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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第一章 歯車男と石娘

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出発前の挨拶回り

 ということで、旅費の調達でまだ半年くらいはかかるだろうと思っていた旅立ちが、流れで五日後に決まってしまった。当然こんなビッグウェーブに乗り損ねるわけにはいかないので、俺は爆速で旅の準備を整え始める。


 と言っても、本来想定していた長旅用の保存食だの野営道具だのが全部必要なくなったので、やることは挨拶回りくらいだ。ずっと世話になっていた宿の人とか、ちょくちょく顔を出していた食堂、ギルド併設の雑貨屋などなど、この半年で世話になった人達に「ちょっと遠出してくる」と告げていく。


 完全にこの町を捨てて出て行くというのなら必要ないのかも知れないが、普通にまたここに戻ってきて<底なし穴(アンダーアビス)>に潜るつもりもあるし、何より世話になった人達に挨拶もしないでいなくなるのは不義理という以前に、俺の方が気持ち悪いからな。


 ということで二日かけて、俺は方々に顔を出して回った。そうして最後に訪れたのは、ヨーギさんの鍛冶屋だ。


「何だいアンタ、たった半年で探索者を辞めちまうのかい?」


「辞めないですよ! ちょっとオーバード方面に行ってくるだけですって!」


 町を出ると報告に来た俺に、ヨーギさんが仕事の手を止めて話を聞いてくれた。テーブルの上には人数分の……それこそゴレミの分までお茶が並べられており、年下の少女にしか見えないのに、その実六〇歳近いヨーギさんが悪戯っぽい笑みを浮かべるヨーギさんに、俺は苦笑しながらそう告げる。


 ちなみに、今回挨拶回りをした全員に対し、俺は同じ言い訳をしている。リエラさんに「転移門を使うのは秘密ですよ」と言われたので、まるきり嘘にはならないが真実全てでもない、ちょうどいい感じの説明はこのくらいだと思ったのだ。


 これなら戻ってくるときに何か手土産を持ってきても不自然じゃないし、またここに戻ってくるのがいつになっても「その程度の距離まで行って戻ってきただけ」と言えるからな。


「マスターはぼっち属性を極めすぎて、ゴレミ以外のお友達ができないのデス。なので新天地でセカンドデビューを目指すのデス!」


「お前はまたそう言うことを! 俺がその気になりゃ、仲間の一人や二人、すぐに……」


「できないから他に行くんデスよね?」


「…………まあな」


「カッカッカ、相変わらず賑やかな子達だねぇ。まあいいんじゃないかい? 確かにここじゃ、アンタ達はちょっと有名になっちまったみたいだしねぇ」


 楽しげに笑ったヨーギさんが、しかし最後は軽く苦笑する。どうやら俺の悪名は、こんなところにまで届いているらしい。


「まあでも、旅立つ前に寄ってくれてよかったよ。こいつが無駄にならなかったしねぇ」


「え、これって……!?」


 ヨーギさんが取り出したのは、何処にでもあるごく普通の鉄剣だ。一見すると数打ちの安物にすら見えるそれに、しかし俺は見覚えがある。


「まさかたったの一日でぶっ壊れたと言われたら、職人としちゃ黙っちゃいられないからねぇ。ちょっと打ち直してみたのさ。ほれ、ちょっと使ってみな」


「あ、はい」


 言われて俺は剣を手に持ち、柄の部分に開いた穴に歯車をはめ込んで気合いを入れる。すると以前よりも若干軽い手応えで、ガシャンと歯車の剣が展開した。


「おおー! マスターの武器が戻ったデス!」


「いやいや、俺のじゃねーだろ! あの、ヨーギさん。スゲー欲しいですけど、俺最近借金を返済し終えたばかりで、これを買うような金は……」


「あー、いいよいいよ。もってきな! どうせ趣味で打ったやつだし、そもそもアンタ以外にゃ使えないんだ。餞別ってことにしとくから、町に戻ったらまた使い心地を聞かせとくれ」


「えぇ? それは流石に……」


「あーもう! 若いのが変な遠慮なんてするんじゃないよ! それとも何かい? 不完全な武器のテストだからって、アタシから調査費用でも取るつもりかい!?」


「ひえっ!? そんなまさか!」


「なら黙って受け取りな」


「は、はぁ……じゃあまあ、遠慮なく」


 何故かめっちゃ凄まれて、俺は剣を貰うことになってしまった。恐縮しまくる俺を見て、ヨーギさんは優しく深い笑みを浮かべる。


「カカカ……前も言ったけど、ここ最近はずっと武具の鍛冶からは離れてたからねぇ。久しぶりに剣を……しかも見たこともない仕組みの魔剣を考えながら打つのは、何だか楽しくてね。


 それにそれを使うのも、アンタ達みたいな若くて元気な、それでいて危なっかしい駆け出しだ。そういうのの世話を焼くのは、年寄りとしちゃ嬉しいもんなんだよ。もしアンタ達が『草原の狼』に入ってるようなガキ共と同じだったら、アタシだって剣なんかやりゃしないよ」


「ははは……」


「オババは『草原の狼』の人達は嫌いなのデス?」


 乾いた笑い声を上げる俺の横で、ゴレミが問う。するとヨーギは機嫌良さそうな笑みを瞬時に歪め、唇の端を吊り上げる。


「ああ、ありゃあ駄目だよ。一人じゃなんにもできないくせに、群れると急に態度がでかくなって他人を見下したり乱暴をしたり……アタシが一番嫌いなタイプだ。若気の至りって言えばそうなんだろうけど、だからって嫌いなもんは嫌いさね。


 だってそうだろう? 悪ぶるにしたって、昔の若いのはもっと気概ってのがあったんだよ! 気に入らない体制相手に真っ向から立ち向かうような――」


 熱の入ったその語りを、俺は剣のお礼もかねてしっかり聞きながら相づちを打つ。そうして一〇分ほどすると、ヨーギさんが満足そうに話を区切り、テーブルの上に置かれたお茶を一口飲んだ。


「ふぅ……まあそういうわけだから、アンタはくだらない男になるんじゃないよ? まあそっちのお嬢ちゃんがいれば大丈夫だろうけどねぇ」


「大丈夫デス! もしマスターが道行く幼女に『今夜は僕とフィーバーしないかい?』とか言い出したら、ちゃんとゴレミが責任持って蹴っ飛ばしておくデス!」


「今のお前のたとえに、俺の要素一個もなかったよな? ヨーギさんにいただいた剣に恥じない生き方ができるよう、頑張ります」


「それでいいさね。忙しいのに長々と引き留めて悪かったね。じゃ、気をつけていっておいで。いい仲間が見つかるのを祈ってるよ」


「ありがとうございます、ヨーギさん。ヨーギさんもお元気で」


「ヨーギのオババ、ありがとうデス! 次はお土産を山ほど持ってくるデス!」


「あいよ。ほら、行った行った!」


 俺とゴレミが揃って頭を下げると、ヨーギさんが少しだけ照れくさそうに笑ってから、追い払うように手を振る。それを受けて鍛冶屋を後にすると、俺は座りっぱなしで固くなった体を青空の下で大きく伸ばした。


「うーん! っと。よし、これで挨拶回りは終わりだな。じゃあ最後は……」


「マスター、遂にヤるデスか?」


「ふふふ、まあな」


 ゴレミの問いに、俺は不適な笑みを浮かべる。そうとも、この日のために、俺はこの三ヶ月ずっと<歯車>のスキルを……俺に不向きなあの能力を鍛えてきたのだ。


 もっとも、不向きなだけあって効果は実に細やかな……それこそ戦闘なんかじゃ使い物にならないものでしかないが、もともと正面からガチでやり合う気などないので、何の問題もない。


「つっても何かあった時に逃げられねーのは問題だから、やるのは出発前日の夜だ。今日のところは宿に帰って、最後の特訓をしとこうぜ」


「了解デス!」


 お世話になった人達への挨拶回りは終わった。故に残るは、お世話になったアイツへのお礼参りだけ。


 待ってろよジャッカル。お前にはたっぷりといい思い(・・・・)をしてもらうぜ。

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