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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
最終章 歯車男と約束の君

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魂の譲渡:ゴレミ

「「『約束の蒼穹(アーバロン)』!」」


 向かい合って手を組みながら俺とゴレミで声を合わせると、俺達の手の中に水滴が二つくっついたような巨大な弓が出現する。俺達の間に入ったローズがそこに手を添えれば、準備は万端だ。


「それじゃマスター、お願いするデス!」


「任せろ。<歯車連結(ギアコネクト)>!」


 その状態で、俺はゴレミの内側に歯車を繋ぎ意識を潜らせる。何の抵抗もなくスルリと入り込んだそこは、蒼く輝く歯車の夜空であった。


「おおー、この景色も久しぶりだな。さて、それじゃ目的のものは……ははっ」


 無限に広く夢幻に輝く歯車の星。そのなかで俺の手が余裕で届く位置に、やたらとピカピカ光る歯車があった。まず間違いなく、あれがゴレミの用意した「オルガに渡す魂」だろう。


 そのあまりの自己主張の強さに、俺は思わず笑みをこぼしながらそれに触れる。すると俺の頭の中に、一つの光景が広がっていった――





「何て言うか、窮屈だな」


 それはおそらく、ノースフィールドの宿でのこと。天井から浮かぶように場を俯瞰する俺の前では、狭いベッドのなかでゴレミに抱きついた俺がそんな愚痴をこぼしていた。すると抱きつかれている方のゴレミが少しだけ呆れた声を出す。


「そりゃ一つのベッドに三人で入ったら、狭いに決まってるのデス」


「そうじゃぞクルト。我が儘を言ってはいかんのじゃ。というか、狭いというならクルトは一人で寝ればいいのじゃ」


「むぅ、そりゃそうなんだが……」


 反対側からゴレミに抱きついているローズの言葉に、俺が微妙な声をあげる。ノースフィールドの夜は寒い。人としての尊厳とか男としての矜持とかは、ほかほかベッドの前ではどうしても霞んでしまうものなのだ。


「ゴレミ的には、このギュウギュウな感じも幸せでいいのデス。広いベッドのうえで自由に手足を伸ばすのも気持ちいいデスけど、こうしてくっついて寝るのもまた別の喜びがあるのデス」


「そうか? 広いベッドなんて寝たことねーから、よくわからん」


「妾はちょっとわかるのじゃ。部屋の隅っことか、何とはなしに落ち着くのじゃ」


「皇女様がそれはどうなんだ……? ふぁぁ……」


 アホな事を話している間にも、俺がアクビをする。もうはっきりとは覚えてねーが、多分ベッドのぬくぬく具合に眠くなってきてるんだろう。そりゃ眠いよな……見てる俺まで眠くなってくるくらいだし。


「明日もダンジョンに行くデスし、もう寝た方がいいデス。それともゴレミが子守歌でも歌うデス? 今なら頭ナデナデもつけるデスよ?」


「それは流石に勘弁してくれ…………」


「妾は……ちょっと撫でて欲しい……のじゃ…………」


 その誘惑はあまりに強烈だったのか、言う間に俺とローズが静かな寝息を立て始める。するとゴレミはそっと俺達の顔を覗き見て……


「……おやすみなさいデス」


 きっとこの世で一番優しい笑みを浮かべて、静かにそう呟いた。





「おぉぅ、これかよ…………」


 フッと目が覚め、俺はゴレミの精神世界に戻ってくる。夢の中で更に夢を見たよな不思議な感覚だが、とりあえず気分は悪くない。ただ……


「なあ、これ本当に持っていっちまっていいのか?」


 これを持っていくということは、この部分の記憶がゴレミから消えるということだ。確かにこれが消えたところで大した影響はないだろうが、これを忘れてしまうのはちょっとだけ寂しい気がする。


 なのでそう問うてみたのだが……その瞬間、夜空に浮かぶ無数の歯車が、これでもかとビカビカ光り始めた。


「あー、わかったわかった! わかったって!」


 言葉などなくても、しっかり伝わる。あれは「幸せな思い出なんて山ほどあるので、一つくらい大丈夫なのデス!」と主張しているのだ。実際ここから俺がどうにかできるわけでもねーし、ならまあひとまずはこれを持っていくとしよう。


「さて、それじゃ……うおっ!?」


 光る歯車に手をかけた瞬間、手のひらサイズだったそれがいきなり俺の身長くらいまででかくなる。


 ヤバい、倒れる!? 潰される!? ぐあっ、重……っ!?


「ぬああああっ!?」


「っ!? ど、どうしたデスか、マスター!?」


「…………あー、いや、何でもない」


 気づくと、俺の意識が自分の体に戻っていた。驚いているゴレミに、俺は絶妙にしょぼくれた表情で返す。


「本当に大丈夫なのじゃ? いきなり叫んだらビックリするのじゃ」


「悪い悪い、本当に平気だって。強いて言うなら、ゴレミの想いが重かったっていうか……」


「クルトよ、それは流石に…………」


「マスターの親父ギャグなのデス! 父ちゃんに変な影響でも受けたデスか?」


「ちげーよ! そういうんじゃねーから! ってか、ゴレミこそ平気なのか?」


 少し離れたところでショックを受けているエフメルさんをそのままに『約束の蒼穹(アーバロン)』の先端に目を向けると、鏃として廻っている歯車の周囲に、小さな光の球が浮かんでいる。


 つまりゴレミの魂から、予定通りその一部が切り離されたということだ。心配して問う俺に、ゴレミは軽く首を傾げてから言う。


「切り離した分の記録(・・)は、もうバックアップサーバーから書き戻したデス。確かにそこだけ自分の経験ではなく、本を読んだみたいな感じになってるデスけど……でもどうってことはないのデス。ゴレミは今もゴレミのままなのデス!」


「そっか。ならよかった」


 ずっとずっと心配だったが、これ以上の妥協点は存在しなかった。それでももしこれでゴレミが大きく変わってしまうようなら、エフメルさんには悪いが切り離した魂を回収し、あとはどうにかしてこの場を逃げだそうか……なんてことも考えたりしてたんだが、この様子なら本当に大丈夫なようだ。


「んじゃ次だな」


「そうデスね。名残惜しいデスけど、ゴレミはこれでお別れなのデス」


 そう言ってゴレミが俺の隣から離れ、代わりにジッタがやってくる。なおお別れと言っても、すぐ側で見てるだけだ。


「よろしくね、クルト。でも、うわー、何か緊張しちゃうな」


 さっきまでゴレミがいた場所に立ち、伸ばしが左手を俺の右手に重ねて一緒に『約束の蒼穹(アーバロン)』を持つジッタが、ソワソワした様子で言う。チラチラとこちらに視線を向けてくるのだが、それが何ともこそばゆい。


「ははは、平気だって。ちょっと心の中に入って、魂を切り取るだけだから」


「いやそれ、相当凄いことだよね!? しかも男の人がボクのなかに入ってくるなんて……そんなの初めてだから、さ」


「お、おぅ…………」


「はわわわわ、マスターが遂にハーレムルートに入ってしまったデス! 姉ちゃんの初めてが、ゴレミの目の前で奪われてしまうデス!」


「ちょっとイリス!? そんな言い方しないでよ!」


「そうだぞゴレミ! 全くお前は、こんな時まですっとぼけたこと言いやがって」


「ぬあーっ! ジッタ姉ちゃんとマスターの息がピッタリなのデス!? これはNTRなのデス! ゴレミの脳が破壊されてしまうのデス!」


「お前脳みそ……いや、今はある、のか?」


「ボクもないから、多分ないと思うよ……それよりほら、そろそろやろうよ」


「おっと、そうだな」


 覚悟があろうと影響が少なかろうと、自分の魂を切り取るなんて行為に不安がないはずがない。俺が視線を向けると、ジッタが小さく頷いてから、右手を自分の胸に当てる。


「使うのは久しぶりだな……いくよイノリ! <心核解放(アン・ロック)>!」


 ジッタの体がパッと光に包まれ、しかし姿は変わらない。アルフィアさんの時と同じく、変わったのはその存在感だけだ。


 だが、その違いこそが魂の有無の違い。今この瞬間、ジッタもまたただの石塊ではなく魂を宿すモノへと再誕したのだ。


「ボクの心、宜しくね」


「任せろ! <歯車連結(ギアコネクト)>!」


 少しだけ寂しげな声で頼まれ、俺はニヤリと笑ってそう告げてからジッタの心の中へと歯車を繋げていった。

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