十節 誕生日会
受験を終えた僕たちは、三か月遅れの誕生日会をしていた。
相変わらず倖成君の家に集まって、工夫を凝らしたケーキを囲みながら僕たちは話をする。
「でもまこもここ離れるなら、みんなもうばらばらか」
かさがケーキをつつきながら言った。
「まあ出て行くって言っても僕はすぐそこだけど」
「それ、まこの親何も言わなかったの?」
「金あるのって聞かれて、あるって答えたらそれで終わった。昔から何かを口出ししてくる人じゃないからね」
小言を言われたのでさえ、不安定だった時期だけだ。
「実際お金はあるの?」
倖成君が真剣な顔で聞いてきた。その表情は、僕を心配しているように見える。
「一応あるよ。昔からお小遣いくれてたけど、ほとんど使ってないから。僕の出費ってこの会合くらいのものだし。あとは文化祭さぼったときとか……そうだ、この前打ち上げも行った」
「え? まこが打ち上げ行ったの?」
かさはケーキを口に運ぶ手をぴたりと止めて僕の目を見た。
「うん。最後だしと思って行ってみた。けっこうよかった」
「まこなら『そんなもん行くわけないだろ』とか言いそうなのに」
中学の頃はそうだったかもしれない。
部活では少し素を出していたが、教室ではほとんど当たり障りのない人を演じていたから。
でも高校は、特に三年生はそうでもなかった。演じていなかったといえば嘘になるが、頑張って演じなくても居心地はよかった。
「僕も変わったってことだよ。それに高校けっこう楽しかったし」
「うわ、まこが学校楽しいとか言ってるの初めて聞いたわ」
かさは少しうれしそうに笑った。
「かさってそんなに高校楽しくなかったの?」
笑っているかさに向かって倖成君が言った。倖成君も少し笑っている。
「それなりには楽しかったよ。だけど、そこまでではないというか、やりきった感じが全然ないというか」
「それは僕も一緒だ。部活くらいしかまともに楽しめることなかったし」
高校生活に満足してるのは僕だけだった。
だがおそらくこれは、僕の満足の基準が二人よりも低いだけなのだろう。いろいろあったようで、その実特別な何かがあったわけではないのだから。
だけど僕は、ふつうに友だちができて、ふつうに過ごせたことがうれしかった。
もともと知り合いが少ないという理由だけで選んだ熊東だったけれど、先生にも友だちにも恵まれて、僕は満足だった。
いい人たちに出会うことができた。
それは何ものにも代えがたい、僕の大切な思い出だ。
「代わりに大学生活楽しんだらいいじゃん」
僕は沈む二人を慰めようと声をかけた。
「そうだねってそれ、前も倖成くんに言われたな」
「言ったね、僕が。薔薇色のキャンパスライフ」
「あーそれそれ。懐かしい。いやーもうほんとにみんな大学生か、はやいね」
「まあでも、みんな受かってよかったよ。誰一人第一志望じゃないけど」
倖成君は痛いところをついた。二人は第一志望の大学は落ちていた。でも二人はまだましだ。
僕なんてそもそも受けてさえいない。
「まあ一応僕は京都行き決まってるから。というよりまこさ、私立で一人暮らしできるんだったら近場じゃなくてよかったんじゃないの?」
「それは、そうだね。正直なところもうちょっと考えたらよかったなとは思ってる。もう少し静かなところがよかった気は、しないでもない」
あまり都会に行きたくはなかったのだが、他の選択肢を模索する前に願書の受付期間が終わってしまった。
私立なら近場と決めつけていたけれど、よくよく考えたら僕は奨学金の申請も余裕で通っているのだから、どこでも一人暮らしはできたように思う。
「でも僕は家出られるならどこでもいいよ」
二人は僕の言葉を聞いて納得したように頷いた。
「倖成くんは家でなくてよかったの?」
少し気まずくしてしまった僕は、繕うように倖成君の話題に変えた。
「僕は全然そういうの興味ない。一人で料理とかできる気しないし」
「一人暮らし楽しそうだけどね。やりたい放題できるしさ」
かさは呟くように言った。
たしかに、僕とかさは縛られるのは好きではないのだろう。特に、家のことに関しては。
「まあ二人ともいつでも遊びに来てよ。そうだ、来年は京都の僕の家で誕生日会するとかどう?」
「いいね、特大のケーキ作って騒ぎ倒しに行くわ」
倖成君は楽しそうに言った。
僕たちの関係は、大学生になっても当たり前のように続くのだろう。高校が一人離れても、一緒にいられるのだからきっとそうだ。
その後ケーキの処理を終えた僕たちは、そろって倖成君の家を出た。
三人で少し一緒に歩いた。
晴れた夜空には欠けた月が光っている。
今後はもう気軽に会えなくなるのだから、僕は別れの言葉を口に出しておこうと思った。
「かさ、倖成くん、ありがとね。僕は二人と毎年誕生日会ができて楽しかった」
僕は少し恥ずかしかったけれど、改めて二人に向けて言った。
「わしもや」
倖成君はにこにこと笑いながら言った。
「まあでも、また集まるでしょ? 誕生日会は絶対やるし」
かさも倖成君も、恥ずかしいことは言おうとしなかった。
「そうだね。また会えるか。じゃあ、二人とも元気で」
僕は二人に向けて言葉を発した。
そして僕たちはいつもと同じ、
「またね」という短い言葉で別れた。
閉ざした音は、響かない。
三章 高校生編 三年生
――――登場人物――――
玉木悠太 僕
中学時代はバレーボール部。
父親と兄との三人暮らし。
永野司 かさ
小学校からの付き合い。
僕をまこと呼ぶ。
京都に住むために勉強をしているらしい。
人との接し方が似ている。
小学生のときに転校してきた。
僕にとっては貴重な、家のことを話せる関係。
前川倖成 倖成くん
中学時代は、僕と同じくバレーボール部。
二年間クラスも同じでよく話をした。
僕をまこと呼ぶ。
高校でもバレーボール部に入った。
最初だけは僕を玉木くんと呼んでいた。
中里佳世 佳世ちゃん
小学三年生のときに知り合った。
いつもくだらないことで笑わせてくる愉快な人。
一緒にコスモスを見に行った。
中学二年生の終わり頃から話さなくなった。
浅羽慎二 慎ちゃん
中学一年生のときに同じクラスだった。
やさしい言葉をかけてくれた。
僕はそんな慎ちゃんのやさしさの在り方に、憧れを抱いている。
今井俊 今井くん
僕と似た空気を感じる。
親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。
曜子という人ともめたらしい。
一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。
それからは、距離が開いてしまった。
小林正樹 小林くん
昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。
勉強に打ち込んでおり、部活もしている。
高校一年生のときは室長もしていた。
修学旅行のときから、僕をたまちゃんと呼ぶようになった。
思っていたよりも、ずっと仲良くなれた。
田原友貴 友貴
中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。
部活をやっている。坊主頭。
修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。
おせっかいだが、悪い人間ではない。
森島さん
今井君のことを教えてくれた人。
曜子という人の友人。
友貴と付き合っていたらしい。
冷静な人のようだが、友貴に似ておせっかいな面もある。
伊藤恵 伊藤さん
吹奏楽部。フルートが上手らしい。
わかりやすい感情表現をする。
気さくな人でクラスの中心的存在。
随分と、僕を気遣ってくれていた。
僕の字を褒めてくれた。
何事も一生懸命に取り組むことができる。
江口先生
高校一年生のときの担任。担当科目は国語。
役者めいた話し方をする人。
表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。
気を許せる先生。
中川先生
高校二年生のときの担任。担当科目は国語。
やさしい笑顔が特徴。
いろいろと見抜かれている気がする。
あのやさしい笑顔は、葛藤の末に得たもののように見える。
人にやさしくあれる強さをもっている。
尊敬できる先生。
渥美先生
高校三年生のときの担任。担当科目は数学。
弱さを隠さない人。
だからこそ、信用できる。
人間味あふれる先生。




