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初恋の後悔  作者: お風呂かこ
幕間 過去編
29/68

三節 小学校編 五年生

 五年生になって兄の同級生がいなくなると、平穏な学校生活が帰ってきた。

 しかし逆に、家では親と兄がよく喧嘩をするようになった。日によって方法を変えて、言い争いでは収まらないことも少なくなかった。

 そして僕にもその鬱憤は向けられ、親からは細々としたことで当たられるようになり、兄は僕を目の敵にして攻撃してきた。


 この人たちの気持ち悪さは、怒りの感情が通り過ぎると、いつの間にかいつも通りになっているところにあった。

 そして僕には当然何の釈明もなく、謝罪もなく、気のすむままに暴れて元に戻るその様が、たまらなく不快だった。

 一時の感情に流される醜い人間どもに、僕は心底辟易していた。こんな人間と一緒にいなければ生活できない現実が、嫌で嫌で仕方がなかった。


 家庭という縛りが苦痛に変わるのは、簡単だった。

 一週間に一度か二度の頻度で耳に入る罵声に、僕は精神がすり減らされていった。



 かさとはクラスが同じだったのでまた教室でも話すようになり、たまに遊んだりもしていた。そうしてゆっくりと仲を深めていくと、かさと僕の境遇が少し似ていることを知った。

 それから僕は、かさには少しだけ家での鬱憤を打ち明けるようになった。僕から、かさの家の話を聞くことはしなかったけれど、話の流れでかさが家庭のことについて話すことが少しあった。


 断片的にだけれど、両親の仲が悪く、父とは一緒に住んでいないということを聞いて、僕はかさに親近感を抱いていた。

 かさは僕にとって唯一、家庭への不満を共有できる友だちだった。そうして僕は、かさ以外の人とあまり話さなくなった。

 擦れていた僕のことをよく知っていて、わかってくれるのは、かさだけだった。


 放課後、兄と一緒にいたくなかった僕は、よく近くの川に行った。川のせせらぎを聞きながら、僕はいつも自分のことを考えていた。


 僕は、どうして生まれたのだろう。

 どうして離婚したのだろう。

 僕はどうして生きているのだろう。

 どうして学校に行かないのだろう。

 僕がいなければ、変わっていたのだろうか。


「あれ、なんでこんなところにいるの? というか何してるの?」


 良く知ったその声を聞いて僕は我に返った。 いつの間にか屈んでいた。僕の顔は、あとほんの少しで川面に当たる距離にあった。

 声の主は、いつものように楽しそうな笑みを浮かべている。廊下や階段ですれ違う度に話しかけてくる人の姿が、そこにはあった。


「べつに、魚がいるかと思ってみてただけ」

「にしてはやけに近かった気もするけど?」


 佳世ちゃんは笑みを崩さないまま、首をかしげる。


「じゃあ、僕こっちだから」

「じゃあ、私もこっち」


 立ち去ろうとした僕を、佳世ちゃんは追ってきた。


「違うでしょ」

「私がどこに行くか知ってるの?」

「知らないけど」

「じゃあ、こっちだね」


 佳世ちゃんは歩いている僕の隣に来た。

 佳世ちゃんの声を聞いていると、少し心が落ち着いた。家では決して聞くことのできない、心が安らぐ声だった。


「ねえ、ひまなの?」

「今帰ってるからひまじゃない」

「ふーん、そっか」


 佳世ちゃんは立ち止まり、視界からいなくなった。帰ったのだろうか、そう思い振り返ると佳世ちゃんは立ち止まったままだった。

 僕が振り返ったことに気付くと、佳世ちゃんは恥ずかしそうに少し顔を伏せて笑った。


「じゃあさ、今からお花でも見に行く? いいところあるんだけど」


 花に興味はなかったけれど、家に帰るよりは何倍もいいと思った。


「遠い?」


 僕が尋ねると、佳世ちゃんは目を見開いてうれしそうに駆け寄ってきた。


「全然遠くないよ! こっち」


 そう言って佳世ちゃんは僕の手を引いた。

 佳世ちゃんが僕の家庭の事情を知っているのかは知らない。もしかしたら、噂などで聞いていて知っているのかもしれない。

 だけど、知っていたとしても知らなかったとしても、こうしていつもと変わらない振舞いをしてくれるのは、僕にとってありがたいことだった。



 少しの間一緒に歩き、僕たちは近くの花畑まで来た。色鮮やかなコスモスが風に揺られている。


「ね、きれいでしょ」


 その女の子らしい少し高い声は、僕の張っていた壁をすり抜けて、深くまで語りかけてくる。ゆっくりと発せられる音に、僕は安心しきって答えた。


「うん、きれいだね」


 自慢げな佳世ちゃんを横目に、僕は眼前のコスモス畑を眺めた。その後僕たちは近くに腰を下ろし、時折風に揺られてささやくコスモスを見ていた。


 ふと、佳世ちゃんが口を開く。

「…………ねえ」

「なに?」

「えっと……」


 佳世ちゃんはためらっているようだ。


「どうしたの?」

「…………最近、元気?」


 その短い言葉に込められた意図が理解できないほど、僕は察しの悪い人間ではなかった。


「元気だよ、わりとね」

「ふーん、そうなんだ」


 佳世ちゃんは涼しい顔でそう言った。


 僕は本音を言わなかった。僕たちは、お互いに本音で語らない。それによってふさぎ込んでいた心が開くことはなかったけれど、少しだけ救われたような気がした。

 僕のことを気にかけて心配してくれる人がいるという事実が、たまらなくうれしかった。



 それから僕はいつものように戻った。かさ以外の友だちともまた遊ぶようになり、楽しい日常が戻ってくると思った。

 だけど、僕は楽しみ方がわからなくなっていた。

 みんなと遊んでいても、うまく笑えなくなった。


 そして僕はさらに擦れていった。するといつしか自分の隠していた本性が現れたかのように、僕は人に当たるようになった。今まで何とも思わなかったことに、苛立ちを覚えてしまう。

 特に、泣けばどうにかなると思っている人を、憎く感じるようになった。

 じゃんけんで負けて鬼になっただけで泣き始めた人に、「泣けばどうにかなると思うなよ」とひどく冷たい態度を取った。

 周りには鬼を代わってあげようとする人もいたけれど、僕はそれがどうしても許せなかった。



 気に入らないことに、口を出してしまう。もともと友だちが多く影響力も強かったため、僕の言葉は余計に効果があった。

 そのくせ先生の前では優等生のいい子を演じているのだから、質が悪い。決して暴力は振るわないし、目に付くところでは何もしない。僕は形に残らない言葉で、人を攻撃した。

 家でのストレスと、学校でのストレスに板挟みにされて、自分が制御できなかった。


――――登場人物――――

玉木悠太たまきゆうた 僕

 中学時代はバレーボール部。

 父親と兄との三人暮らし。


永野司ながのつかさ かさ

 小学校からの付き合い。

 僕をまこと呼ぶ。

 京都に住むために勉強をしているらしい。

 人との接し方が似ている。

 小学生のときに転校してきた。

 僕にとっては貴重な、家のことを話せる関係。


前川倖成まえかわこうせい 倖成くん

 中学時代は、僕と同じくバレーボール部。

 二年間クラスも同じでよく話をした。

 僕をまこと呼ぶ。

 高校でもバレーボール部に入った。


中里佳世なかさとかよ 佳世ちゃん

 小学三年生のときに知り合った。

 いつもくだらないことで笑わせてくる愉快な人。

 一緒にコスモスを見に行った。


今井俊いまいしゅん 今井くん

 僕と似た空気を感じる。

 親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。

 曜子という人ともめたらしい。

 一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。

 それからは、距離が開いてしまった。


小林正樹こばやしまさき 小林くん

 昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。

 勉強に打ち込んでおり、部活もしている。

 高校一年生のときは室長もしていた。

 修学旅行のときから、僕をたまちゃんと呼ぶようになった。


田原友貴たはらともき 友貴

 中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。

 部活をやっている。坊主頭。

 修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。


森島もりしまさん

 今井君のことを教えてくれた人。

 冷静な人のようだが、意図はよくわからない。

 曜子という人の友人。


伊藤恵いとうめぐみ 伊藤さん

 吹奏楽部。フルートが上手らしい。

 わかりやすい感情表現をする。

 気さくな人でクラスの中心的存在。

 随分と、僕を気遣ってくれていた。

 僕の字を褒めてくれた。

 何事も一生懸命に取り組むことができる。


江口えぐち先生

 高校一年生のときの担任。担当科目は国語。

 役者めいた話し方をする人。

 表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。


中川なかがわ先生

 高校二年生のときの担任。担当科目は国語。

 やさしい笑顔が特徴。

 いろいろと見抜かれている気がする。

 あのやさしい笑顔は、葛藤の末に得たもののように見える。

 人にやさしくあれる強さをもっている。


渥美あつみ先生

 高校三年生のときの担任。担当科目は数学。

 弱さを隠さない人。

 だからこそ、信用できる。


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