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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第二章 歯車男と火炎姫

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目覚め

途中から三人称になります。ご注意下さい。

 かつて俺がゴレミのなかに入った時、そこに広がっていたのは星空のような世界だった。俺はそれをこの世の何より美しく、それでいて何処か寂しいと感じたことを強く覚えている。


 対して今俺の目の前に広がっているのは、燃えるような赤い世界だ。熟れた果実のように真っ赤な歯車(たいよう)が世界の中央に位置し、そこからは細く茶色い歯車が枝のように伸びている。


 いや、どちらかというと外側から伸びてきた歯車の枝が、中央の巨大な歯車を支えているのだろうか? この不安定な感じが実にローズだと思える。そしてこれを安定させることこそが、今の俺のやるべき事だろう。


(うし、ならまずは直接……熱っ!?)


 まずは一番わかりやすい形……即ち中央の巨大な歯車に直接俺の歯車を噛み合わせて補強しようと考えたのだが、歯を噛み合わせた瞬間、俺のなかに猛烈な熱気が生じ、同時に俺の生みだした歯車が一瞬で燃え尽きる。どうやら俺が思った以上に、ローズの魔力は強烈らしい。


(こりゃ無理だな。なら外側からだ)


 なので俺はあっさり直接補強を諦め、今度は周囲から伸びている枯れ枝のような歯車の方に、俺の歯車を次々と噛み合わせていく。それにより折れそうだった細枝が徐々に太く大きくなっていくが……


(な、崩れた!?)


 ある一定まで太くなったところで、巨大な歯車からくる負荷に耐えられなかったかのように、俺の追加した歯車だけがボロボロと崩れて消えていく。


 なるほど、これが強化率一パーセントの正体か。俺の脆弱な歯車(まりょく)じゃ、追加できる量もそれを維持できる時間も、何もかもが圧倒的に足りない。


(ハッ! 上等!)


 その非情な現実に、だが俺は思い切り破顔する。ああ、そうとも。崩れるなら崩れた側から追加してやればいい。何も一生ローズを強化し続けなきゃいけないわけじゃない。今この一時、俺達が生き延びるために必要な時間分だけ、俺の歯車を保たせればいいのだ。


(やってやる! やってみせる! だからローズ……後は頼んだぜ!)


 声にならない叫びをあげ、俺はただひたすらに歯車を生み出し続ける。そんな俺の頑張りに、中央の巨大な歯車は少しずつその回転速度を上げていった。



――――――――



(これは何とも、不思議な気分じゃな)


 スカートの生地越しにクルトの後頭部を撫でながら、ローズはふとそんなことを考える。


(妾のなかに、妾ではないモノが入っておる。しかもそれが不快ではなく、くすぐったいというか……母というのはこういうものなのじゃろうか?)


 まだ月女神の祝福すら訪れていないのに母親の気持ちを想像するとはと、ローズの口元に小さな笑みが浮かぶ。


 とは言え、決して油断しているわけではない。その穏やかな気持ちとは裏腹に、周囲の状況は刻一刻と悪くなっている。


「ローズ! 貴方どういうつもりなの!? こんな時に、そんな破廉恥なことを……っ!」


「あんなしょぼくれた少年に、ローザリア姫様が汚されるなど……くっ、この足が動けば、今すぐ首をはねてやるものを……っ!」


(ははは、偉い言われようじゃのぅ。というか、妾とて恥ずかしくないわけじゃないのじゃぞ!? むしろ顔から火が出るほど恥ずかしいのを我慢しとるんじゃから、そっとしておいて欲しいのじゃ!)


「フフフ、今頃マスターは、ローズのナカに歯車(アレ)を入れたり出したりしてるはずデス! 早く止めないと、ローズが大人になっちゃうデスよ?」


(ゴレミよ、それはレインボーブックバタフライに向けての挑発なんじゃろうが、姉様方の方が怒り狂っておるぞ? そもそも言い方が……まあゴレミじゃからなぁ)


 命の危機が、すぐそこにある。姉の顔色は青を通り越して白くなっており、おそらくもう数発も魔法を撃てば限界だろう。


 それに、ゴレミの体もかなり赤熱してしまっている。攻撃魔法の火は命中した対象の魔力も一緒に燃やすので、如何に石の体であろうと長時間耐えきれるものではない。ましてやゴーレム素体……つまり魔力で動く体であれば、こちらもまた限界が近いのは間違いない。


 だが、ローズは焦らない。焦ったところでどうにもならないということもあるが……


「大丈夫デスよローズ。マスターはいつだって、やるときはやる男なのデス!」


「ああ、そうじゃな。その通りじゃ」


 そんな限界近い体に火の矢を受けながら笑うゴレミに、ローズは自身もまた微笑んでそう答える。


 出会ってからの時間は、まだまだ短い。互いに明かしていない秘密も幾つもあり、全てを分かち合った莫逆の友などとは、現段階ではとても言えないだろう。


 だが、ローズにとってクルトは、初めて自分を認めてくれた相手だった。攻撃魔法を前に飛ばせぬ無能な魔法士ではなく、誰かと協力することで力を発揮できる者だと言って、自分を仲間に誘ってくれた。


 その言動に深い意味などなかったであろうことを、ローズはちゃんと理解している。お手伝いをやり遂げた子供に「よく頑張った」と頭を撫でるくらいの気楽さで出た言葉であり、クルトとゴレミの二人組に対し、たまたま自分が一人だったからパーティを組むのに都合がよかっただけだとわかっている。


 でも、それでいいのだ。そんな飾り気のない言葉だからこそ、ローズはクルトに救われた。仲間に誘われたことを心から嬉しいと思ったし、今もこうして頼りにされていることを誇りに思える。


(信じるとは、不確かなものを相手に丸投げするということじゃ。そんな恐ろしい言葉、末席とはいえ皇族である妾には軽々に使えぬし、受け入れることもできぬ。何故なら受け入れる側もまた、投げた側と同じだけの責任を背負わねばならぬからじゃ。


 じゃがクルトに『自分達を信じろ』と言われた時、妾はすんなりとそれを受け入れてしまった。それは妾が皇族として腑抜けたせいか? それともクルト達を盲信するほど己に失望していたからか?


 違うのじゃ。妾は信じたのじゃ……妾を変えてくれたこの二人なら、こんな絶望的な状況すらどうにかできると、無邪気に信じてしまったのじゃ。やはり妾は、まだまだ子供なのじゃな)


 役立たずから抜け出そうと、大人になろうと必死に背伸びをしていたローズ。だが己が未熟な子供だと、そしてそれでも誰かと助け合い、共に成長していくとができるのだと悟りを得た時、ローズは己の内にある魔力の動きに、ふと違和感を覚えた。


「む? これは……?」


 重くて粘り着くようだった魔力の流れが、少しだけスムーズになっている気がする。そしてそれは違和感で終わらず、ローズの体に急激な変化が生じていく。


 頭が冴え、視界が広がり、呼吸が楽になり、体が動く。その快適さに思わず目を見開き、さっきまでの自分がどんな風に生きていたのかを忘れてしまう。


「ああ、ああ。そうか。そうなのか……これがオーバード(・・・・・)なのか」


 かつて父の……皇帝の言っていた言葉が、今ならば理解できる。


 ローズは決して、強くなったわけではない。生まれながらの病人が健康になったようなもの……つまり普通になっただけだ。


 だが、その普通こそが原点にして頂点。いつか完成に至るため、魔導の胎より産み落とされし五〇と六の試作品の最後の一つ。ローザリア・スカーレット・オーバードの本来の(かたち)


「ローズ!? 貴方、その髪は……!?」


「髪? 妾の髪がどうかしたのじゃ?」


 不意に聞こえた姉の驚きの声に、ローズは自分の髪をそっと手で掬い上げて見つめる。すると黄金に輝く髪は紅い輝きを纏っており、風もないのに靡きながら周囲に燐光を振りまいている。


「ほぅ? 何とも雅な髪になったものじゃ。どうじゃガーベラ姉様、似合っておるじゃろうか?」


「え、ええ。綺麗だとは思うけど……貴方、ローズよね?」


「無論じゃ! 妾はいつだってローザリア・スカーレットじゃ! じゃから……」


 ローズが右手を大きく振るうと、閃く燐光が瞬く間に凝結し、すぐ側にいたゴレミのみならず、姉やその護衛騎士達までもカバーする赤金の障壁を生み出す。


「妾の大事な仲間を傷つける奴は、絶対に許さないのじゃ!」


 ニヤリと笑って敵を見据えるローズの右目には、クルクルと廻る歯車が浮かび上がっていた。

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