アルフィア
今回は三人称です。
「さあ、『時忘れの封樹』。眠らせていた過去を、今ここに想起しなさい」
そう言ってアルフィアが手を振ると、杖の先から虹色の水球が次々と出現していく。だがそこに映るのは現世ではない。
それは遙かな過去。まだ妹達が存在せず、目的のためにアルフィアが自らの足で異界を歩いていた頃の光景。あまりにも懐かしいその景色に、アルフィアの心が吸い込まれていく。
――「助かったぜ! サンキュー!」
旅の途中、魔物に襲われていた黒髪の少年を助けると、少年はニカッと笑って頭を下げ……しかしアルフィアの姿を見て大げさに驚く。
「って、女の子のお地蔵様!? 誰かが操作してる……それともこういう種族がいるとか? 石像が動いてるとか、マジファンタジーだぜ……」
「……どうやら大丈夫なようですね。では私はこれで」
「いやいやいやいや、待ってくれ! 俺は廻……葉来間 廻って言うんだけど、あんたは?」
「私はアルフィアと申します」
「アルフィアか……いい名前だな。で、アルフィア。ちょっと頼みがあるんだが」
「命を助けられたうえに、更に頼み事ですか? なかなかに図々しい方ですね」
「うぉぅ、辛辣ぅ! そりゃわかってるけど、俺もスゲー困っててさ。ここがどこだかもわかんねーし、お金とかも持ってねーし……ということで、もうちょっと色々教えて助けてくれ! 頼む!」
顔の前で両手を合わせて言う少年に、アルフィアは少しだけ考え込む。
(情報収集をするというのなら、人間が一緒の方が都合がいいでしょうか? それにこの人物は、実に扱いやすそうですし)
「……わかりました。こちらの質問にも答えていただけるなら、ひとまず近くの町まではご一緒しましょう」
「うぉぉ、やったぜ! いいとも、俺にわかることなら何でも答える! 改めて宜しくな、フィア!」
「……フィア? それは私の名前ですか?」
「ああ、そうだぜ。ほら、あだ名で呼んだ方が仲がいい感じがするだろ?」
「今出会ったばかりの相手を相性で呼ぶのは、些かマナー違反なのでは?」
「また辛辣ぅ! じゃあ、アルフィアさんとかの方がいい、か?」
「…………まあ、フィアでも構いませんが」
「ならフィアで! 俺のことは廻って呼んでくれ」
「マワルですね。了解しました」
最初の印象は、世間知らずでお調子者の、喧しい子供だった。少年の知識は非常に不安定で、子供でも知ってる常識すら知らない反面、専門の研究者ですら知らないような高度な知識を持っていたりもする。
故におそらくはこことは違う世界から流れてきたのではないかと推測したが、アルフィアからするとどうでもよかった。何せ自分もまたこの世界の住人ではないのだから、そういう存在が他にいても不思議ではなかったからだ。
というか、むしろその方が自分の不自然さを隠すのに役立つとすら考えた。故にしばらく一緒に行動を続けていったわけだが……その気持ちは徐々に変わっていく。
――「マワルはいつも人の為に頑張っていますね。もう少し自分のことを考えた方がいいのでは?」
ある日の宿。今日も今日とて村の子供のために金になるわけでもない仕事を引き受けた少年に、アルフィアがそう苦言を呈する。だが当の少年はニカッと笑うと、したり顔でアルフィアに答える。
「チッチッチ、わかってねーなフィアは。いいか? 運ってのは廻るんだ。誰かに親切にしておけば、いつかきっとその親切が自分にも返ってくるんだよ!」
「つまり他者に恩を売ることで心理的な優位を勝ち取り、それを押しつけることで必要な時に相手を利用できるように状況を整えている、と?」
「言い方ぁ! 何だよそれ、それじゃ俺がスゲー悪人みてーじゃん! そうじゃなくて……あー、何て言えば……ほら、助け合い? 困った時はお互い様? とにかくそういうやつだよ! あとは……」
「あとは?」
重ねて問うアルフィアに、少年がはにかんだ笑みを浮かべる。
「いやほら、誰かが幸せそうだと、自分も幸せだろ?」
「……なるほど。マワルは随分と平和で幸せな場所に暮らしていたのですね」
「ははは、そうだな。確かに俺の主張は甘っちょろいんだろうけど……でもいいじゃん。甘っちょろい俺が、甘っちょろい主義で自分にできる範囲の人助けをして、感謝されて喜ぶ。それって別に、普通だろ?」
「まあ、そうですね。自己満足を得るために理想的な活動をしていると考えれば、生物としてごく普通だと言えるでしょう」
「相変わらず表現がかてーな!? フィアももうちょっと笑ったら、今よりもっと魅力的になると思うんだけどなぁ」
「その必要性を感じません。私はあくまで目的達成のために作られたゴーレムですから」
「へんっ! そんな事言ってられるのも今のうちだけだからな? 俺が必ずフィアのことも笑顔にしてやる! 何なら脇腹をくすぐってでも――」
「やってみますか? その場合私は『きゃあ』と悲鳴をあげることで、マワルの存在を社会的に抹殺することになりますが……」
「辛辣ぅ! フィアって俺にだけ当たり強くない?」
「フフッ、そんなことはありませんよ」
いつも誰かのために動き、いつも誰かを笑顔にしていく少年。彼と共にアルフィアは、何年もの間世界中を旅してまわった。様々な出会いと別れを繰り返し、数え切れない程の大冒険を経て、かつての無邪気な少年が、立派な青年へと変わる頃。別れは唐突に……しかし必然に訪れた。
――「……本当に帰っちまうのか?」
「ええ。ここでの情報は十分に得られました。そろそろ戻らなければ創造主様の『目的』に支障が出てしまいます」
「でも!」
ここではない別の世界に……創造主の元に戻る。そう告げたアルフィアに、青年が猛然と食い下がってくる。しかしどれだけ言われようと、アルフィアの決意は変わらない。
「わかってくれとは言いません。ですが私にも、絶対に譲れないものがあるのです。そしてその先に、マワルを連れて行くことはできません。だからここでお別れです。ここが私達の終わりなのです」
「……わかった」
「そうですか。では――」
「ああ。あ、そうだ。最後に抱きしめるくらいはしてもいいよな? 別れの挨拶ってやつ」
「ええ、構いませんよ」
アルフィアと青年が、正面からそっと抱きしめ合う。だがその瞬間、アルフィアの背中越しに青年の力が流れ込む。
「あぐっ!? ま、マワル、何を……っ!?」
「へへへ、遂に不意打ちが決まったな! 俺が一緒に行けねーなら、せめて俺の力は持っていってもらう! これから先もフィアの中で、俺の歯車は廻り続ける。フィアの心を燃料にして、ずっとずっと廻り続ける。
だから忘れんな。どんだけ離れても、どれだけ時間が経っても……俺はずっとフィアと一緒にいる。たとえその場に俺がいなかったとしても、フィアの最後を絶対に『ああ、楽しかった』で終わらせてやる!
だから……頑張れよ」
「…………ええ。マワルもどうか、お元気で」
誰よりも輝く笑顔を浮かべた青年の顔を、アルフィアは決して忘れない。だがこれまでに集めたデータを元に最初の妹が製造されたことでアルフィアが外を出歩くこともなくなり、アルフィアが青年と再会することは二度となかった。
故にその後青年がどうなったかを、アルフィアは知らない。普通に大人となり、誰かと結婚して子供を残して年老いて死んだのか、あるいは冒険者として戦いの果てに朽ちたのか……ただどちらにしても、経過した時間を考えればとっくに生きてはいないだろう。
でも、それでいい。結末に拘る意味などない。何故ならアルフィアの中には、今も青年の残したものが廻っているから。
「軌跡を描いて軌跡を刻み、軌跡を読み解き軌跡へ繋ぐ。時を超え世界を超え、貴方の想いは今もここに」
アルフィアがそっと胸に手を当て、自らの内より歯車を取り出す。古めかしい黄銅の歯車がクルクルと回り始めると、周囲の水球を取り込みその身に歴史を刻んでいく。
過去は未来に、未来は過去に。過ぎ去った時が巻き戻り、今を取り戻すべく廻り続け……やがてくすんだ黄銅は、太陽よりも輝く永劫不朽の真なる金へと変貌した。
「アドミニストレータ権限でコマンドを発動。統括管理用自立可動型ゴーレム・アルフィアの全権限を一時的に封印。
さあ、共にいきましょう……<心核解放>!」
――『アルフィア・ザ・ファースト・メモリアル』、起動。
優しい光に抱きしめられ、頬に熱いナニカが伝った時。アルフィアのなかに、命の歯車が廻り始めた。





