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初恋の後悔  作者: お風呂かこ
幕間 過去編
39/68

九節 打ち上げ

 僕は小林君と駅で待ち合わせをして打ち上げ会場に行った。受験が既に終わっている僕たちは、浮きたつ気持ちのままに雑な会話をしながら会場に向かった。

 お店の中に入り、ぞろぞろと奥から詰めていく。

 焼き肉の食べ放題だが、僕は油の少ない肉か肉以外のものばかり食べていた。


「ねえたまちゃん、これ飲んでみて」


 僕はクラスの人に黒い飲み物を渡された。お茶と何かが混ざっているものだろうか。

 飲んでみると少し変わった味がした。人工的な甘さと少しの苦みがある。


「飲めなくはないけど、変な味するね」

「たまちゃん、普通に飲むじゃんすご」


 渡してきた本人が驚いていた。


「これなに入ってるの?」

「お茶全種類と炭酸ジュースだよ」

「そうだったんだ」


 変なものを飲んでしまった。いや飲まされたに近いのか。

 そうして僕は他にもいろいろなものを飲まされながら、くだらない話をして盛り上がっていた。


「玉木くんってやっぱり味音痴なの?」


 伊藤さんが僕の対面の席に来た。


「そうかもね、これ食べる?」


 僕は焼けた肉を伊藤さんに渡そうとしたが、皿がなかった。


「いいよいいよ、もう結構食べたから。玉木くんちゃんと来たんだね」

「行くって言ったし。もう受験終わって暇だから」

「あれ、そういや国公立じゃなかったの?」

「国公立はやめたよ。伊藤さんはもう終わったの?」

「終わったよ、第一志望合格」

「そうなんだ、おめでとう」

「ありがとう」


 僕は伊藤さんに今日のことを聞くことにした。


「なんで今日あんな風に来てって言ったの?」

「あーえっと……二年の文化祭の打ち上げさ、あれ来なかったのって私のせいだよね? それでずっと、申し訳ないことしちゃったなあと思ってたから」


「あの、そんなに気遣わなくていいからね」

「うん、それはわかってるつもり。あとは単純に話したかったからかな。玉木くんとはいろいろあったし」

「そうだね」


 そして軽い会話の後に、伊藤さんは本題であろう話を始めた。


「玉木くんと最初話したとき、フルート褒めてくれたよね。あれ、すごいうれしかったんだ」


 伊藤さんは、恥ずかしそうに笑みを浮かべた。そして少し顔を伏せながらまた話し始めた。


「私あのとき、実は吹奏楽部辞めようかと思ってたんだよ。えっとね、ちゃんと演奏がしたい人と、楽しくできたらそれでいいって人で何となく壁があって。こんなのならもういいかなと思ってたんだよね。勉強もやらなきゃだしさ。

 だけどそんなときに、玉木くんがすごいねって言ってくれて、だから私はもうちょっとがんばろうって思ったんだよ。好きなことを、ちゃんと続けようって思えたんだよ」

「そうだったんだ」


 それは、僕が縛ってしまったということだろうか。


「あ、べつに玉木くんのせいとかじゃないからね。もう玉木くん、ほんと顔に出すぎだから」

「……そんなことはじめて言われた」

「いやけっこうわかりやすいよ」


 僕は伊藤さんに、まったく予想していなかったことを指摘された。


 僕は昔から、何を考えてるのかわからないとばかり言われてきた。だけど伊藤さんはわかりやすいとまで言った。それはつまり、僕も少しは変わることができているということなのかもしれない。

 恥ずかしくなった僕は、話題を伊藤さんの方に戻した。


「えーっとじゃあ、僕が褒めたからあんな風に接してきてたってこと?」

「まあそうだね」

「あんなので?」


 僕は先生から言伝に聞いたことを、単純にすごいと感じただけだ。実際に音なんて聞いていないのに。


「あんなのでって、ひどいなあもう。単純だとは自分でも思うけど、でもうれしかったんだもん。あんな風に、純粋に褒めてくれたの」


 伊藤さんは、少しすねたようにしながらも屈託のない笑顔を浮かべている。そしてその笑顔を崩さないまま、少し顔を傾けて続く言葉を発した。


「自分ががんばっていることを褒められるのは、どんなかたちであれうれしいものなんだよ」


 伊藤さんの裏表のない言葉は、僕に深く刺さった。

 伊藤さんのこのうれしそうな笑顔に込められている努力の跡は、何も頑張ることができなかった僕には、計り知れないほどの大きさなのだろう。

 頑張り続けた伊藤さんは、やはり僕には眩しかった。


 でも、だったらなおさら聞いてみたかった。

 伊藤さんが演奏しているフルートの音。



 その後もしばらくクラスの人たちとひとしきり盛り上がって、打ち上げは終わった。

 店を出てから、またみんなで写真を撮った。

 そして、すぐ隣にいた伊藤さんに、最後の言葉をかける。


「いろいろ気を遣ってくれてありがとう。あと、字を褒めてくれたのは、ほんとうにうれしかった。ありがとう、伊藤さん」

「うん、ばいばい。私もいろいろありがとう、玉木くん」


 伊藤さんは柔らかい笑顔のまま去っていった。


「たまちゃん、もう帰る?」


 上機嫌な小林君が聞いてきた。


「うん」

「じゃあまた駅まで行こうか」


 僕たちは電車を降りてから近くの公園に行って、いろいろな話をした。一年生のときのこと、二年生のときのこと、三年生のときのこと。

 思えば、小林君は唯一の三年間クラスが同じ人だった。どの話をしても、だいたい通じた。

 僕たちは熊東で過ごした三年間を、思い出の中から取り出し合った。


 十時をまわったころに、帰ろうという話になった。


「じゃあね、たまちゃん。また何かあったら連絡するよ、何もなくてもたまには連絡ちょうだい」

「うん、わかった。三年間ありがとう、小林くん」

「こちらこそ、三年間ありがとう」


 僕は、高校からの友だちと、思っていたよりもずっと仲良くなることができた。

 熊東で得たたくさんの思いは、今後もずっと、大切であり続けるだろう。


――――登場人物――――

玉木悠太たまきゆうた 僕

 中学時代はバレーボール部。

 父親と兄との三人暮らし。


永野司ながのつかさ かさ

 小学校からの付き合い。

 僕をまこと呼ぶ。

 京都に住むために勉強をしているらしい。

 人との接し方が似ている。

 小学生のときに転校してきた。

 僕にとっては貴重な、家のことを話せる関係。


前川倖成まえかわこうせい 倖成くん

 中学時代は、僕と同じくバレーボール部。

 二年間クラスも同じでよく話をした。

 僕をまこと呼ぶ。

 高校でもバレーボール部に入った。

 最初だけは僕を玉木くんと呼んでいた。


中里佳世なかさとかよ 佳世ちゃん

 小学三年生のときに知り合った。

 いつもくだらないことで笑わせてくる愉快な人。

 一緒にコスモスを見に行った。

 中学二年生の終わり頃から話さなくなった。


浅羽慎二あさばしんじ 慎ちゃん

 中学一年生のときに同じクラスだった。

 やさしい言葉をかけてくれた。

 僕はそんな慎ちゃんのやさしさの在り方に、憧れを抱いている。


今井俊いまいしゅん 今井くん

 僕と似た空気を感じる。

 親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。

 曜子という人ともめたらしい。

 一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。

 それからは、距離が開いてしまった。


小林正樹こばやしまさき 小林くん

 昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。

 勉強に打ち込んでおり、部活もしている。

 高校一年生のときは室長もしていた。

 修学旅行のときから、僕をたまちゃんと呼ぶようになった。

 思っていたよりも、ずっと仲良くなれた。


田原友貴たはらともき 友貴

 中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。

 部活をやっている。坊主頭。

 修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。

 おせっかいだが、悪い人間ではない。


森島もりしまさん

 今井君のことを教えてくれた人。

 曜子という人の友人。

 友貴と付き合っていたらしい。

 冷静な人のようだが、友貴に似ておせっかいな面もある。


伊藤恵いとうめぐみ 伊藤さん

 吹奏楽部。フルートが上手らしい。

 わかりやすい感情表現をする。

 気さくな人でクラスの中心的存在。

 随分と、僕を気遣ってくれていた。

 僕の字を褒めてくれた。

 何事も一生懸命に取り組むことができる。


江口えぐち先生

 高校一年生のときの担任。担当科目は国語。

 役者めいた話し方をする人。

 表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。

 気を許せる先生。


中川なかがわ先生

 高校二年生のときの担任。担当科目は国語。

 やさしい笑顔が特徴。

 いろいろと見抜かれている気がする。

 あのやさしい笑顔は、葛藤の末に得たもののように見える。

 人にやさしくあれる強さをもっている。

 尊敬できる先生。


渥美あつみ先生

 高校三年生のときの担任。担当科目は数学。

 弱さを隠さない人。

 だからこそ、信用できる。

 人間味あふれる先生。


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