その割引、国内だけなんですよ
「コホン……そろそろ説明を続けたいのですが、構いませんか?」
「あ、はい。すみません」
いつもの感じでゴレミとじゃれてしまっていたが、ここはエーレンティアではなくテクタス、そして目の前にいるのは顔なじみのリエラさんではなく、初対面のノエラさんだ。あまりグダグダするのは失礼ってもんだろう。
「では説明を続けます。ご存じだとは思いますが、世界に七つしかない大ダンジョンは、それぞれが強い個性を持っています。そしてここテクタスにある大ダンジョン<無限図書館>は、魔法系統に特化したダンジョンとなります」
ノエラさんの説明に、俺は大きく頷いてみせる。
ちなみに、俺達が今まで活動していた<底なし穴>は、物理方面に重点を置いたダンジョンだ。出現するほぼ全ての魔物に物理攻撃が効くし、魔法攻撃をしてくる魔物はほとんど出ない。
魔法が使えない奴なんていくらでもいるけど、物理攻撃ができない、防げない奴なんて存在しないし、世にいる探索者の七割くらいは物理攻撃が主体なのだから、七つの大ダンジョンのなかでは最も難易度の低いダンジョンと言える。
俺の場合はエシュトラス王国に生まれたというのもあるが、もし世界中にある大ダンジョンのどれでも一つを選んで潜れると言われても、最初に選ぶのは間違いなく<底なし穴>だっただろう。
だが、これから挑もうと思っている大ダンジョン<無限図書館>は違う。ある程度の概要はちゃんと知っているものの、現地の職員の注意をしっかりと聞くべく真剣な表情を見せると、ノエラさんがメガネをくいっとしてから説明を続けてくれる。
「<無限図書館>においては、第一層に出る最初の魔物から魔法で遠距離攻撃をしてきます。また第五層までいくと、魔法攻撃しか通じない魔物も出始めます。そのため魔剣などの実体のない相手を攻撃できる手段か、あるいは武具に一時的に魔力を付与する<付与魔法>のスキルを持っている仲間がいない場合は、最高でも第四層までの活動に留めることをお勧めします。
また魔剣などがあったとしても、完全な近接攻撃しかできない場合、そもそも魔物を攻撃することそのものが困難な状況が多発するため、何らかの遠距離攻撃手段は必須となります。
以上を踏まえたうえで、お二人が挑まれるのであれば広間にて適切なパーティメンバーを募集することを、賢い私としてはお勧めします。以上、何か質問はありますか?」
「いえ、平気です。ゴレミはどうだ?」
「大丈夫なのデス!」
予想より突っ込んだ話が聞けたので、俺としては何の問題もない。それにゴレミも同意すると、ノエラさんもまた小さく頷いてからメガネをくいっとする。あれ、癖なんだろうか? まあ似合ってるけど。
「そうですか。では今後の活動方針ですが……とりあえず宿の手配が必要でしょうね。こちらで紹介することもできますが、どうしますか?」
「あ、じゃあギルド提携の宿を紹介してもらえますか? 寝てる間に襲われるのは御免なんで」
宿の値段はピンキリだが、安いところは当然安いなりの施設となる。場所によっては寝てる間に荷物を漁られたりすることもあるので、そこはしっかりしておきたい。
そんな俺の要望に、ノエラさんはすぐにカウンターの下から資料を取りだして見せてくる。
「そうなると、この辺ですね。どうぞご覧下さい」
「どうも……うえっ!?」
「どうかされましたか?」
「いや、どうかっていうか……これ、高くないですか?」
見せられた宿のリストには、ここからの大まかな距離と宿のランク、それに一泊当たりの費用が書かれていた。が、一番安い宿でも一泊七〇〇〇クレドになっている。エーレンティアで止まっていた宿は四〇〇〇だったので、倍近い値段だ。
「高いですか? ごく普通の宿泊費だと思いますが」
「いやでも、七〇〇〇って……ここのダンジョンってそんなに稼げるんですか?」
「新人が稼げる額は、<底なし穴>と大差ないですね」
「なら、こんな宿代をどうやって?」
「一年間の新人割引がありますので」
平然とそう言われて、俺は大きく納得する。言われてみれば以前俺が泊まっていた宿も、正規料金だとそのくらいだったのだ。
「あ、そうですよね! へへへ……えっと、じゃあそれの手続きをお願いしたとして、どのくらい安くなるんですかね?」
「? クルトさんは割引の適用外ですが?」
「は!? いやいや、俺が探索者に登録したのって半年前ですよ!?」
思わず声を上げる俺に、ノエラさんが少しだけ呆れたような目を向けてくる。
「はぁ……賢くないクルトさんに、賢い私がお答えしますが、新人割引が適用されるのは登録した国内だけです。これは如何に新人であろうと、国を跨いで活動できるような方に、金銭的な支援は必要ないという方針です」
「…………えっ!?」
「登録する時に、ちゃんとその辺の規約も説明されているはずですが?」
「……………………」
ノエラさんの冷たい視線を前に、俺はアホのように口をパクパクと動かすことしかできない。
言われてみれば、確かにそんなことを説明された気がしないこともないような気がしなくもないような……まあ多分されてるんだろう。だがその当時の俺は、まさか自分がたった半年で他国に活動領域を広げるなんて想像すらしていなかったのだから、聞き流していたんだろう。
つまりは俺が悪いわけだが……このうっかりは割と致命的だ。
「う、あ、えっと…………」
腰の鞄に手を突っ込んで財布の中身を探っても、そこには銀貨が数枚入っているのみ。首から提げて服の下に隠している物入れには三枚ほど金貨が入っているが、生活費が倍掛かるとなると余裕のある数字ではない。
(ぐぁぁ、失敗した! え、これどうすりゃいいんだ!?)
そもそもここに来ること自体、かなり急な決定だった。借金を返し終わったばかりだったのだから、手持ちが乏しいのはやむを得ないところあはる。
だがそれでも、あそこで「行かない」という選択肢はなかった。普通にここまで旅をしようとしたら何十万クレドという金と長い時間が必要だったのだから、多少準備不足だろうと飛びつかない理由がなかったのだ。
とは言え、まさか新人割引が使えないとは思っていなかった。こうなるとここでの活動はその多くが「ここで一年以上活動し、既に安定した稼ぎが得られる状況になった探索者」と同等の費用を求められることになる。まだどれだけ稼げるかわからない状況なので、杞憂に終わる可能性もないわけじゃないが……
「まったく、マスターは仕方ないデスね」
そんなことを考えてこれ以上ないほど顔をしかめている俺に、ふと横からゴレミが声をかけてくる。そのまま短いスカートの中に手を突っ込むと、そこからほのかに温かい小さな袋を取り出して俺に押しつけてきた。
「? 何だよゴレミ……ってこれ、金か!?」
「それはゴレミのとっておきのウホ資金なのデス!」
「う、うほ資金?」
「そうデス! 『ウッと困った時にホッと胸を撫で下ろす余裕を生み出すゴレミがこっそり稼いだ資金』……略してウホ資金なのデス!」
「いや、略称はどうでもいいんだが……どうしたんだよこれ?」
開いた袋の中には、金貨が何枚も入っている。驚く俺に、ゴレミが渾身のドヤ顔を決めながら話を続ける。
「フッフッフ、こんなこともあろうかと、マスターが夜寝ている間に内職をしたのデス! こんなこともあろうかと! こんなこともあろうかと!」
「くっ……人生で一度は言ってみたい台詞を連呼するとは……ゴレミさんはなかなかに賢い方のようですね」
「モチのロンデス! ゴレミは良妻賢母デスからね! これ以上なくインテリジェンスなのデス!」
何故か悔しがるノエラさんに、ゴレミが胸を張って言う。だが俺の方はそれどころではない。
「まさかお前がそんな……っていうか、いいのか? お前が頑張って稼いだ金なんだろ?」
「マスターの為なんだから、いいに決まっているデス! 使わないお金なんて石ころと同じデスからね。
本当は借金返済に充ててもよかったのデスが、マスターの頑張る姿を邪魔したくなかったのデス……怒っちゃったデスか?」
「……ははっ、馬鹿だなゴレミ。んなわけねーだろ」
途端にしょんぼりしてしまったゴレミの頭に、俺はそっと手を乗せて微笑む。
「ありがとな、ゴレミ。助かった」
ゴレミが俺を慮ってくれたというのなら、ここで俺が遠慮するのもまたゴレミの頑張りを否定するようなもんだ。心から感謝の言葉を継げる俺に、ゴレミが極上の笑顔を見せる。
「どう致しましてデス! 夫婦なら助け合うのは当然なのデス!」
「夫婦ではねーけどな」
いつもなら突っ込みがてら軽くひっぱたくところだが……今日だけは苦笑しながら、俺はゴレミの頭を優しく撫で回した。





