姉妹の絆
「何故こんな……み、見ないでください!」
俺の目の前で、全裸のベリルさんが顔を真っ赤にしながらそう叫ぶ。確かベリルさんもゴーレムのはずなんだが、その体は人間と変わらないというか――
「……はっ!? クルトは見てはいかんのじゃ!」
「イテェ!?」
俺の両頬に手を当てたローズが、そのまま思い切り捻ってきた。グキッという人の首から聞こえてはいけない音が響き、猛烈な激痛が俺を襲う。
「ぐぉぉ……ローズお前、俺を殺す気か!?」
「そんなことより、これは一体どういうことなのじゃ?」
「そんなことって……いやまあ、確かにどういうことなんだ?」
当然ながら、この状況の意味は俺にもわからない。なのでそのまま様子を見ると、わかっているであろう当人達の会話が聞こえてくる。
「アルフィア姉様!? これはどういうことですか!?」
『それはこちらの台詞です。侵入者の迎撃は貴方の役目。なのにどうしてそのような格好をしているのですか?』
「これは……申し訳ありません。侵入者に敗北し、ボディに重大なダメージを負ったため、緊急メンテナンスをしておりました」
『そうですか。では迎撃は……』
「重ねて申し訳ありません。メンテナンスが終わるまでは無理です。どうしてもとなれば、自爆くらいしか……」
『貴方を長期的に稼働不能状態にするのは不利益が大きすぎます。わかりました。では可及的速やかにメンテナンスを終わらせなさい』
「はい。では失礼します、アルフィア姉様」
「……いなくなったのじゃ。クルトよ、もうこっちを見てもいいのじゃ」
「あー、うん」
ローズの許可を得て、俺は漸く正面にむき直す。するとそこには当然ながらベリルさんの姿はなくなっている。
なお、残念だなどという気持ちは微塵もない。人間の首は二度も三度もグキッとやられて大丈夫なようにはできていないのだ。
『……ベリルを退けた程度で調子に乗らないことです。こちらにはまだ手段があります』
「別に退けたわけじゃ……いや、退けてはいるのか?」
さっきの戦闘の結果がまだ続いているのだから、一応間違いではない。だがそんな俺の思考など無視して、アルフィアが新たな戦力を呼び出してくる。
『アドミニストレーター権限でコマンドを発動。異界生物制御用自立可動型ゴーレム・ジッタを強制転移』
「ほえ?」
現れたのは、黒いシャツと赤くて短いズボンみたいなのを履いた一〇歳くらいの女の子。強そうには見えねーが、それでも俺は油断なく武器を構える。
「え、何この状況?」
『ジッタ、侵入者です。対処しなさい』
「アルフィア姉さん? 侵入者って……ああ、この人達? 対処ってことは、ここで『黒の水底』を使っていいってこと?」
『それは許可できません。中心区画での「くらやみのしずく」使用は禁則事項です』
「じゃあ何で呼んだのさ!? ボクは異界生物の制御用ゴーレムだよ!? 戦士から武器と防具を剥ぎ取って全裸で戦えなんて、無理に決まってるじゃないか!
それにそもそも、そういうのはベリル姉さんの仕事でしょ!?」
『ベリルは既に敗北しています……データベースを更新しました』
「はぁ!? なら尚更ボクなんか相手になるわけないじゃないか! いいから帰してよ! 万が一ボクが破損したら、世界中のダンジョンの魔物が大暴走するんだよ!?」
『……そのリスクは許容できません。仕方ありませんね』
「まったくもー!」
ジッタと呼ばれた少女が、頬を膨らませたままその場から消えていく。その様子を黙って見守り……あー、これはどうしたもんだ?
『まだです。アドミニストレーター権限でコマンドを発動。設備構築用自立可動型ゴーレム・エプシルを強制転移』
「うおっと!?」
次いで現れたのは、やたらでかい金属製のハンマーを担いだ一四歳くらいの女の子。ピンク色の髪を頭の上でポンポンみたいに結んでるのが特徴的だ。
「なんやこれ? 強制転移!? 姉さん、どうかしたんか?」
『侵入者です。対処してください』
「ほー、ええで。ならどっかで迎撃用の罠と、防衛用の砦を構築して……」
『いえ、侵入者はそこです』
「……え?」
「あ、どうも」
エプシルと呼ばれた少女がこっちに顔を向けたので、俺は一応挨拶しておく。するとエプシルは大きくため息を吐いてから、正面のでかい木……アルフィアの方を見て口を開いた。
「アホか!? ウチは建設用のゴーレムやで!? 防衛設備を作れっていうならわかるけど、目の前にいる敵を倒せってどういうことやねん!」
『貴方なら腕力もあるでしょう? 杭を打ち付けるように侵入者を打ち据えればいいだけです』
「そんな無茶な……データベース照合……うわ、こいつらベリル姉さんに勝ってるやんけ!? 無理無理無理、本職の戦士に建築屋が勝てるわけないやろ!
大体ここでウチが負けたら、今後のダンジョンのメンテどないするんや!」
『……確かにそのリスクは許容できません。仕方ありませんね』
「常識で考えーや! ほな兄ちゃんに姉ちゃん、またな!」
「あ、はい。どうも」
「またなのじゃ?」
ニカッと笑って手を上げたエプシルの姿が、その場から消える。
『…………まだです。アドミニストレーター権限でコマンドを発動。資材調達用自立可動型ゴーレム・ガルマを強制転移――』
『ガルマちゃんは、ただいま転移圏外にて資材調達にチョー邁進中です! ご用の方はメッセージと、あとガルマちゃんかわいー! ってラブを残していってね! ピー!』
『…………ま、まだです。アドミニストレーター権限でコマンドを発動。情報管理用自立可動型ゴーレム・デーラを強制転移』
俺の中で「いやもうやめとけよ」という言葉が喉元まで出かかっているんだが、それでもアルフィアが若干声を震わせながら命令を口にする。すると今度はちゃんと光の魔法陣が現れ、そこから艶めく栗色の髪をした、スレンダーな大人の女性が姿を現した。
『デーラ、侵入者です。迎撃を――』
「お、何だ? 来るか!?」
アルフィアが何か言う前に、デーラと呼ばれた女性が俺達の……というか俺の方にまっすぐ歩み寄ってくる。大分抜けていた気を引き締め、俺は慌てて剣を構えたが……
バチーン!
「ぐはっ!? な、何だよ!?」
「誰が板きれよ! 私はモデル体型なの!」
「板きれ……あ、ひょっとしてボドミ!?」
「だから誰が板きれだって言ってるのよ!」
バチーン!
「更に痛い!?」
間髪入れずに二発も頬をひっぱたかれ、俺はちょっと涙目になる。だがデーラ……ボドミの気持ちはまだ収まらないようだ。
「いい? 胸なんて所詮は脂肪の塊なの! というか、そもそも私はゴーレムだから、別に大きくしたかったらいつだってできるのよ! それをしないのは私なりの拘りであって、貴方みたいなのに板きれ呼ばわりされる筋合いはないの! わかる? ねえ、ちゃんとわかってる!?」
「は、はい。すみません……本当にその、申し訳なく思っております……」
「うむ、それはクルトが悪いのじゃ。大いに反省するべきなのじゃ」
激しく詰め寄られ、俺は史上最高にしょっぱい顔で口をキュッと結ぶ。すぐ側では味方のはずのローズがボドミの言に頷いており、どうやら俺を助けてはくれないらしい。
『素晴らしい戦闘意欲です。デーラ、そのまま侵入者を殲滅しなさい』
「は? 何言ってるのよ姉さん。私は情報担当よ? 戦闘なんてできるわけないでしょ?」
『ですが――』
「ですがも何もないわよ! そもそも私を呼び出した時点で、他の姉妹は全員負けたか戦わなかったかでしょ? なのに今更私が戦ってどうするのよ?
大体私が負けたらどうするわけ? まさか何かある度にベリル姉さんを伝言係にしてダンジョン中を駆け回らせるとかするの?」
『…………確かに、そのリスクは……許容できません』
「ええ、そうでしょうとも! 姉さんには言うまでもないでしょうけど、私達姉妹はそれぞれに唯一無二の役割があるの。誰か一人欠けたってとんでもない支障があるのに、戦闘役でもない子を戦わせようってのがそもそも間違いなのよ!
ということだから、ほら、さっさと帰して! 仕事が忙しいんだから! それとクルト君、妹のことよろしくね!」
最後にニコッと笑うと、ボドミが手を振って消えていく。俺はじんじんと痛む頬をそのままにそれを見送り……遂に場に静寂が満ちる。
『どうしたことでしょう。妹達が役に立ちません…………』
ぽつりと呟いたアルフィアの言葉に、俺はどうしようもなく「ああ、この人は間違いなくゴレミの姉ちゃんだな」と感じるのだった。





