四節 文化祭
僕は勉強に集中できないまま、毎日を過ごした。
机には向かうものの、少しするといつも他のことを考えてしまっていた。
三者面談が終わって夏休みが始まっても、僕は勉強をする気にならなかった。だから夏休み中は周りの人に合わせて、学校で課外授業を受けることにした。
数学は倖成君と一緒だったので、他の教科よりは楽しかった。おかげで数学は少しできるようになったが、他はほとんど変わらなかった。
夏の暑さは、受験への焦りと不安を余計に駆き立てるだけだった。
高校最後の文化祭がやってきた。
僕たちのクラスはかき氷の販売をすることになった。氷も機械も先生が用意すると言ったので、特に準備はなかった。クラスの人たちは、勉強の鬱憤もあってか露骨に楽しみにしていた。
最後の文化祭を、僕もできる限り楽しもうと思った。
舞台発表は、隣に座っていた小林君とあれこれいいながら見た。三年目にして初めてちゃんと見た舞台発表は、頑張っている人も多くて思っていたより楽しかった。劇での演技も、楽器の演奏も、踊りや歌も、たくさん練習したのだということがうかがえた。
それを見て僕は、去年の舞台発表をさぼらなければよかったと思った。
もう部活は引退しているだろうけれど、一度くらいは、伊藤さんが演奏するフルートの音を聞いてみたかった。
校内発表の日、先生はすごく性能のいいかき氷機を持ってきた。自治体の人に借りたらしく、氷を入れてボタンを押せばすぐにやわらかいかき氷ができる代物だった。
「ほら玉木も食え」
先生がやけにうれしそうな顔で、動作確認のために作ったかき氷を渡してきた。
「ありがとうございます」
どうにも体調が芳しくなかった僕は、かき氷を喉で味わった。
倖成君と一緒にいろいろ回る予定だったが、僕はそうそうに切り上げて自分の教室に戻った。熱っぽくて、どうにも動き回る気になれない。
僕は椅子に腰掛けたまま、かき氷の係の人を手伝っていた。
「玉木くん、まだやってる?」
廊下に隣接している窓から、江口先生が話しかけてきた。
「江口先生、お久しぶりです。いります? おまけしますよ」
「お久しぶりです。じゃあ、ひとついただこうかな」
「はい」
僕は立ち上がってかき氷機のボタンを押した。なめらかな音とともに、白く柔らかい氷が積まれていく。
「シロップ何がいいですか? れもんいちごめろんブルーハワイ、あとあんみつもありますけど」
全部、渥美先生が用意したものだ。
「うーん、玉木くんのおすすめは?」
江口先生は、積もっていく氷を見て楽しそうに笑っていたので、少しからかうことにした。
「全部掛けですかね。贅沢にいきます?」
「いやそれはちょっと迷惑かかっちゃうから、れもんで」
そういうところはきっちりしている。
「わかりました、どうぞ」
少し多めにかけておいた。
「うん、ありがとう」
先生はかき氷を受け取ると歩いていった。
その後しばらくすると、倖成君が教室まで来てくれた。そのころには渥美先生が用意しすぎた氷をなんとか消費しようと、教室にいる人たちで作って食べていた。喉に熱を感じていた僕は、たくさんのかき氷を食べた。
倖成君は最初遠慮していたが、氷が余っているのを見せると一緒に食べてくれた。
最後の文化祭、あいにく体調はあまり良くなかった。だけど、クラスの人たちや倖成君と、楽しく過ごすことができた。
このクラスは、居心地が良かった。
――――登場人物――――
玉木悠太 僕
中学時代はバレーボール部。
父親と兄との三人暮らし。
永野司 かさ
小学校からの付き合い。
僕をまこと呼ぶ。
京都に住むために勉強をしているらしい。
人との接し方が似ている。
小学生のときに転校してきた。
僕にとっては貴重な、家のことを話せる関係。
前川倖成 倖成くん
中学時代は、僕と同じくバレーボール部。
二年間クラスも同じでよく話をした。
僕をまこと呼ぶ。
高校でもバレーボール部に入った。
最初だけは僕を玉木くんと呼んでいた。
中里佳世 佳世ちゃん
小学三年生のときに知り合った。
いつもくだらないことで笑わせてくる愉快な人。
一緒にコスモスを見に行った。
中学二年生の終わり頃から話さなくなった。
浅羽慎二 慎ちゃん
中学一年生のときに同じクラスだった。
やさしい言葉をかけてくれた。
僕はそんな慎ちゃんのやさしさの在り方に、憧れを抱いている。
今井俊 今井くん
僕と似た空気を感じる。
親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。
曜子という人ともめたらしい。
一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。
それからは、距離が開いてしまった。
小林正樹 小林くん
昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。
勉強に打ち込んでおり、部活もしている。
高校一年生のときは室長もしていた。
修学旅行のときから、僕をたまちゃんと呼ぶようになった。
田原友貴 友貴
中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。
部活をやっている。坊主頭。
修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。
森島さん
今井君のことを教えてくれた人。
冷静な人のようだが、意図はよくわからない。
曜子という人の友人。
伊藤恵 伊藤さん
吹奏楽部。フルートが上手らしい。
わかりやすい感情表現をする。
気さくな人でクラスの中心的存在。
随分と、僕を気遣ってくれていた。
僕の字を褒めてくれた。
何事も一生懸命に取り組むことができる。
江口先生
高校一年生のときの担任。担当科目は国語。
役者めいた話し方をする人。
表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。
中川先生
高校二年生のときの担任。担当科目は国語。
やさしい笑顔が特徴。
いろいろと見抜かれている気がする。
あのやさしい笑顔は、葛藤の末に得たもののように見える。
人にやさしくあれる強さをもっている。
渥美先生
高校三年生のときの担任。担当科目は数学。
弱さを隠さない人。
だからこそ、信用できる。




