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初恋の後悔  作者: お風呂かこ
二章 高校生編 二年生
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八節 修学旅行 前編

 朝から親の車に乗って、集合場所の駅まで来た。

 僕以外に生徒の姿はない。


「ありがとう」

「うん、じゃあ気を付けて」


 仕事の服装をしている父に礼を言い、車を降りた。

 僕は集合時間よりもかなり早い時間に駅に着いた。

 することもなかったので、なんとなく駅近くのコンビニに入ると江口先生がいた。


「おはようございます」

「あれ、玉木くん。はやいね」

「親の都合で、ちょっと早めに来ました」

「そっか、バスもうちょっとしたら来ると思うから、少し待っててね」

「はい」


 僕はコンビニを出てバスを待った。少しすると、先生は甘そうなジュースを買って出てきた。


「甘いの好きなんですか?」

「あー今日までちょっと忙しかったから、甘いの欲しくなっちゃって」

「たいへんそうですね」

「まあ、大事なことだからね」


 改めて先生をよく見ると、少し眠そうに見えた。僕たちにとっては単なるイベントに過ぎないが、先生の立場からするといろいろな気苦労があるようだった。

 そうしていると、バスが続々とロータリーに入ってきた。


「あ、たぶんあれだね。じゃあ僕はちょっとまたやらなきゃいけないことあるから、集合時間になったらクラスのバスに乗ってね」

「はい、わかりました。おつかれさまです」

「あはは、ありがとう」


 先生は少し笑いながらジュースを鞄にしまって、ロータリーのほうに歩いていった。

 しばらく待つとみんなも集まってきたので、僕はバスに乗り込んだ。


 朝の冷ややかな静けさと、湧きたつ期待を乗せたバスに揺られて、僕たちは空港に着いた。

 どうやらかなり余裕をもって移動していたらしく、空港内で三十分ほどトイレ休憩になった。僕は念のため行くことにした。

 トイレから戻ると、いつも静かなクラスのみんなも、今日は少し活発に話をしていた。


「あ、たまちゃーん。おかえり」


 数人で集まっているところから、友貴が僕に声をかけてきた。


「え? たまちゃん」

「たまちゃんって、玉木くんのこと?」

「たまちゃんって呼ばれてるの?」


 周りにいた人たちが、聞きなじみのない言葉に反応する。

 たまちゃんは、昔からある僕のあだ名のひとつだ。あだ名歴でいえば、まこのほうがずっと長いが。

 急にあだ名呼びに変えてきた友貴は、楽しそうに笑っていた。きっと、旅行で浮かれているのだろう。

 だが、友貴に悪気があるわけではないだろうし、その呼び方もべつに嫌ではない。驚いたけれど、特に気にすることでもないだろう。


「うん。まあ、中学まではそう呼ぶ人もいたよ」

「へーそうなんだ」

「ちょっとかわいい」

「たまちゃんかー」


 そんなやり取りをしていると、トイレ休憩は終わった。

 その後僕たちは飛行機に乗り込み、沖縄に向かって飛び立った。



 初めての沖縄は、熱気を帯びており思っていたよりもかなり暑かった。空港に着くなりバスに乗せられ、僕たちは食堂に行った。その後もまたバスで主要地を巡り、小林君たちと話しながら、修学旅行の学びの部分を楽しんだ。


 今朝の友貴のたまちゃん呼びがあってから、クラスの人たちが集合写真を撮るときなど、何かにつけて僕をたまちゃんと呼んでくるようになった。べつに悪い気はしないし、クラスみんなで旅行を楽しもうとしていることはわかっているのだが、こう何度も口に出して言われると、少し恥ずかしい気もした。

 でも、修学旅行が終われば、自然と元に戻るだろう。今はまだ慣れないけれど、そのうちになじむ気もする。

 かくいう僕も、とても楽しんでいた。知らない場所の、初めて見るものを、クラスの人と話ながら見て回るのは楽しかった。浮かれているのは、僕も同じだ。


 小林君たちと話しながら歩いていると、前に伊藤さんの姿があった。クラス単位で動いているのだから、伊藤さんがいるのは当然だ。

 少し気がかりではあったが、伊藤さんはいつものようにクラスの友だちと仲良く話をしていた。

 バスに戻る前、僕は自販機で飲み物を買おうと、小林君たちから離れた。

 自販機の前には、何人かいてその中には伊藤さんもいた。

 僕が自販機の前に来たところで、伊藤さんも僕に気付いた。


「玉木くんも買うの?」

「うん、思ってたより暑くて」

「……そうだね。暑いよね」


 伊藤さんは、わざとらしい笑みを浮かべた。


「じゃあ、私はバスにもどるよ。あ、その右下のお茶おすすめだよ」

「うん、わかった」


 伊藤さんは嘘っぽい笑みを崩さずに、僕の前から去っていった。伊藤さんは、あんなに笑うのが下手ではなかったはずだ。体調が悪い……わけないか。

 どう考えたって僕のせいだ。さっき友だちといたときは、もっと素直に笑っていたのだから。


 僕は伊藤さんに教えられたお茶を買ってからバスに戻った。

 その後もまたバスでしばらく移動して、僕たちはホテルに着いた。夕食を済ませると自由時間になり、慌ただしかった一日も終わりが近くなってきていた。

 班の代表として連絡事項を伝達する係になっていた僕は、食後も部屋に戻らず残っていた。


「今日は一階の広間で写真を撮るため、班の人を呼んできてください」とのことだった。

 他にも鍵の扱いや、消灯時間後は騒ぎすぎないなど、こまごましたことを言われた。

 先生はいつもよりもさらに楽しそうな笑顔をしていた。


 僕は小林君たちを呼んで、広間に行った。クラスのみんなもちゃんと集まっていて、写真撮影は滞りなく終わった。すぐに解散になり、各々移動を始める。

 その帰り道で、売店の方に歩いていく伊藤さんの姿が目に入った。


「小林くん、先お風呂いいよ。僕は売店よってくから」


 僕はすぐ隣にいた小林君に急ぎ気味に話しかけた。


「わかった。風呂あがったらみんなで大富豪しよう」

「うん」


 小林君は部屋に戻っていった。

 僕は、売店の中を歩いた。

 伊藤さんは……いた。

 膝を曲げて下のほうにある商品を見ている。


「ねえ、伊藤さん」

「ん、ああ玉木くん。どうしたの?」

「その、文化祭のときはほんとうにごめん」

「え、なんのこと?」


 伊藤さんは、想像していたよりもはるかに愉快そうな笑みを浮かべた。


「いやだから……」


 僕は少し戸惑いながらも言葉をつなげたが、伊藤さんはそれを遮

った。


「ごめんごめん、冗談だって。というかその節は私のほうこそ悪かったと思ってるから。ごめんね」

「ああいや、伊藤さんはべつに……」

「悪くなくはないでしょ? 少なくとも、玉木くんは嫌だったわけだし」

「まあ、そうだけど」


 伊藤さんはいつになく真剣な表情をしていた。自分に非があったと考えたのだろうか。

 もっと軽い人だと思っていたけれど、案外そうでもないようだ。


「あれ、でもじゃあどうして昨日はあんな風に言ったの?」

「いや、あれはだって教室だったし。今日の自販機のときだって、周りに人いたし。あんなところでこんな話したら、変なうわさ流れちゃうよ? 玉木くんはそういうの嫌そうだなと思ったから」

「それはまあ、そうだけど。そんなことにまで気を遣ってくれてたの?」


「そうだよ、なのにどうして人がいるところで言おうとするかな。自分だけが悪かったみたいな雰囲気出してるしさ、もうほんとに」

「そういうことだったんだ。ごめん」

「まあ、玉木くんが嫌なことしちゃったの私だし、それくらいはいいよ」

「そっか、ありがとう」


 お礼を言った僕は少し笑っていた。やっと、自然な笑顔を向けられた気がする。


「あの、腕をつかまれるのが嫌って言うのは本当で、嫌になったのは正確には小学六年生くらいからかな。そのときまあいろいろあって、そういうのがすごく苦手になったんだよ。だから別に汚いとか、そういうことを思ってるわけではないからね」


 もしかしたら誤解しているかもしれないので、僕は自分のことを説明をしておいた。


「あー……そうなんだ」


 伊藤さんはそう言うと、それ以上踏み込んで来ようとはしなかった。あまり詳しく言いたくなかった僕は安堵する。

 そして僕は、伊藤さんのその気遣いに甘えて話題を変えた。


「あ、伊藤さんが言ってたお茶。あれおいしかったよ」

「え、嘘でしょ? 本気で言ってる?」


 伊藤さんはさっきまでとは打って変わって、ひどく驚いた様子だった。


「薬みたいな味がした気もするけど、それでもおいしかったと……思うんだけど」


 変わった味だったけれど、飲めないわけではなかった。


「すごいね、班のみんなでちょっと味見したけど、大不評だったよ」

「そうなんだ……」


 言われてみれば僕に食べ物の好き嫌いなんてものはない。もともとあまり味に興味がなくて、おいしいとかおいしくないといったものの基準もよくわかっていない。だけど、まずくもなかったように思うけれど。


「あーえっと、そうだ。『絶命するほどの恋』って映画。あれこの前見たよ」


 僕は強引に話題を変えた。


「そうなんだ。おもしろかった?」

「うん、意外と」


 その後僕たちは映画の話や、勉強の話、今日の沖縄の話などをした。


「じゃあ、これからもよろしくね。えーっと玉木くんでいいのかな? たまちゃんに変えたほうがいい?」

「どっちでもいいよ。呼びやすいほうで」

「そっか。じゃあよろしくね。玉木くん」

「こちらこそよろしく、伊藤さん。あと、ありがとう」

「うん」


 伊藤さんはやわらかく笑うと、何も買わずに売店を出て行った。

 僕と伊藤さんは、やっと仲直りができた。きっとこれで、僕たちはお互いに、何の心残りもなく修学旅行を楽しむことができる。


 僕はみんなで食べるお菓子を買おうと思い奥に進むと、向こうから中川先生が歩いてきた。

 すれ違いざま、中川先生は気前良さげにやさしく微笑みながら軽い会釈をしてきた。


 少しいつもの表情とは違う気がした。先生はいつになくうれしそうな様子だった。旅行に浮かれている風でもなかったが、どこか含みのある表情だ。

 もしかして、伊藤さんとのやり取りを見ていたのだろうか。話し込んでいたし、見かけていてもおかしくはないと思う。

 さすがに事情までをも知っているとは思えないけれど、僕の表情から何かしらを見抜いたというのは間違いないように思えた。

 こんなことを思ったのはきっと、自分の表情が明るくなっている自覚があったからだろう。


 かなり遅くなってしまったけれど、ちゃんと話すことができてよかった。



 部屋に戻る途中で倖成君から連絡があったので、一緒に大富豪をすることにした。


「というわけなんだけど、倖成くんもまぜてもらっていいかな?」


 僕は部屋にいたみんなに尋ねた。


「ぜんぜんいいよ。むしろ人数多いほうが楽しいしね」

「おー、たまちゃんやっと帰ってきた」

「なんでもいいからはやくやろ」


 この部屋には班員の他にも何人かが集まっていた。

 そうして久しぶりにやった大富豪は、思っていたよりも楽しかった。何気に、倖成君と大富豪で遊ぶのは、それこそ中学のときの修学旅行以来だった。


――――登場人物――――

玉木悠太たまきゆうた 僕

 中学時代はバレーボール部。

 父親と兄との三人暮らし。


永野司ながのつかさ かさ

 小学校からの付き合い。

 僕をまこと呼ぶ。

 京都に住むために勉強をしているらしい。


前川倖成まえかわこうせい 倖成くん

 中学時代は、僕と同じくバレーボール部。

 二年間クラスも同じでよく話をした。

 僕をまこと呼ぶ。

 高校でもバレーボール部に入った。


今井俊いまいしゅん 今井くん

 僕と似た空気を感じる。

 親戚の家で暮らしており、少しだけ僕と境遇が似ている。

 曜子という人ともめたらしい。

 一年生の文化祭のときに、曜子という人ともめた話を聞いた。

 それからは、距離が開いてしまった。


小林正樹こばやしまさき 小林くん

 昔やっていたゲームの話をした。気が合わないわけではない。

 勉強に打ち込んでおり、部活もしている。

 高校一年生のときは室長もしていた。


田原友貴たはらともき 友貴

 中学は同じだが、話したのは高校受験の日が初めて。

 部活をやっている。坊主頭。

 修学旅行のとき、急に僕のことをたまちゃんと呼んできた。


森島もりしまさん

 今井君のことを教えてくれた人。

 冷静な人のようだが、意図はよくわからない。

 曜子という人の友人。


伊藤恵いとうめぐみ 伊藤さん

 吹奏楽部。フルートが上手らしい。

 わかりやすい感情表現をする。

 気さくな人でクラスの中心的存在。

 随分と、僕を気遣ってくれていた。


江口えぐち先生

 高校一年生のときの担任。担当科目は国語。

 役者めいた話し方をする人。

 表面を繕って核を守る振舞いが、僕に少し似ている。


中川なかがわ先生

 高校二年生のときの担任。担当科目は国語。

 やさしい笑顔が特徴。

 いろいろと見抜かれている気がする。


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