激闘の報酬
「やったデス、マスター! 大勝利なのデス!」
「お、おぅ……」
「? マスター、どうかしたデス?」
「いや、何て言うか、あんまりにもあっさり勝てすぎたっていうか……あ、ひょっとして前のよりこっちの方が弱いのか? 色も黒いし」
強敵に勝った喜びよりも、勝ってしまった意外性の方に気持ちを引きずられて問う俺に、しかしゴレミは苦笑を返してくる。
「確かに色違いは強敵の証デスけど、今回は関係ないのデス。むしろああいう明確な弱点のあるボスは、弱点を突かないかぎり強い方なのデス」
「そうなのか? じゃあ何であんなに……」
「それは勿論、マスターがそれだけ強くなったからなのデス!」
なおも戸惑う俺に、ゴレミがそう断言する。
「元のマスターも十分強くなってるデスけど、加えてこのダンジョンの特性で、今のマスターはあれをあっさり倒せるくらいにまで強くなってるのデス。
そして、こんなのはまだ始まりに過ぎないのデス。これからもっともっと、マスターもローズもずーっと強くなっていくのデス!」
「そう、なのか……?」
「何度も言われておるが、未だに実感がわかぬのじゃ」
「自分達が強くなる分魔物も強くなるデスからね。なので基本的にはやや作業的に雑魚戦をこなせるくらいまで格層で鍛えるのが理想なのデス。
まあ実際には魔物との相性とかもあるデスから、常にそうするのは難しいデス。そういう場合は効率が悪くても少し戻って力を高めるか、あるいは少し無理して進んでから頑張って鍛えるかのどっちかになると思うデス」
「確かに、結局妾は一人ではドグーファイターに勝てなかったのじゃ。あそこで粘って成長せよと言われても困るのじゃ」
「状況に応じて最適を選ぶ、か。当たり前って言えば当たり前だが、それを見極めるのが大変なんだよなぁ」
「そこはクルトの手腕に期待なのじゃ!」
「頼りにしてるのデス!」
「ははは、まあ頑張るよ」
期待と信頼を込めた瞳を向けられては、弱音なんて吐けるはずもない。
「さて、それじゃボスは倒したわけだが……宝箱は何処にあるんだ?」
「そう言えばないのじゃ!? 妾の金箱は何処にあるのじゃ!?」
「二人共何を言ってるデスか?」
キョロキョロと周囲を見回す俺達を前に、ゴレミがそう言って小首を傾げ……同時に周囲の裂け目から再び黒い雫が湧き出し始める。
「ボス戦はまだまだこれからデスよ?」
「「「クァァァァァァァァ!!!」」」
「「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
何体ものオブシダンタートルに囲まれ、俺とローズは揃って悲鳴をあげた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………お、終わった……か…………?」
最初のと合わせて一二体目のオブシダンタートルの首を切り落としたところで、俺は荒い息を吐きながら周囲を睥睨する。疲労の溜まった手足が鉛のように重く、剣を持つ手も若干震えている。
「もう無理なのじゃ。これ以上は無理なのじゃ…………」
そんな俺のすぐ側で、ローズもまた床にへたり込んでいた。周囲から複数対の亀に襲われては、流石に俺とゴレミでもローズを完全に守り切るのは不可能。故に何度も亀に噛まれたり潰されそうになって、ローズもまた必死に走って逃げていたのだ。
「多分終了なのデス。ほら」
そんななか、一人だけ元気なゴレミがそう言って部屋の中央を指差す。するとそこにはいつの間にか、金色に輝く宝箱が出現していた。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ…………やったのか…………」
だが発見の喜びより、ようやく終わったという達成感と安堵感の方が圧倒的に強い。緊張を吐き出すように長く息を吐くと、俺は剣を鞘に収め、ローズの隣に尻を下ろした。
「長かった……キツかった……おいゴレミ、複数出るなら最初にそう言えよ!」
「そう言われても、ボスは必ず複数出るわけじゃないのデス。コアとの接続も切れちゃったデスから、最初からはわからないのデス。
それにあんなに簡単に倒せたなら、複数対出てくるのはお約束なのデス」
「そりゃまあ、そうだろうけど……」
確かに各層で一日かけて自力をあげてきたとはいえ、二桁層へと変わったところで現れた特別な魔物だ。俺達が異常に強くなっていたと考えるくらいなら、数で押してくる前提の敵だったと考える方がよっぽど自然ではある。
「さ、それより早く宝箱を開けるデス! 中身が楽しみなのデス!」
「わかったわかった。今行くからちょっと待ってくれ」
「うぅぅ、妾も行くのじゃ……開けたいのじゃ……!」
はしゃぐゴレミに苦笑しつつ、俺は重い腰をあげる。それからへたれているローズの手を取って起き上がらせると、そのまま全員で宝箱の前までやってきた。
「ちなみにこれは報酬デスから、鍵も罠もないのデス。普通に開けて大丈夫なのデス」
「そりゃいいな。まああんだけの激戦やったあとで『鍵がないので開きません』とか言われたらブチ切れるだろうけど」
「それで一体、中には何が入っておるのじゃ?」
「三人で一緒に開けるデス!」
「んじゃいくぞ……せーのっ!」
三人揃って蓋に手を添えると、俺の声に合わせて力が込められ、金色の宝箱の蓋がゆっくりと開いていく。すると中に入っていたのは、妙にキラキラしてやらたと自己主張の激しい歯車であった。
「歯車?」
「ふぉぉー!? これはゴレミ用のパワーアップパーツなのデス!」
「え、こういう感じなのじゃ? 妾はてっきり武器とか防具とかだと思っておったのじゃが」
興奮するゴレミに、ローズが眉をひそめて微妙な声を出す。確かに俺もそういうのを想像していたんだが……?
「勿論そういうのもあるデスし、あとは腕や足なんかを直接付け替えるものもあるデス。中に縄が入っていてビヨーンと伸びるワイヤーアームとか、ジェットを吹き出して空を飛ぶロケットフットとかがあるデス」
「えぇ? え、それはいつもの戯言じゃなく、マジなやつか?」
「マジなやつデス!」
「このダンジョンだけ自由過ぎるだろ……」
今までそんなもの存在すら確認されていなかったのに、ここに来てゴーレム用のパーツが満載とか意味がわからん。思わず変な顔になる俺に、ゴレミが説明してくれる。
「そこは<原初の星闇>の仕様なのデス。このダンジョンの性質上、宝箱から出るものは開けたパーティが使えるものになっているのデス。じゃないと装備が全然揃わなくて先に進めなくなっちゃうのデス」
「なるほど、それなら確かにゴレミの武具や体が出るのも納得なのじゃ。ということは、ここなら妾が使える魔法の発動媒体などもあるのじゃろうか?」
「勿論出てくると思うデス! そうすればローズでも魔法を前に飛ばせるようになるかも知れないデス」
「なんとっ!? それは楽しみなのじゃ! 今後も宝箱を開けまくるのじゃ!」
「ということでマスター、早速これを使って欲しいデス!」
「お、おぅ。でも使うって、どうやって?」
出てきた歯車は俺の手のひらくらいある。当然だがゴレミの臍の穴には入らない。
「これは概念的なものというか、出力リミッターを解除するためのキーパーツなのデス。だからそれを持った状態でゴレミと繋がってくれればいいデス」
「ほーん? ならまあやってみるか」
俺は宝箱から光る歯車を取りだし、左手に持つ。そして徐にゴレミのスカートを捲り上げると、そのなかに頭を突っ込んだ。
「……あの、マスター? もう昔みたいにそうしなくても、手を繋ぐだけでも大丈夫デスよ?」
「はっ!? いかん、つい癖で……」
「癖でスカートの中に頭を突っ込むのは、人として駄目なのではないのじゃ?」
「し、仕方ねーだろ! ほらゴレミ、手を出せ!」
「マスターが見たいなら、ゴレミのスカートはいつだってウェルカムデスよ?」
「俺がウェルカムじゃねーよ! いいから出せ! <歯車連結>!」
体をくねらせながら言うゴレミの手を強引に掴み、俺はスキルを発動させる。そうしてゴレミのなかに光る歯車を設置するようなイメージを浮かべると、フッと手から歯車が消えた。
「消えた……これでいいのか?」
「うぉぉ、力が漲ってきたデス! 今のままだとあとちょっとでマスター達と一緒に戦えなくなる感じだったデスけど、これでしばらくはいけるデス!」
「あっ、そうか…………そいつぁよかった。こんなところでお前に抜けられたら大変だからな。頼むぜ相棒?」
「そうなのじゃ! 最後まで一緒に戦うのじゃ!」
「ふふふ、ゴレミにお任せなのデス!」
俺の突き出した拳に石の拳をゴチンとぶつけ、ゴレミが嬉しそうな笑顔を浮かべながら、スカートを翻してクルリと一回転した。





