魂の性質
「今も言ったけれど、『完全な人』を作るのに必要な要素のうち、肉体は簡単に用意できたし、一番の難題であった魂の情報もどうにかなる目処が立った。
となるとあとは最後の問題。エフメルの娘に与える魂を、どこから調達してくるかってことだ」
「不謹慎な話ではあるのじゃが、それこそダンジョンで死んだ者の魂を使うのではないのじゃ?」
若干眉をひそめて言うローズに、しかしエフメルさんは大げさな身振りを交えて否定する。
「まさか! というか、死んだ人間の魂をそのまま誰かに入れられるなら、それこそ死者の蘇生じゃないか。いや、肉体が入れ替わるから転生とかになるのかな? そういうのを研究してる世界もあったけど、上手くはいってなかったね。
そしてその原因は、根本的な魂の性質にある」
「魂の性質……ですか?」
「そう。確かに魂そのものは誰もが同じものだけれど、人として生きているとそこにドンドン情報が書き込まれていく。そして僕達の技術だと、新たに情報を書き込むことはできても、既に書き込まれている情報を消すことはできないんだ。
情報がびっしり書き込まれている魂は、当然それ以上書き込めないから新たな魂としては流用できない。故に最初の想定では、七人分くらいの魂をギュッと寄せ集めてから、比較的綺麗な部分だけを残して残りを切除することで一人のまあまあ綺麗な魂を作る予定だったんだけど……」
「七人分…………まさか!?」
嫌な汗が、俺の背中を伝う。できれば否定して欲しいその予想を、しかしエフメルさんは言葉にしてしまう。
「そう。アルフィア達七人のゴーレム。彼女たちに宿った魂を使って、『完全な人』の魂を作るんだ」
「そんな!?」
思わず大声をあげて、ゴレミの方に顔を向けた。そこではゴレミが何とも申し訳なさそうな顔で俯いている。
「ゴレミ、お前はそれを、知ってたのか?」
「勿論、わかってたデス。ただ正直、こんなに早く条件をクリアできるとは思ってなかったデスけどね」
「それは……じゃあ、俺のせいで…………?」
俺がゴレミを大事に思ったから、ゴレミの「終わり」が近づいた? そんな考えが頭をよぎり……しかしゴレミがそっと俺の手を握ってくる。
「それは絶対に違うのデス。マスターやローズと一緒に過ごす日々でゴレミに魂が生まれたことを、喜ぶことはあっても悲しむことなんてあり得ないのデス!
それは『いつか死ぬから』という理由で赤ちゃんが生まれたのを後悔するのと同じくらいしょぼくれ発想なのデス! マスター達と出会えたことは、今もゴレミの宝物なのデス」
「ゴレミ…………」
「のうエフメル殿。妾達がここに来る前に、ゴレミの全てをそっくり移した新しいゴーレムを報酬として渡すと言われたのじゃが、そんな風に幾つでも数を増やせるなら、それを使っては駄目なのじゃ?」
「あっ!?」
見つめ合う俺とゴレミの横から飛び出したローズの言葉に、俺はハッとしてエフメルさんの方を見た。しかしエフメルさんは軽く目を伏せながらその首を横に振る。
「いや、それじゃ駄目だ。それじゃ駄目な理由を、君達はよくわかっているはずだ。特にクルト君、君はね」
「俺……!?」
「そうとも。そもそもゴーレムに魂なんてものはない。あるのは高度な命令式の書き込まれたゴーレムコアだけだ。
だが人との出会いが、過ごした時が……人の魂と触れ合い、その温もりに触れ続けることで、そこに魂と呼べるナニカが生まれることがある。その現象は、君がよく知っているだろう?」
「……<心核解放>」
呟く俺に、エフメルさんが頷く。
「そうだ。あれこそゴーレムに魂が宿った証。そしてそれは、ゴーレムコアに刻まれた全情報をコピーしても移らない。魂に情報は書き込まれているが、情報は魂ではないからね」
「なら! あんた達はやっぱり、偽物のゴレミを俺達に押しつけるつもりだったのか!?」
憤り、拳でテーブルを叩く。その衝撃でカップが倒れお茶が零れたが、今更そんなものを気にする余裕などない。
「偽物ってことはないさ。少なくとも<心核解放>前のゴレミは、普通にデータをコピペして量産できるゴーレムだったんだ。それを偽物と言うのなら、そもそも本物など存在しないよ。
それに行動記録や人格データは普通にコピーできるものだ。君達からすれば、<心核解放>が使えない以外、元のゴレミとの違いなど何もない。
そして<心核解放>機構も、発現後なら模倣できる。現にアルフィアは、変身前も変身後の姿をしていただろう?」
「っ…………」
様々な感情が俺の中で渦巻いて、逆に言葉が詰まってしまう。それでもただ固く拳を握る俺に、エフメルさんが話を続ける。
「でも僕達にはどうしてもゴレミの魂が必要だった。そしてそのためなら、君達を軽く欺くくらいはする。それに君達なら、新たなゴレミにもう一度魂を宿すことだってできたかも知れないしね」
「勝手なことを……っ!」
「ああ、勝手さ。わかってるとも、そのくらい。だが『目的』のためなら、単なる一冒険者……いや、この世界だと探索者か。それを騙すくらいする。こちらにできる最大限の補償と誠意……そして譲歩がコピーしたゴレミを渡すことだったってだけ。
納得なんてしなくていい。お互いに譲れないものがあって、それが相容れぬものだったってだけのことだ」
「……………………」
俺はまっすぐに、エフメルさんの目を見つめる。ああ、わかっていた。この人は別に悪人じゃない。ゴレミのことだって、きっと大事にしてくれている。ただそれより大事なものがあって、そのためならゴレミを犠牲にできるってだけだ。
だから俺達は、きっと一生相容れない。自分の大事なもののために、誰かの大事なものを踏みにじる。その覚悟を――
「ただ君達のおかげで、どうやらこの子達を犠牲にしなくてすむ方法がありそうだということが判明した。
いやー、助かったよ! そりゃ僕だって、可能ならこの子達を犠牲になんてしたくないからね! うんうん、ビターエンドも悪くないけど、やっぱりハッピーエンドが一番だよね!」
「ア、ハイ。それはまあ、そうっすね」
スッと体から力が抜ける。そういえば俺達がここに来て説明を聞いているのは、そういう理由があったからだった。
いや、別に忘れてたわけじゃねーよ? ちょっと話が長すぎて記憶から抜けてたというか、まあ、その……あれだ。そんな日もあるってことだよ。
「はーっ、やっと父ちゃ……ハカセの長い話が終わったデス。流石にそろそろ本題に入らないとアクビが出ちゃうデスよ?」
「博士呼び!? え、待ってよイリス。僕の何がそんなに駄目だったんだい!?」
「そんな話は全部終わった後なのデス。それよりさっさと今後のことを話すのデス!」
「終わった後……? は、ははは。そうだね。ああ、本当にその通りだ」
ぷいっとそっぽを向いて言うゴレミに、エフメルさんが表情を崩す。一旦後ろを向いてゴシゴシと両手で顔を擦ると、改めて俺達の方に向き直った。
「それじゃ、具体的な作業とその内容について説明しよう。そのうえで君達二人にも協力を要請したい」
「ええ、いいですよ。ローズはどうだ?」
「妾も勿論いいのじゃ!」
懸念だった彼らの「目的」は、「自分の娘を幸せにしたい」という一人の男のエゴだった。それの是非は部外者の俺達が軽々に語ることじゃねーだろうから置いておくとして、それがゴレミにとっても「やりたいこと」であるのなら、俺達もまた協力することに吝かではない。
加えてその手段も、俺達が協力することでゴレミが犠牲にならずに済むというのであれば尚更だ。というか、手を貸さなかった場合俺達の縁がここで終わり、ゴレミがひっそりと「ただのゴーレム」に戻るだけというのなら、尚更協力しないわけにはいかない。
「まずは魂の移譲について話そう。これは<魂の揺り籠>にある魔導具を使って――」
エフメルさんの説明を真剣に聞き、そしてそれに納得して……俺達は着実に「その日」に向けて準備を進めていった。





