子犬の尻尾
「ざーこざーこ! ざこ魔法ー! その程度じゃゴレミの奥までは響かないデスー!」
相変わらず意味は今ひとつだが、妙に腹の立つゴレミの煽りを受けて、二匹のブックバタフライが火球を放つ。ゴレミはそれをあえて回避せず受け止めるが、倍の数になってもゴレミの石の体をどうにかするにはまだ足りないようだ。
そしてゴレミが引きつけきれなかった三匹目が、まっすぐに俺達の頭上を飛び越え背後から攻撃してくるが……
「ローズ、後ろだ!」
「任せるのじゃ! フレアスクリーン!」
ローズの展開した火の膜が、その火球をあっさりと受け止め無効化する。その間に俺はローズの背後に素早く回り込み、手の中に歯車を出現させた。
「しゃがめ!」
「いいのじゃ!」
「よし! 食らえ、バーニング歯車スプラッシュ!」
投げると同時に回転させた歯車がローズの魔力を巻き込んで飛翔し、命中したブックバタフライが炎に包まれ墜落する。それを確認して残る二匹のうち一匹がこちらにターゲットを変えたが、もはやそんなことに意味はない。
同じ手順を繰り返し、二匹目、そして最後の三匹目を仕留めると、俺は思いきり勝利の雄叫びをあげた。
「ハッハー! どうだ! これが俺達『トライギア』の力だ!」
三身歯車……それが俺の考えたパーティ名だ。一人一人ではただ空回りするだけの歯車だが、互いに噛み合い回し合うことでその力を高め合うという意味を込めた、俺の渾身のネーミングである。
ちなみに、エンブレムは三つの歯車が三角に並んだ感じだ。まあ旗印なんてでかいクランを立ち上げるでもなきゃ使い道はないので考えただけだが、これもまた実に素晴らしいデザインだと自負している。俺の隠れた才能が怖いぜ……
「第二層でも余裕の勝利! やっぱり俺達『トライギア』は最強だな! なあローズ、『トライギア』は最強で最高だろ?」
「あーあー、わかったのじゃ! もう飽きるほど聞いたし、よいネーミングなのは認めるから、流石にそろそろ落ち着くのじゃ!」
「ふふふ、いいじゃないデスかローズ。今のマスターは初めてボール遊びをした子犬みたいでとっても可愛いデス! 千切れそうなほど尻尾を振ってるのが目に浮かぶデス!」
「ふむ? そう言われると確かに……わかったのじゃ。なら存分にはしゃぐがいいぞ、我らがリーダー、クルトよ」
「…………いや、もういいよ」
普通に目の前でそんな会話をされて、俺のなかの浮かれていた気持ちが沈んでいく。まあ、うん。確かにちょっとはしゃぎすぎだったかも知れない。
「あれ? マスター、拗ねちゃったデス? そういうところも可愛いデス!」
「やめろ! つつくな! うっとうしい!」
「ははは、お主達は本当に仲良しじゃのう……にしても、第二層でこれだけ余裕があるなら、もう少し奥まで潜ってもいいかも知れぬな」
ニヤニヤ笑いながら頬をつついてくるゴレミの手を振り払っていると、ローズがそんなことを呟く。
「奥って、第二層の奥ってことじゃなく、第三層以降に潜るってことか?」
「そうじゃ。もう一月ちょっとすると、ここで狩りをするのは難しくなるからの。であれば今のうちに奥で慣れておくのはよいと思うのじゃ」
「え? 何でもうすぐ難しくなるデス?」
ローズの言葉に、ゴレミが首を傾げて問う。するとローズが少しだけ不思議そうな顔をし、だがすぐに納得したように頷いた。
「……ああ、そうか。お主達は外からここに来たばかりじゃったな。この<無限図書館>の第一層と第二層は、一ヶ月で出現する魔物の属性が変化するのじゃ。今は火じゃが、来月は水、次いで風、土で一回転じゃな」
「へー、そうなのか」
確かにブックバタフライは表紙で属性が見分けられると聞いていたのに、赤い表紙で火の玉を飛ばしてくるやつばっかりだったから何故かと思っていたが、まさか月替わりだったとは。
「<無限図書館>に潜るならこれは常識なんじゃが……常識じゃからこそ誰もあえて語らぬ故、お主達のように外部から来る者がそれを知らず……あるいは知っていてもうっかり忘れて魔物の属性が変わり、痛い目をみるというのは往々にしてあることなのじゃ」
「ほーん……一月ちょっとってことは、火と水なら大丈夫ってことか?」
「そうじゃ。火は同属性じゃから、単純に魔力の差で妾の防御は完璧じゃ。水は打ち消し合う形になるため火の時より魔力の消耗が大きくなるが、それでもブックバタフライ程度の魔物ならば誤差の範囲でしかない。
じゃが風になると妾の火の膜の魔法では減衰させることしかできず、幾らかは貫通してくるのじゃ。流石に吹き飛ばされはせぬが、強く押されるくらいの衝撃は受けるの。
そして土に至っては、減衰すらさせられずほぼそのまま直撃してしまう。土の塊が相手では、火の膜ではどうしようもないのじゃ」
「なるほどなあ。ん? じゃあローズは、相性の悪い時期はどうしてたんだ?」
「妾がここに潜り始めたのは三ヶ月くらい前なんじゃが、その時は水じゃったからどうにでもなったのじゃ。それで『これなら一人でもやっていける』と思ったのじゃが、次の風の時期に入ると苦労し始め……まあそれでも転ばされながら頑張っておったんじゃが、土の時期に入ってからは諦めたの。数度試したが、あれは本当にどうしようもなかった」
「諦めたって、じゃあその一ヶ月の間はどうしてたデス?」
「宿に引きこもっておった。おかげでそこそこ余裕のあったはずの路銀が一気に尽きてのぅ。火の時期に入ったところでそれを取り返すために勢い込んでいたのと、手出しできなかった相手を圧倒できる快感で、お主達に出会った時はちょっと気持ちが荒れておったのじゃ。
でなければ妾とて、あのタイミングで自爆覚悟の魔法など使わぬのじゃ」
「おおー、そんな裏設定があったんデスね」
「裏設定って……ま、事情はわかったよ。でもまあ、そういうことなら確かに第三層に行ってみるのも……あれ? でも確か第三層も出るのはブックバタフライだよな?」
事前に調べた情報では、確かここでは第四層までブックバタフライしかでないということだった。首を傾げる俺に、ローズが得意げな顔で説明してくれる。
「そうじゃな。第三層では出てくるブックバタフライの数がまた一匹になるが、一層二層と違ってその属性がランダムになる。つまり時期に関係なく、四属性全てのブックバタフライが出現する可能性があるのじゃ。
で、第四層ではそれが三匹までまとまって出るようになる。数こそここと同じじゃが、相手の属性がランダムかつ不揃いというのは格段に脅威度が高く、そのくせ魔物としては同じじゃから稼ぎはここと同じということで、三層四層はあんまり人気がないのじゃ。
ただブックバタフライには違いないし、おそらくじゃがゴレミならばどの属性の魔法も防げるのじゃろ? であれば致命的に相性の悪い地属性だけは何としてもゴレミに抑えてもらう感じにすれば、妾達なら大きく稼げる可能性があるのじゃ」
「そうか。うーん……」
ローズの提案に、俺はしばし考える。普通に考えれば、俺達はまだ二層に来たばかりなのだから、しばらくはここで戦い続けるのが定石だ。だがローズの話にもあった通り、奥に行っても属性が変わるだけで、出てくる魔物自体は変わらない……つまり俺とローズの新技ならおそらく一撃で倒せるし、ゴレミならば十分に攻撃を防げるという予想も納得出来る。
無論、最低でも来月までは安定して二層で稼げるのだからひとまずはそれを優先するという考え方もあるが……
「よし、ならひとまず第三層に降りてみるか」
何の因果か、下手すりゃ一生縁がないかも知れなかったダンジョンに来てるんだ。崖から飛び降りるような無謀な挑戦をするつもりはねーが、降りられそうな階段を見つけて眺めるだけなんてのは勿体ない。
俺達は全員で顔を見合わせ頷き合うと、そのまま第三層へ向けて歩を進めていった。





