二節 語学
悠々自適な生活は終わりを告げて講義が始まった。
今日は一限からとっていたので、少し早めに家を出た。
学校までは自転車で五分程。講義の開始にはかなりの余裕があった。
まだほとんど人がいない教室で座る。僕は広い教室を見渡しながら時間が経つのを待った。
少しすると、僕の前に人が来て話しかけてきた。
「あの、ここって社会学の部屋ですか?」
「そうですよ」
僕は返事をした。このうかがうような振る舞いは、同じ一年生だろう。
僕は前の人に尋ねる。
「一年ですか?」
「はい、あなたも?」
「僕も一年です」
「そうなんだ。じゃあ、よろしく」
そう言うと前の人は僕の隣に座った。
「今日ってあと何取ってる?」
隣の人は交流を深めようと話しかけてくる。僕は携帯電話で自分の取った講義を見返した。
「歴史学とドイツ語です」
「ドイツ語って三限?」
「そうですけど」
「え、僕も三限だよ」
そう言って隣の人は携帯電話の画面を見せてきた。確かに、時限も教室も一緒だった。語学のクラスは他にもたくさんあるのに、すごい偶然だ。
「ほんとだ、じゃあこれからよろしく」
「よろしくね。あ、あと一人来るから。そいつも語学一緒だよ」
そうして僕たちは少し言葉を交わした。しかしこれ以上は特に話すこともなく、その後は講義のことなどの当たり障りのない会話をした。
「あ、来た来た。あの帽子被ってるの」
そうしてもう一人が来た。
「おはよう、和也」
「おう、おはよう。あれ、友だち?」
和也と呼ばれている人は、隣の人に僕のことを聞いた。
「うん、語学一緒なんだって」
「へーそうなんだ、よろしく」
和也は僕にも挨拶をしてきた。
「よろしくね」
そして僕たちは三人並んで講義を受けた。初回は講義概要の説明だったので、すぐに終わった。
「この後講義ある?」
和也が聞いてきた。
「うん、歴史学取ってる」
「そっか、俺ら空きコマだから。じゃあまたドイツで」
「また後で」
そう言って二人は歩いていった。
まさか一限から語学が同じ人に話しかけられるとは思わなかった。
だがよくよく考えると語学の時間が被っているのだから、自然と取る講義も似通ってくるのだろう。それでも滅多なことだとは思うが。
三限になって僕はドイツ語の教室に向かった。
昼休みはすることがなかったので少し早く行ったが、二人とも既に来ていた。
和也ではないほうが、軽く手を上げて僕を呼んだ。
「ねえ、名前聞いていい? あと連絡先も交換しよう」
僕も聞こうと思っていた。名前がわからないというのは、思っていたよりも不便だ。
僕は二人の近くの席について、自己紹介をした。
僕と最初に会ったのは、経営学部の山瀬貴久。貴久は僕と同じく一人暮らしで、部活は柔道をやっているらしい。
もう一人は出口和也。貴久と同じく経営学部で、部活動は空手。家からの通いで、そう遠くはないが、時間はそれなりにかかるらしい。
大学の部活は練習場所などの事情で、他の部活の人ともかかわる機会が生れるらしく、それで二人は仲良くなったようだ。
「呼び方は貴久でいいの?」
僕は貴久に尋ねた。
「何でもいいよ。よろしくね、玉木くん」
「俺は和也で頼むわ」
「わかった」
そうして僕たちは、語学の講義を一緒に受けるようになった。
――――登場人物――――
玉木悠太 僕
中学時代はバレーボール部。
父親と兄との三人暮らし。
永野司 かさ
小学校からの付き合い。
僕をまこと呼ぶ。
京都に住むために勉強をしているらしい。
人との接し方が似ている。
小学生のときに転校してきた。
僕にとっては貴重な、家のことを話せる関係。
前川倖成 倖成くん
中学時代は、僕と同じくバレーボール部。
二年間クラスも同じでよく話をした。
僕をまこと呼ぶ。
高校でもバレーボール部に入った。
最初だけは僕を玉木くんと呼んでいた。
中里佳世 佳世ちゃん
小学三年生のときに知り合った。
いつもくだらないことで笑わせてくる愉快な人。
一緒にコスモスを見に行った。
中学二年生の終わり頃から話さなくなった。
浅羽慎二 慎ちゃん
中学一年生のときに同じクラスだった。
やさしい言葉をかけてくれた。
僕はそんな慎ちゃんのやさしさの在り方に、憧れを抱いている。
今井俊 今井くん
僕と似た空気を感じる。
親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。
曜子という人ともめたらしい。
一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。
それからは、距離が開いてしまった。
小林正樹 小林くん
昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。
勉強に打ち込んでおり、部活もしている。
高校一年生のときは室長もしていた。
修学旅行のときから、僕をたまちゃんと呼ぶようになった。
思っていたよりも、ずっと仲良くなれた。
田原友貴 友貴
中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。
部活をやっている。坊主頭。
修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。
おせっかいだが、悪い人間ではない。
森島さん
今井君のことを教えてくれた人。
曜子という人の友人。
友貴と付き合っていたらしい。
冷静な人のようだが、友貴に似ておせっかいな面もある。
伊藤恵 伊藤さん
吹奏楽部。フルートが上手らしい。
わかりやすい感情表現をする。
気さくな人でクラスの中心的存在。
随分と、僕を気遣ってくれていた。
僕の字を褒めてくれた。
何事も一生懸命に取り組むことができる。
江口先生
高校一年生のときの担任。担当科目は国語。
役者めいた話し方をする人。
表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。
気を許せる先生。
中川先生
高校二年生のときの担任。担当科目は国語。
やさしい笑顔が特徴。
いろいろと見抜かれている気がする。
あのやさしい笑顔は、葛藤の末に得たもののように見える。
人にやさしくあれる強さをもっている。
尊敬できる先生。
渥美先生
高校三年生のときの担任。担当科目は数学。
弱さを隠さない人。
だからこそ、信用できる。
人間味あふれる先生。
山瀬貴久 貴久
大学からの友人。柔道部所属。
一人暮らしをしている。語学のクラスが同じ。
出口和也 和也
大学からの友人。空手部所属。
実家通い。語学のクラスが同じ。




