我が儘の刃
「質問はこれで終わりですか? ではそろそろ地上に戻りなさい。あちらにある色違いの階段を上れば、すぐにダンジョンの外に出られるはずです」
ベリルさんがそう言うと、少し離れたところに青い色をした螺旋階段が出現する。だが俺の足は一歩だってそっちには動かない。
「…………納得いかねぇ。ならゴレミは死ぬために、俺達をここに連れてきたってことなのか?」
「クルト? どうしたのじゃ?」
「違うだろ。そんなことねーはずだ! あんた達の目的なんて関係ねー! 俺は……俺はゴレミを連れ戻す!」
「……貴方は自分が何を言っているのかわかっているのですか? あの子の役目を、願いを、目的を否定して、自分のために無理矢理連れ戻すと?」
「そうだ!」
一瞬の躊躇いもなく、俺はベリルさんの言葉を肯定する。
「ああ、そうだ。これは俺の我が儘だ! 俺にはゴレミが必要で、だからゴレミを連れ戻す! もしも死にてーって言うなら、改めて俺を説得してみせろ!」
人は死ぬ。人は別れる。永遠に一緒なんてのは幻想ですらあり得ない。
だが別れる時を選ぶくらいはできる。そして俺とゴレミの別れは、こんな不意打ちみたいな形では絶対にない!
「妾だってそうなのじゃ! いつか違う道を行くとしても、それは今ではないのじゃ!」
「つまり、我等の邪魔をすると? それは明確な敵対行為ですが?」
「敵対する気はねーけど、倒さなきゃ進めねーってことなら……倒す!」
「もう一つの報酬も変更なのじゃ! 強敵と戦い、倒して先に進むのじゃ!」
「…………いいでしょう。その要求を受理します。第一種権限により武装の封印を解除。これより対象を排除します……来なさい、『無貌の槍』」
虹色の宝箱が消えるのと同時に、ベリルさんの手に以前もチラッと見たことのある槍が出現した。あの時は何も感じられなかったが、今はそこに途轍もない力が込められているのを感じられる。
「ぐっ、おぉぉ…………マジか?」
「凄い力なのじゃ……怖くてチビってしまいそうなのじゃ」
ここに至るまでの探索で、俺達の力はかつてないほどに高まっている。氷河を走る白狼も、山さえ砕く大猿も、天を舞うドラゴンですら屠ってきたというのに、そのどれもが子供のごっこ遊びだったのではないかと思えてしまうくらい、ベリルさんから感じる圧力は強い。
「先手を譲るとは、随分な余裕ですね。薙ぎ払いなさい、『無貌の槍』」
そのせいで動けなかった俺達に対し、ベリルさんが力を解放する。背後に出現した大量の武具が俺達に向かって打ち出され……ああ、これはヤバいな。あのどれか一つがかすっただけでも、きっと致命傷になるだろう。だが――
「防ぐのじゃ! フレアディバイダー!」
ローズの張った炎の結界が、飛来する武器を防ぎきる。空間を焼き尽くすことで断裂させ、絶対不可侵の壁にするこの魔法は、成長したローズをして数秒しか維持できない。だがその代わりにどれほど強力な攻撃であろうとも、この防壁を突破することはできない。
「む……ならば私が直接振るって仕留めましょう。戻りなさい、『無貌の槍』」
自分の攻撃が通じないと悟ったのか、ベリルさんが無数の武器を消し、改めて槍を手にとる。そのまま大地を蹴って残像が残るような速さで突っ込んできたが、目の中に輝く歯車を宿した今の俺なら、今ならその動きが視える!
「止めるっ!」
「なんと、これを受けられるのですか!?」
「まあな! これでも鍛えてるんだよ!」
軽く驚きを見せるベリルさんに、俺は歯をむき出して笑う。全身に仕込んであるのは、かつてジャッカルに仕掛けたそれの完成版。俺の魔力が続く限り常時身体能力を強化し続け、その倍率は一〇倍だ。かつてオヤカタさんに聞いた謎の戦士には届かねーが、それでも十分!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「むっ、これは…………」
雨のように降り注ぐ槍を、嵐のように剣を振るって打ち払う。勝ってはいないが、負けてもいない。完全な拮抗状態。しかしそれこそあり得ないとばかりに、ベリルさんが顔をしかめる。
「おかしいですね。このダンジョンで見つかる武器では、私の『無貌の槍』をここまで受けられるはずがないのですが……」
「残念、こいつはオヤカタさんが俺の為に打ってくれた剣だ! ひょいと拾っただけの武器とは違うんだよ!」
「オヤカタ……? ああ、あのドワーフですか。どうやら私が想像していたより、あの者の腕は優れていたようですね」
「へー、知ってるのか。まあオヤカタさんも特別な立ち位置だしな」
ベリルさんがオヤカタさんを知っていたことにやや驚いたが、知性を取り戻した魔物というオヤカタさんの存在を考えると、これもまた認識されていることの方が自然だ。
「おらおら、まだまだ上げていくぜ!」
「妾だっているのじゃ! 食らえ、フレアヘリックス!」
「むっ、その魔力密度の攻撃は流石に食らえませんね」
更に剣速を速める俺の横から、ローズが炎の渦を発生させる。これはフレアウィップの発展系というか、単にあれをグルグルと渦のように巻いて突き出す魔法だ。
ここまで来てどれだけ成長しても、やっぱりローズの魔法は前に飛ばなかった。だがだからこそ、「飛ばない魔法」の習熟は万全。とぐろを巻く蛇のように迫り来る炎の渦に、ベリルさんが後ろに下がる。その瞬間こそが――好機!
「もらった!」
ベリルさんが下がった瞬間、俺はそのまま前に踏み出す。そうなると普通なら俺が炎の竜巻を食らって燃え尽きるところだが……互いの思考がわかっているローズが腕を引いた瞬間、炎の竜巻もまた後ろに下がる。
その挙動は、普通の飛ばす魔法ならあり得ない。飛ばせない……飛ばさないからこその一発芸みたいな状況にベリルさんが驚愕に目を見開く。
ああ、この一瞬が欲しかった。ベリルさんが反応するより先に、俺の手がベリルさんの腹に触れる。
「<歯車連結>、<強制挿入>!」
「なっ!?」
ベリルさんの体に、強化、無効化、弱体化などなど、意味があるものからないものまで大量の歯車が組み込まれる。そうして無秩序に能力を変化させられたせいで動きの止まったベリルさんに、俺は容赦なく追撃を加える。
「終わりだ! <歯車連結>、<全能力強化>!」
力も速度も何もかも、余すことなく全強化。鍛え上げられた体が悲鳴をあげるほどの出力で、俺は躊躇うことなく剣を振るう。その一刀はベリルさんの腹に当たり……切り裂くことなくその体を吹き飛ばした。
「ガハッ!? き、切れてない…………!?」
「はぁ、はぁ…………そりゃゴレミの姉ちゃんは斬らないですよ。だからって勝ちも譲らないですけど」
「何を甘いことを…………あ、あれ?」
「今の一撃で、俺の<歯車>を打ち込みました。ちょっと触れただけとは違いますから、いくらベリルさんでもそう簡単には動けるようにならないと思いますよ?」
「くっ…………」
息を整えながら言う俺に、ベリルさんが悔しげな表情を浮かべる。だが全力で打ち込んだ歯車は体を狂わせるどころか動かないように噛み合わせているため、俺がスキルを解除するか、自分の体をぶっ壊す勢いで力を込めなければはずれない。
つまり、どっちにしろ詰みってことだ。
「さあ、これで俺の……俺達の勝ちだ。認めてください。そしてお願いします……俺達に、ゴレミを連れ戻す機会をください」
「お願いなのじゃ! 妾の一生の願いなのじゃ!」
剣を収めて頼む俺に、近寄ってきたローズも追従する。そんな俺達を前にしばし無言で考え込んでいたベリルさんが、やがてその口を開いた。
「……………………いいでしょう。パーペチュアルキーにより、ゲートを接続……さあ、行きなさい」
「ありがとうございます。ベリルさん。行くぜ、ローズ」
「ありがとうなのじゃ、ベリル殿。きっとゴレミを取り戻してみせるのじゃ!」
目の前に突如出現した、黒い渦。俺達はベリルさんに感謝の言葉を継げてから、迷うことなくその中に足を踏み入れていった。





