エフメル
「エフメルという男は、ごく普通の人間だった。優秀な学者で技術者ではあったけれど、時代を変える大天才なんて凄いものじゃない。周囲から一目置かれる……よくも悪くもその程度でしかない存在だったんだよ。
で、そんな男が普通に成長し、普通に仕事をして、普通に恋愛し、結婚して子供ができて……そこで最初の悲劇が起きた。彼の妻が事故で死んでしまったんだ」
縦に細長い陶器のカップを手に持ち、登り立つ湯気を見つめながらエフメルさんが語る。自分のことのはずなのにまるで他人事のように喋るのは、自分が本物に作られたゴーレムに過ぎないという考えがあるからだろうか?
そんな深い気持ちなんて、今出会ったばかりの俺に知る由もない。故に俺は黙ってお茶を飲み……そしてエフメルさんが話を続ける。
「事故といっても、大したものじゃない。あー……君達の世界で例えると暴走した馬車にひかれるようなものかな? 誰かの恨みを買ったとか、歪んだ主義思想に巻き込まれたとか、そんなことはまったくないただの事故で……それ故エフメルもまた、悲しみを内に抱えて生きるしかなかった。
それにエフメルには、まだ三歳になったばかりの娘もいた。亡き妻の分まで娘を立派に育て上げ、幸せにする。その誓いがエフメルに悲しみを乗り越えさせ、やがて大事な人が一人欠けてなお、エフメルとその娘は幸せな日々を送るようになったんだけど……そこでまた不幸が起きた。最愛の娘もまた、何てことのない事故で死んでしまったんだ」
「っ……」
「うぅぅ、聞いているだけで辛いのじゃ……」
「ははは、そうだね。とても悲劇的な話だけれど……でも結局、こんなものはありふれている話でしかないんだ。事故なんてそれこそ毎日何処かで起きているもので、それに二度巻き込まれ、その都度最愛の人を失うというのもまあ、随分運が悪かったな……としか言い様のないものだった。
そしてそれが駄目だった。小さなミスや予期せぬ自然現象に不運が重なった末の事故となると、感情をぶつける先がない。誰かが、何かが悪いと糾弾できればそちらに情熱を燃やすこともできただろうけど、ワイヤーの経年劣化が予想以上だったとか、たまたま強風が吹いていたなんて理由じゃ責め立てるには弱すぎる。
なので相乗的に膨れ上がったエフメルの悲しみは、今度もまた内側に籠もるしかなかった。行き場のない悲しみがエフメルに満ちていき、それがエフメルの心にヒビを入れ……その思考が少しずれた。
悲しみを乗り越えて前に進むのでも、悲しみに浸って立ち止まるのでもなく、悲しみそのものを取り除こうとした。具体的には『娘がいないと誓いが果たせないなら、娘がここにいるようにすればいい』という感じになったんだよ」
「いるようにすればって……」
「ひょっとして、死者を蘇生させようとでもしたのじゃ?」
微妙な表情を浮かべた俺の思いを、ローズの問いが補足する。だがそんな俺達に対し、エフメルさんは静かに首を横に振る。
「いや、流石に技術がどれだけ進んでいたとしても、死者の蘇生は不可能だよ。エフメルにもそのくらいはわかっていた。だから代わりを作ろうとしたんだ。死んだ娘と完全に同一な存在を改めて生みだし、その子を幸せにすることができれば、妻との誓いを守ったことになるんじゃないかってね」
「それは…………?」
思わず眉をひそめる俺に、エフメルさんが苦笑する。
「ははは、言いたいことはわかるよ。完全に同じ人間が作れたとしても、やっぱり別人は別人だよね。でも当時のエフメルはそう考えた……考えるしかなかった。そうしなかったらもう心を保てなかったんだ。
その『目的』のために、エフメルは努力した。幸か不幸か多額の賠償金を得たことで生活に困らなくなったため、仕事を辞め、ただひたすら『新しい娘』を取り戻すために研究し続けた。
そしてそれを、周囲の人も許容した。妻と娘を亡くしたエフメルに同情的だったのもあるし、そんなエフメルを諫めるはずの人がもう誰も残っていなかったってのもある。
ということで、エフメルはただ一人、家に籠もってその手段を考えた。考えて考えて考え抜いて……そこで一つ、奇跡が起きた。すり減りヒビ割れ壊れる寸前だったエフメルの意志は、生命維持よりも思考を優先し、脳のリミッターが外れたんだ。
それによりエフメルが得たのは、人を超越した思考力。脳の機能を限界まで活用することで、エフメルは生体スーパーコンピューターとでも言うべき存在になった。
だが、勿論そんな力に代償がないわけじゃない。高速演算で生じた熱が頭蓋の中に閉じこもり、エフメルの脳は生きたまま茹で上げられていく。あっという間に生命としての限界が来て……それを悟ったエフメルは、一つの決断をした。
目的が『娘を幸せにすること』なら、それを実行するのが自分である必要はない。ならば自分もまた代わりを用意し、それに自分の意志を、目的を継がせればいい。
そうして造られたのがこの僕。エフメルの全てを継承し永遠なる者の名を与えられ、エフメルの目的を遂行するまで永遠に努力し続ける存在……世界初の完全自立型ゴーレム、エフメル・エーテリアスってわけさ」
「……………………」
おどけた調子で言うエフメルさんに、しかし俺は何も言わない。当たり前だ、これほどの経験をしてきた人に、上辺だけの慰めの言葉をかけたり、薄っぺらい正義感で批判するなんて烏滸がましいにも程がある。
だから俺は、ただ静かにエフメルさんの話を……生き様を胸に刻んだ。思うところは色々あるが、それでも在るが儘を。
「ふぅ……何とも聞き応えのある話だったのじゃ」
そしてそんな俺の隣では、ローズが軽く息を吐いてお茶を口にする。いつの間にか俺の口も渇いていたので同じようにお茶を飲むと、体の中を心地よい温もりが通り抜けていく。あー、このお茶美味いな。
「なるほど……じゃあエフメルさん達の目的である『完全な人』ってのは、つまりエフメルさんの娘さんと全く同じ人を作るってことなんですか?」
「そうだね。それこそが僕達の求める『完全な人』だ。だがオーバードに出奔した助手君にとっては、完全な人とは『完全無欠の人間』だったみたいでね、方向性の違いで出て行っちゃったんだよ。
今考えると、最初から僕の研究成果を奪って、自分の道を進むつもりだったのかも知れないなぁ。言ってくれれば普通にあげてもよかったんだけど」
「む、そうなのじゃ? 学者や研究者にとって、その成果というのは命と同じくらい大事だと聞いたことがあるのじゃが?」
「人によってはそうだろうけど、僕の場合はあくまでも『完全な人』を作るための過程、手段でしかないからね。むしろ共有することで検証が進むなら、無償で一般公開しちゃいたいくらいだよ。
まあこの世界の技術水準だと文明の発展に大きな影響が出ちゃうからやりたくないし、そうじゃない文明レベルの世界だと倫理的な問題とかが出てくるから、なかなか都合良くはいかないんだけどさ」
「へー……その辺も色々考えてるんですね」
「こう言っては何じゃが、正直もっとこう、『目的のためなら手段は選ばぬ!』という感じだと思っておったのじゃ」
「エフメルにとってもっとも重要なのは『娘の幸せ』だからね。目的のために無差別に世界を蹂躙してまわるなんてことやったら、娘の再誕が果たせたとしても幸せには暮らせないでしょ?
なら多少遠回りしようと、できるだけ平和裏に事を進めた方がいい……そう考えるくらいには理性が残っていたし、実際僕にもそういう感じで暴走しないように何重にもプロテクトがかかってるんだよ」
「知識や経験だけをコピーされた人工知能が、人の心を理解できないせいで人類を家畜の如く管理する世界や、あるいは暴走して目的のためにためらいなく人類を抹殺しようとするとか、よくある設定なのデス!」
「え、エフメルさんのいた世界って、そんな怖いことがよくあるのか!?」
「いやいや、フィクションの話だよ!? そりゃ完全に平和ってわけじゃなかったけど、そもそもそんな高度な思考ができる人工知能なんて僕が初めてだったわけで……ちょっとイリス、そんな誤解を生むようなことを言ったら駄目だよ?」
「大丈夫デス。マスター達ならわかってくれるデス! あと父ちゃん、今はゴレミと呼んで欲しいデス」
「あ、ごめんね。って、そうじゃなくて! 今がっつり勘違いされてたよね?」
「それは解釈違いなのデス。父ちゃん×マスターとマスター×父ちゃんはまったくの別物なのデス」
「よくわからないけど、もの凄く不穏な気配がするよ!?」
「……ははは、あんな重い話の後でも、ゴレミはいつも通りなのじゃな」
「ああ、本当にな」
いつものゴレミの様子に少しだけ心を和ませたりしつつも、まだ俺達とエフメルさんの話し合いは続いていく。





