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初恋の後悔  作者: お風呂かこ
幕間 過去編
38/68

八節 卒業式

 僕は熊名東くまなひがし高校を卒業した。

 式を終えて教室に戻ると、クラスの人たちは何人かで集まって写真を撮っていた。

 二人で話しながら教室に戻っていた僕たちにも声がかかる。


「たまちゃん、正樹、一緒に撮ろう」

「アルバムも書いてよ、ここらへんにお願い」


 誰一人泣くことはなく、楽しそうにしていた。

 僕は渡されたアルバムに、

「一年間ありがとう。大学でも楽しくがんばれ。玉木悠太」と書いた。

 するとまた違うところから、よく知った声色で話しかけられた。


「ねえ、玉木くんもなにか書いてよ」


 その声の主は、伊藤さんだった。楽しそうに笑っている。


「なんて書いてほしい?」

「なんでもいいよ」


 そう言われ僕が悩んでいると渥美先生が戻ってきた。

「一旦席に着け」と促される。


「じゃあ書いといてね。えっと、玉木くんのよかったら貸してよ」

「どうぞ」


 伊藤さんは僕からアルバムを受け取り持って行った。

 その後、一人一人に卒業証書が手渡された。

 先生は、最後の一人が席に着いたのを見届けると、一呼吸おいてから話をはじめた。


「俺は、今年からこの学校に来て、いきなり三年生をもつことになって正直すごく嫌だった。でもお前らは、そんなこと構わずなれなれしく接してきてくれた。

 俺はそれに、すごく救われた。受け入れてもらえないという不安は、すぐになくなった。俺は……それが……すごく、うれしかった……ちょっと待ってくれ」


 先生は後ろを向いて、顔に手を当てがった。


「先生泣いてるじゃん」


 クラスの人が先生を茶化した。


「なんでお前ら泣いてないんだ! さっきの式のときも、ずっと他のこと考えて泣かないようにしてたんだぞ。お前らが元気に返事してくれる度に、こっちは泣きそうになってたんだ。お前らも泣け!」


 振り返った先生の言葉に、僕たちは笑った。そうして、笑いが収まりやさしい空気になると、先生はまた話し始めた。


「お前らの中には、志望校に受からなかったやつもいる。まだ受験が終わってないやつもいる。もう終わってるやつもいるけど、まだまだ人生は長いから、これからだから、ここでやったことは、この学校でやったことは、必ずお前らのためになると思うから。

 まだまだお前らは若いから、これからだから、がんばってくれ」


 先生は時折涙を拭いながら話した。周りの何人かは、つられて泣いている人もいた。


「きっとこの先、つらいこともあると思う。どうしようもなくなるときが来ると思う。そのときは、家の人とか友だちとか、大人とか学校の先生とか、誰でもいいから頼れ。

 お前らの見方になってくれる人はきっといるから。だから、何かあったら……いつでもここまで会いに来てくれ……俺はいつでも待ってるから。

 一年間…………ありがとう」


 先生は涙を拭いながら頭を下げた。湧きあがる拍手の中、室長の人が寄せ書きの用紙と花を渡しに立ち上がった。寄せ書きには、クラス全員のメッセージが書かれている。


「渥美先生、ありがとうございました!」


 遠慮がちに受け取った先生は、視線を落として書かれている文言に目を通した。

 そしてすぐにまた僕たちに向き直った。


「お前らこんなに俺を泣かせてどうするつもりだ!」


 僕たちは、相変わらず笑った。

 その後、クラスの全員で写真を撮った。

 そしてこの学校での行事は、すべて終わった。


「書いた?」


 伊藤さんがアルバムを持って歩いてきた。


「書いたよ」


 結局僕はありきたりなことを書いた。

「二年間ありがとう。字を褒めてくれたこと、うれしかったです。玉木悠太」


 伊藤さんとは去年のこともあるので、もう少し書いてもよかったが、すでに空いている場所があまりなかったから短くしておいた。


「ありがとう、じゃあこれ。私も書いたから返すね」

「うん、ありがとう」


 伊藤さんからアルバムを受け取ろうと、つかんだ引いた。だが、伊藤さんはアルバムから手を離さなかった。


「伊藤さん?」


 どこか神妙な面持ちの伊藤さんは、アルバムに視線を落としていた。そしてふいに、僕の目に視線を移して言った。


「打ち上げ、今回は来る?」

「えっと……」


 僕はクラスの打ち上げには一度も参加していなかった。

 一年のときは気まずくていかなかったし、二年でも誘われてはいたが、文化祭の時期だったので気まずくて断った。

 だから、最後くらいは、参加してもいい気がした。どうせ学校も終わって、家に帰ってもやることはない。


 それに、ずっと居心地が良かったこのクラスの打ち上げなら、参加したいとも思った。


「来ないの?」


 伊藤さんはなおもアルバムを手放さないまま、僕を見続けていた。


「行くよ」

「ほんと?」


 伊藤さんの手の力が弱くなった。僕は落ちそうになったアルバムを机の上に置いた。


「うん、焼き肉だったよね? 僕胃もたれするからあまり食べられないけれど、でもみんないるなら行きたい」

「そっか、よかった……じゃあまた後でね。七時に現地集合だよ。場所わかる?」


 伊藤さんは露骨にうれしそうだった。やはりこの人はわかりやすい。


「わかるって、大丈夫」

「じゃあ待ってるからね。ほとんどみんな来るから絶対来てね、遅れないでね」

「うん」


 伊藤さんは小走りで友だちのほうに向かっていった。

 寄せ書きには、

「玉木くん、二年間ありがとう。去年はいろいろあったけれど、でも今となっては玉木くんと話してほんとうによかったと思う。これからもがんばってね。

 伊藤恵」と書いてあった。


「これからもがんばってね」か……。

 ただの定型句だとわかってはいるが、少し引っかかる表現だった。

 僕は、伊藤さんにそう書いてもらえるほど頑張れていたのだろうか。

 その後僕は、先生に挨拶をしようと話しかけた。


「先生、僕のやつ読みました?」

「ああ。ほんとか、これ?」

「本当ですよ。先生が教えてくれたおかげで嫌いな数学もいくぶんかはましでした」

「今さらそんなごますりしなくていいぞ」

「ほんとですって」


 僕と先生は、お互いに顔をほころばせた。涙で目が腫れた先生の笑顔は、やさしかった。


「先生、ありがとうございました」

「ああ、がんばれよ」


 先生はにこやかに笑いながら軽く僕の肩を叩いた。分厚い制服の上から、先生の硬い手の感触が伝わってきた。

 こんなに弱さを隠さずに見せてくる先生は初めてだった。でも、渥美先生はいい人だ。



 廊下に出るとちょうど中川先生がいた。

 先生は僕の姿を見ると、いつものやさしい笑顔で会釈をしてきた。


「おめでとう」

「ありがとうございます」


 僕もそれにならって会釈をした。

 中川先生は僕の言葉を聞くと、笑顔を崩さないまま言葉をつなげた。


「玉木くんには、たくさんのことを教えてもらいました。ありがとうございました」

「そうですか? 僕は教えられてばかりだったように思いますが」


 僕は少し笑みを交えて言った。


「そんなことはないですよ」


 しかし先生は頑なに態度を崩さなかった。


「玉木くん、さようなら。よい人生を」

「はい、ありがとうございます」


 僕は先生に礼をしてから、廊下を進んだ。いつもの楽しそうな先生の姿は、すでに思い出の中だった。


 僕はそのことを少し寂しく思った。



 江口先生にも挨拶をしようと思って、他のクラスをまわったけれど見つからなかった。その途中倖成君に寄せ書きを頼まれた。

「こうせいくんの誕生日会は、僕とかさが飽きるまで何年でもやるから。まこ」と書いた。



 江口先生を探して校舎を歩いていると、友貴がいた。

 女の子と話している。相手はどこか見覚えのある人だった。たしか、一年生のときに一緒だった人だ。

 名前は、森島さんだったはずだ。

 友貴とも少し話したかったが、邪魔をしては悪いと思い僕は踵を返した。


「あ、たまちゃん。ちょっと待って」


 しかし友貴は僕に気付いたようで声をかけてきた。


「じゃあ、また後で。終わったら俺から声かけるな」

「うん、待ってる」


 友貴は森島さんとの会話を切り上げた。森島さんは僕のほうに向かって歩いてきて、そのまま隣を過ぎて行った。


「いいの?」


 僕は友貴に声をかけた。


「また後で会うから」


 友貴は悪びれもなく答えた。友貴と森島さんがそれでいいのなら、僕は構わないけれど。


「さっきのって、森島さんだよね。仲良かったの?」

「あー、うん。まあ……」


 友貴は目を泳がせながら答えた。恥ずかしがっているようにも見えた。


「そういう関係だったの?」

「うん、えっと……付き合ってる」

「へー」


 僕は頷きながら口をゆるめて言った。妙にしおらしい友貴がおもしろかった。


「な、なに?」

「いや、俺とか言っちゃってさ。似合わな」

「もう、それはいいじゃん」


 僕が茶化すと、友貴は照れくさそうに笑った。


「いつから付き合ってたの?」

「……えっと、一年の一学期が終わるころかな」

「そんなに前からだったんだ……友貴もその時期なんだ」

「え? もってなに?」


 友貴は急に前のめりになって、興味を示してきた。


「僕のことじゃないからね。今井くんもそのくらいの時期だったなって思っただけ」


 今井君の名前を出した途端に、友貴の顔が少しかげった。


「今井くんのとき、僕なにもできなかったな……」

「べつに友貴は今井くんとそんなに話す仲でもなかったじゃん」

「そうだけど、たまちゃんだけは周りなんてお構いなしに今井くんと話してて、僕はできなかったから」

「結局僕は今井くんとあまり喋らなくなったけどね」


 友貴は顔を上げて、僕の目に視線を合わせてきた。


「それでもだよ。たまちゃんだけだったからね。平気な顔してたのは。たぶんだけど、今井くんもうれしかったと思うよ」


 それはおそらく違う。僕と今井君の関係はうれしさを尺度にするものではない。

 あれはきっと、同情や傷のなめ合いに近いものだ。


「心残りなの?」


 気にしているようだったので、僕は友貴にそう聞いた。


「まあ、少しね」


 友貴の気分は目に見えて下がっていた。


「ひとつ教えてあげると、今井くんはそんなにもろくないよ。人の可能性を勝手に決めつけるのはよくないんじゃない?」


 今井君は、生きることができる人だ。その方法は、誰かに依存することなのかもしれない。

 だけど、僕のような生きる理由も目標も何もない人間とは違う。


「やっぱりたまちゃんって、独特だけどやさしいよね」

「そう?」


 人のやさしさがわかるのは、それがやさしさだと認識できる人間だけだ。僕のこれが、やさしさなのかは知らないが。


「実は僕さ、こんなにやさしいたまちゃんが、あまりクラスに馴染めてないのとか、気になってたんだよね」

「そんなの友貴には関係ないでしょ」


 それに、僕はもとよりそこまで馴染もうともしていなかった。友貴に無理やり馴染ませられたようなものだ。

 一年のときのクラスマッチでサッカーに誘ってきたことや、修学旅行で急に呼び方を変えたのは、どうやら思い付きでも偶然でもなかったようだ。


「ほんと、おせっかいなやつ」


 僕は自然な笑顔でそう言った。


「そうだね。たまちゃんみたいに、もっとさらっとできたらよかった」


 友貴の表情も、温かくゆるんだ。その表情には、反省と後悔が入り混じっているように見えた。


「でも、感謝はしてるよ。友貴のおかげで、居心地がよくなったのは事実だし」


 二年で僕の壁を薄くしてくれたから、半分くらい同じ人だった三年では、もっと楽にいられた。ほとんど気を張らずにいられた。


「そう思ってもらえるならよかった」


 あまり長いと森島さんに悪いと思ったのでここらで切り上げることにした。


「じゃあね友貴、またどこかで」

「成人式で、でしょ?」


 話すようになったのは高校からなのですっかり忘れていたが、友貴とは中学が同じなのだった。


「じゃあ、また会えるか。ばいばい、友貴。友貴がいた熊東は、なんだかんだ楽しかったよ」

「ありがとう、僕もだよ。またね、たまちゃん。成人式ちゃんと来てよ」


 僕たちは少し恥ずかしいことを言って別れた。

 だが、高校も最後なのだから、これくらいはいいだろう。


 森島さんが僕に今井君のことを教えてきたのは、ずっと引っかかっていた。あのときは結局何がしたいのかわからなかったけれど、やっと納得がいった。

 あれは、友貴からのつながりだったのだ。

 大方、友貴の友人である僕を気遣ってのことだったのだろう。でも、だからといって僕にわざわざ教えるまでしなくてもいいだろうに。

 友貴共々、本当におせっかいな人たちだ。


 お似合いだよ。

 僕はぼんやりと校舎を眺めながら、そう思った。



 僕はやっと、江口先生を見つけた。職員室につながる廊下を歩いていた先生に声をかけた。


「先生、江口先生」


 先生は立ち止まって振り返る。


「あ、玉木くん。卒業おめでとう」

「ありがとうございます」


 少しの沈黙。挨拶はしたかったが、いざ話しかけると特に話すことはなかった。


「お礼を言いに来たんですけど、思ってたよりも言うことないですね」

「一年のときしか授業ももってなかったからね」


 先生は苦笑いを浮かべた。


「でも、先生にはお世話になりました」

「そうかな?」

「先生のおかげでこの三年間は、想像していたよりも楽しかったです」

「僕のおかげではないと思うけれど」

「そんなことはないですよ」


 江口先生と話したことは、僕の高校生活の中の思い出のひとつに過ぎない。

 だけど、僕はその小さな積み重ねで高校生活が楽しかったと思っているのだから、これは嘘ではない。


「そう? まあそれならよかった」

「はい、よかったです」


 またの沈黙。

 だけど、その静寂は僕がすぐに破った。


「先生、ありがとうございました」

「うん、これからもがんばってね」

「はい」


 そうして僕は、お世話になった先生への挨拶を終えた。

 個性的な人ばかりだったけれど、それぞれ違った良さのある、いい先生たちだった。


――――登場人物――――

玉木悠太たまきゆうた 僕

 中学時代はバレーボール部。

 父親と兄との三人暮らし。


永野司ながのつかさ かさ

 小学校からの付き合い。

 僕をまこと呼ぶ。

 京都に住むために勉強をしているらしい。

 人との接し方が似ている。

 小学生のときに転校してきた。

 僕にとっては貴重な、家のことを話せる関係。


前川倖成まえかわこうせい 倖成くん

 中学時代は、僕と同じくバレーボール部。

 二年間クラスも同じでよく話をした。

 僕をまこと呼ぶ。

 高校でもバレーボール部に入った。

 最初だけは僕を玉木くんと呼んでいた。


中里佳世なかさとかよ 佳世ちゃん

 小学三年生のときに知り合った。

 いつもくだらないことで笑わせてくる愉快な人。

 一緒にコスモスを見に行った。

 中学二年生の終わり頃から話さなくなった。


浅羽慎二あさばしんじ 慎ちゃん

 中学一年生のときに同じクラスだった。

 やさしい言葉をかけてくれた。

 僕はそんな慎ちゃんのやさしさの在り方に、憧れを抱いている。


今井俊いまいしゅん 今井くん

 僕と似た空気を感じる。

 親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。

 曜子という人ともめたらしい。

 一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。

 それからは、距離が開いてしまった。


小林正樹こばやしまさき 小林くん

 昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。

 勉強に打ち込んでおり、部活もしている。

 高校一年生のときは室長もしていた。

 修学旅行のときから、僕をたまちゃんと呼ぶようになった。


田原友貴たはらともき 友貴

 中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。

 部活をやっている。坊主頭。

 修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。

 おせっかいだが、悪い人間ではない。


森島もりしまさん

 今井君のことを教えてくれた人。

 曜子という人の友人。

 友貴と付き合っていたらしい。

 冷静な人のようだが、友貴に似ておせっかいな面もある。


伊藤恵いとうめぐみ 伊藤さん

 吹奏楽部。フルートが上手らしい。

 わかりやすい感情表現をする。

 気さくな人でクラスの中心的存在。

 随分と、僕を気遣ってくれていた。

 僕の字を褒めてくれた。

 何事も一生懸命に取り組むことができる。


江口えぐち先生

 高校一年生のときの担任。担当科目は国語。

 役者めいた話し方をする人。

 表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。

 気を許せる先生。


中川なかがわ先生

 高校二年生のときの担任。担当科目は国語。

 やさしい笑顔が特徴。

 いろいろと見抜かれている気がする。

 あのやさしい笑顔は、葛藤の末に得たもののように見える。

 人にやさしくあれる強さをもっている。

 尊敬できる先生。


渥美あつみ先生

 高校三年生のときの担任。担当科目は数学。

 弱さを隠さない人。

 だからこそ、信用できる。

 人間味あふれる先生。

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