
貴久の家を出て駅に向かって歩いていると、和也が独り言のように呟いた。
「欲しいの?」
「そりゃ欲しいよ、今日もいろいろ聞かされたし」
「話してたね」
「ほんと貴久が羨ましい。あれ、というか玉木くんはどうなの。もしかして、まだ前言ってた人のこと好きとか?」
「いや、あの人のことは、もう終わったことだから」
「そうなんだ」
和也は少し顔をかげらせながら笑った。
「どうしたの?」
僕は和也に尋ねる。
「俺実はさ、好きな人いるんだよ」
「そうなの?」
「うん。高校のときの先輩で、同じ空手部だったんだけど、大学は遠くの所に行ってる。その先輩すごい強くて、まあ俺敵わなかったんだけど、ずっと好きだった」
和也は足元に視線を落とした。
「それはどういう感じだったの?」
「付き合ってたんだよ、俺、その先輩と。まあ先輩が卒業するのと同時に振られたんだけど」
「……そういうこと」
だからあのとき、引きずっていた僕を慰めてくれたのか。
和也が空手を続けている理由には、その先輩によるところも大きいのかもしれない。
「まあ未練がましくもまだ好きだから、今度帰ってくるときとかに、今度は俺から告白しようかなって。年末とかは帰ってくるらしいから」
「べつに嫌いになったから振られた訳でもないんでしょ?」
「そうだと思うけど」
和也は自身がないようだった。立ち止まって、膝に手をついている。
「人を好きになれるのはすごいと思う。僕には応援しかできないけれど、うまくいくといいね」
僕はそう言って和也の背を軽くたたいた。鍛えられている和也の背中は、筋肉でとても硬かった。
そして僕は、和也の肩を抱いた。
和也の体から、熱が伝わってくる。
だけど、僕はもう人の肌にふれても、嫌な気はしなくなっていた。
「和也、飲みすぎ」
「うるせえ」
誰にだって、抱えている思いはあるのだということを知った。
歩こうとすると、ふいに和也が呟いた。
「玉木くん、ありがとう」
「うん」
鍛えられた重たい体を支えながら、僕はゆっくりと歩いた。
――――登場人物――――
玉木悠太 僕
中学時代はバレーボール部。
父親と兄との三人暮らし。
永野司 かさ
小学校からの付き合い。
僕をまこと呼ぶ。
京都に住むために勉強をしているらしい。
人との接し方が似ている。
小学生のときに転校してきた。
僕にとっては貴重な、家のことを話せる関係。
前川倖成 倖成くん
中学時代は、僕と同じくバレーボール部。
二年間クラスも同じでよく話をした。
僕をまこと呼ぶ。
高校でもバレーボール部に入った。
最初だけは僕を玉木くんと呼んでいた。
中里佳世 佳世ちゃん
小学三年生のときに知り合った。
いつもくだらないことで笑わせてくる愉快な人。
一緒にコスモスを見に行った。
中学二年生の終わり頃から話さなくなった。
浅羽慎二 慎ちゃん
中学一年生のときに同じクラスだった。
やさしい言葉をかけてくれた。
僕はそんな慎ちゃんのやさしさの在り方に、憧れを抱いている。
今井俊 今井くん
僕と似た空気を感じる。
親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。
曜子という人ともめたらしい。
一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。
それからは、距離が開いてしまった。
小林正樹 小林くん
昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。
勉強に打ち込んでおり、部活もしている。
高校一年生のときは室長もしていた。
修学旅行のときから、僕をたまちゃんと呼ぶようになった。
思っていたよりも、ずっと仲良くなれた。
田原友貴 友貴
中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。
部活をやっている。坊主頭。
修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。
おせっかいだが、悪い人間ではない。
森島さん
今井君のことを教えてくれた人。
曜子という人の友人。
友貴と付き合っていたらしい。
冷静な人のようだが、友貴に似ておせっかいな面もある。
伊藤恵 伊藤さん
吹奏楽部。フルートが上手らしい。
わかりやすい感情表現をする。
気さくな人でクラスの中心的存在。
随分と、僕を気遣ってくれていた。
僕の字を褒めてくれた。
何事も一生懸命に取り組むことができる。
江口先生
高校一年生のときの担任。担当科目は国語。
役者めいた話し方をする人。
表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。
気を許せる先生。
中川先生
高校二年生のときの担任。担当科目は国語。
やさしい笑顔が特徴。
いろいろと見抜かれている気がする。
あのやさしい笑顔は、葛藤の末に得たもののように見える。
人にやさしくあれる強さをもっている。
尊敬できる先生。
渥美先生
高校三年生のときの担任。担当科目は数学。
弱さを隠さない人。
だからこそ、信用できる。
人間味あふれる先生。
山瀬貴久 貴久
大学からの友人。柔道部所属。
一人暮らしをしている。語学のクラスが同じ。
同じ部活の人と付き合っている。
惚気話をよくする。
出口和也 和也
大学からの友人。空手部所属。
実家通い。語学のクラスが同じ。
アルバイトに明け暮れており、講義はほとんど寝ている。
高校時代に同じ部活だった先輩のことが好き。




