地金の輝き
「あー……あれだ。どうやら万策尽きたようだな! ならゴレミは返してもらうぜ! 行くぞローズ!」
「うむ、わかったのじゃ」
もしも目の前に人型のアルフィアがいたら、そっと近づいて肩を叩いて慰めるくらいのことはしたい心情ではあるものの、それはそれ。どうやらこれ以上は出てこないらしいので、俺はそう啖呵を切ってからローズと共に走り出す。
だが俺達がゴレミの眠るでかい木のような魔導具……多分アルフィア本体……に辿り着くより前に、再び頭上から哀愁の漂う声が響いてくる。
『フ、フフフ……そうです、他者に頼ろうとするのがそもそも間違いだったのです。より効率よく、より完璧に……管理者として指示を出すことに特化し過ぎてしまい、こんな簡単なことに気づかないとは』
「っ!?」
「何か落ちてきたのじゃ!?」
根元まであと少しというところで、不意に上の方の管が蠢き、その隙間から何かが落ちてくる。ガシャンと音を立てて落着したそれが、ギシギシと音を立てて形を変えていき……そうして姿を現したのは氷のような銀髪を腰まで伸ばし、白銀のローブを纏う美しい女性だった。
「ふぅ……この体を動かすのは久しぶりですね」
「あんた、アルフィア……か?」
この流れで別人だったらそれはそれでビックリだが、それでも確認というのは大事だ。油断なく剣の柄に手をかけながら問う俺に、目の前の女性が凝り固まった手足を伸ばすように動かしてから言う。
「ええ、そうです。不甲斐ない妹達に変わって、今度は私自身がお相手しましょう」
「ふむ? あまり強そうには見えぬというか、戦いに向いた格好ではないような気がするのじゃが?」
「それローズが言うのか?」
「ご心配なく。そもそも戦いになどなりませんから」
思わず突っ込む俺を無視して、アルフィアが手のひらを上にして右手を前に突き出す。すると現れたのは、金色の星のような飾りが表紙についた分厚い本だ。
「クリエイター権限でコードをデコンパイルし、コマンドを追加。対象二名に対して発動……『ここは既に<原初の星闇>に非ず』」
「っ!?」
アルフィアが訳のわからないことを口走った瞬間、俺の体から一気に力が抜けていく。そしてそれは俺だけでなく、ローズも同じだったようだ。
「な、何じゃ!? 急に力が……あ、ヤバいのじゃ。魔法が暴走して……ぬひゃっ!?」
プシュン!
慌てるローズの体から、空気が抜けたような音がする。するとローズがガックリとその場に膝を突き、俺は慌ててローズを背中に庇いながら声をかけた。
「おいローズ、どうした? 大丈夫か?」
「わ、わからぬのじゃ……ただ、もの凄く体がだるいのじゃ……」
「おい、俺達に何をした!?」
懸念されるのは超強力なデバフの魔法。立っているのもやっとの状態で睨む俺に、しかしアルフィアは薄い笑みを浮かべる。
「何をそんなに慌てているのです? 私はただ、貴方達を元に戻しただけですよ?」
「元に……? あっ!」
「そうです。ここは<魂の揺り籠>。全てのダンジョンと繋がってはいますが、<原初の星闇>ではないのです。ならば貴方達の力が失われるのは当然でしょう?」
「……チッ、そういうことか」
「そちらの子は何か魔法を用意していたようですが、能力が元に戻ったことでそれを制御しきれなくなり……ですがそもそもその魔法が使えなくなったことで、魔法を暴発させることすらできなくなったようですね。ある意味では運がよかったと言えるのでは?」
「ぐぬぅ……」
「ということで、形勢は逆転。只今より、戦闘行動を開始します」
出していた本を消すと、アルフィアがこっちに向かって駆けてくる。当然俺はそれを迎撃しようとするわけだが、感覚としてはそれほど速くないはずのアルフィアの動きが一切見えず、反応する体の動きはナメクジより遅い。
「ぐあっ!?」
「……弱いですね。システム的な恩恵を消し去ったとはいえ、もう少し手こずるかと思いましたが」
武器すら持たぬアルフィアの拳を、それでも俺はギリギリのところで剣で受け止めた。しかし俺の体は無様に宙を舞い、そんな俺の様子を見てローズが叫び声をあげる。
「クルト!? させぬのじゃ…………んん?」
右手を突き出し、おそらくはフレアウィップを使おうとしたのだろう。だが魔法は発動せず、首を傾げたローズが自分の手を見て驚きの声をあげる。
「ゆ、指輪がなくなってるのじゃ!?」
「当然です。<原初の星闇>の内部で手に入れた武具や魔導具は、外に持ち出せない仕様ですから」
「い、いや! 大量の魔力を注ぎ込めば、一つならば持ち出せるはずなのじゃ!」
「それは正規のルートを通って外に出た場合です。貴方達はこの場所に、きちんと定められた扉から来たのですか?」
「それは……!? ち、違うのじゃ……」
「つまりそういうことです。分不相応な力を与えられ、それに頼り切っていた己の愚かさを呪いなさい」
「あぐっ!?」
「ローズ!?」
ローズの体が、アルフィアによって蹴り飛ばされる。ぐったりと床に倒れ込むローズにアルフィアが追撃を入れようとするが……それは通さねぇ!
「待ちやがれ……っ!?」
全力で振るった剣を、軽く上げた左腕で止められる。防具を身につけているわけでもねーのに、手に返ってくるのは硬い感触。
「チッ、この手応え……そうか、見た目が人間でもゴレミの姉ちゃんだもんなぁ」
「この体は戦闘向きではありませんが、それでも今の……本来の貴方程度の腕で傷つけられるようなものではありません。いい加減諦めなさい」
「諦めろ? 嫌だね! ぜってー何か突破口があるはずだ! じゃなきゃ最初からこうしなかった理由がねーだろ!」
もし初手で<原初の星闇>で鍛えた能力を無効化されていたら、その時点で俺達の負けだった。なのに今更それをしたのは、アルフィアからしても気軽に使えない、あるいは使いたくない理由があったからだ。
その隙を突ければ、まだ可能性はある。歯を食いしばって力を込める俺に、しかしアルフィアは軽く腕を振るって俺をはねのけると、小さくため息を吐く。
「はぁ……いいですか? 既存のルールを用いて問題に対処することと、問題に対処するためだけに新たなルールを例外として作成するのとでは、天と地ほどの違いがあるのです。
実際今回このような『例外』を作ってしまったことで、今後のダンジョン管理において大なり小なり様々な問題が発生し、その対処に年単位で追われることになるでしょう。
なので私がこれをやりたがらなかったというのは正解です。ですが問題が生じるのは貴方達を撃退した後の話であって、貴方達がどう足掻こうと、この状況を覆すことはできません」
「ハッ! 敵の言葉を真に受けて引き返すくらいなら、そもそもこんなところまで来ちゃいねーよ!」
能力は元に戻っているくせに、今まで体にかけた負荷はそのまま残っているらしい。今にも千切れそうな腕を振るい、俺はひたすらアルフィアを斬りつける。
だが当のアルフィアは、鬱陶しそうに顔を歪めるのみ。軽く手を払うだけで俺の攻撃を受け止め、いなし、無効化してしまう。
(落ち着け。考えろ……ここから逆転するにはどうすればいい?)
ここに来るまでの間で、既に何度も「切り札」と言えるものを使い切ってしまっている。おまけにダンジョン内で鍛えた力すら奪われたとなると、とれる手段はほとんどない。
考えながら手を動かす、足を動かす。能力は失われても、それを得る過程で身につけた技術や知識が残っている。それを総動員して動かない体を無理矢理動かし抵抗する俺に……ふとアルフィアが語りかけてくる。
「…………どうして貴方は、そこまで必死になるのですか?」
「はぁ、はぁ……どうして? そんなの……仲間を助けるのに必死になるのは……それこそ当然だろ…………?」
「仲間、ですか……貴方はイリス、ゴレミが単なる量産型のゴーレムであると理解しているのですよね?」
「してるとも。でもそれがどうした? 数が多けりゃ価値がなくなるか? 簡単に作れたら使い捨てにしてもいいのか? その理屈が通るなら、一番どうでもいいものは俺達人間ってことになるよな」
このダンジョンにある全てのゴーレムより、世界中にいる人間の方が数が多いに決まってる。生産速度は流石にゴーレムの方が早いだろうが、代わりに特別な材料や複雑な工程など必要とせず、男と女がいりゃ一〇ヶ月で人は産まれる。
「もう何度も言ったけどさ。そんなことどうでもいいんだよ。ゴレミは仲間だ。そして仲間が『助けてくれ』って言ったんだ。
それだけでいい。それで十分だ。俺がゴレミを助けるために命を賭ける理由は、それ以上必要ねーんだ」
まっすぐにアルフィアの目を見て、俺は言う。するとアルフィアはふわりと後ろに跳んで、俺達から距離を取った。
「なるほど、そうですか……貴方の考えは理解しました。その在り方に敬意を表し、私もまた全力を尽くしましょう。『時忘れの封樹』、封印解除」
瞬間、背後にあったでかい木が光に包まれて消える。残ったのは今もゴレミが眠っている容器と、それがくっついている小規模な……元と比べれば、ではあるが……魔導装置。
その代わりにアルフィアの手には節くれ立った木の杖が握られており、そこからはベリルさんの『無貌の槍』に勝るとも劣らない力の奔流を感じる。
「さあ、仕切り直し……そしてこれが、最後の勝負です」





