十節 貴久
春休み、僕たちはしばらくぶりに貴久の家に集まることになった。しかし和也はまだ部活が終わっていないらしく、先に買い出しを済ませることになった。
その帰り道、貴久は僕に質問をしてきた。
「玉木くんって、彼女欲しいと思う?」
「うーん、欲しいと思わなくはないけど、僕は自分から好きになりたいから。だから今はまだかな」
今度は後から好きだと気付くのではなく、ちゃんとそのときに好きになりたい。
「あー、告白も自分からしたいタイプ?」
「たぶん、そうだと思う」
告白の経験はないけれど、自分から好きになるというのはそういうことだと思う。
そして少し会話は途絶えたが、またすぐに貴久は話しかけてきた。
「玉木くんってさ、自分のこと好き?」
「え、なにその質問」
「なんとなくとかでもいいから」
僕は自分のことが、ずっと嫌いだった。
何もできない自分は、周りよりも劣っているように思っていた。
頑張ることさえもできない自分は、周りとは違うと感じていた。
それが、みんなの言う「独特」という表現の正体なのだと思っていた。
だけど、最近は少しだけ自分のことをまっすぐに見ることができるようになって、それは違うと感じるようになった。
僕はたしかに、昔のことで少し考え方は歪んでしまっている。
でも僕には支えてくれた人がいた。
そのやさしさで持ち直すことができた。
そのおかげで僕は、おもしろい考え方のできる人間になったように感じる。
みんなの言う「独特」は、この歪みながらも大切な人たちのおかげで持ち直すことができた僕を、汲み取った表現なのだろう。
そしてそれを、僕は僕として受け入れる。
「正直言うと最近まではそうでもなかったんだけど、でも今は自分のことけっこう好きだよ。考え方とかは特に」
頑張り切れないところも含めて、僕は僕だ。
「おー、いいねえ」
貴久は満足そうに微笑みながら言った。
「これなんのやつなの?」
「なんかこの前テレビでさ、自分のことも好きになれない人は、人を好きになることなんてできないって言ってて。玉木くんはどうなんだろうって思ったから」
「貴久は?」
「僕は自分のこと好きだよ」
貴久は当たり前のように言った。
「玉木くんっていつもちゃんと自分で判断してる感じするから、聞いてみたくて。考え方とかちょっと大人っぽいよね」
「そう?」
「うん。他の人とは違う感じする」
貴久は僕に対して、独特という言葉を使ったことがない。言葉を選んでいるような気もする。
だからこそ、この関係は緩いけれど居心地がいい。
その後和也も合流して、また三人で盛り上がった。貴久の惚気話をいくつか聞いた後は、また映画を見て過ごした。
あまり会っていなかったから、距離が開いてしまったと思っていたけれど、二人からそんなことはまったく感じられなかった。
久しぶりに二人と話せてうれしかった。
――――登場人物――――
玉木悠太 僕
中学時代はバレーボール部。
父親と兄との三人暮らし。
永野司 かさ
小学校からの付き合い。
僕をまこと呼ぶ。
京都に住むために勉強をしているらしい。
人との接し方が似ている。
小学生のときに転校してきた。
僕にとっては貴重な、家のことを話せる関係。
前川倖成 倖成くん
中学時代は、僕と同じくバレーボール部。
二年間クラスも同じでよく話をした。
僕をまこと呼ぶ。
高校でもバレーボール部に入った。
最初だけは僕を玉木くんと呼んでいた。
中里佳世 佳世ちゃん
小学三年生のときに知り合った。
いつもくだらないことで笑わせてくる愉快な人。
一緒にコスモスを見に行った。
中学二年生の終わり頃から話さなくなった。
浅羽慎二 慎ちゃん
中学一年生のときに同じクラスだった。
やさしい言葉をかけてくれた。
僕はそんな慎ちゃんのやさしさの在り方に、憧れを抱いている。
今井俊 今井くん
僕と似た空気を感じる。
親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。
曜子という人ともめたらしい。
一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。
それからは、距離が開いてしまった。
小林正樹 小林くん
昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。
勉強に打ち込んでおり、部活もしている。
高校一年生のときは室長もしていた。
修学旅行のときから、僕をたまちゃんと呼ぶようになった。
思っていたよりも、ずっと仲良くなれた。
田原友貴 友貴
中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。
部活をやっている。坊主頭。
修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。
おせっかいだが、悪い人間ではない。
森島さん
今井君のことを教えてくれた人。
曜子という人の友人。
友貴と付き合っていたらしい。
冷静な人のようだが、友貴に似ておせっかいな面もある。
伊藤恵 伊藤さん
吹奏楽部。フルートが上手らしい。
わかりやすい感情表現をする。
気さくな人でクラスの中心的存在。
随分と、僕を気遣ってくれていた。
僕の字を褒めてくれた。
何事も一生懸命に取り組むことができる。
江口先生
高校一年生のときの担任。担当科目は国語。
役者めいた話し方をする人。
表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。
気を許せる先生。
中川先生
高校二年生のときの担任。担当科目は国語。
やさしい笑顔が特徴。
いろいろと見抜かれている気がする。
あのやさしい笑顔は、葛藤の末に得たもののように見える。
人にやさしくあれる強さをもっている。
尊敬できる先生。
渥美先生
高校三年生のときの担任。担当科目は数学。
弱さを隠さない人。
だからこそ、信用できる。
人間味あふれる先生。
山瀬貴久 貴久
大学からの友人。柔道部所属。
一人暮らしをしている。語学のクラスが同じ。
同じ部活の人と付き合っている。
出口和也 和也
大学からの友人。空手部所属。
実家通い。語学のクラスが同じ。
アルバイトに明け暮れており、講義はほとんど寝ている。




