ゴレミのお願い
「ハラヘニャ……何だって?」
「何だか力の抜けそうな名前なのじゃ」
「ハラヘニャじゃないデス、ハラヘラーニャの腕輪なのデス! まあ正式名称はマギイーターの腕輪デスけど、ゴレミ的にはハラヘラーニャの腕輪なのデス!ハラヘラヌでもいいデスけど、『ズ』とか『指輪』だと駄目なのデス!」
「おぉぅ、何だか凄いこだわりなのじゃ」
「てか正式名称があるならそれでいいじゃねーか……で、ゴレミ。これは結局何なんだ?」
妙に前のめりになるゴレミを宥めつつ、俺はそう問う。名前から何となく想像はつくが、確認というのは大事だ。
「このハラヘニャ……ハニャヘラ…………マギイーターの腕輪は、身につけているとお腹が減らなくなるのデス!」
「へー……呪いの魔導具か」
「は!? え、何で呪いになるデス!?」
「いやだって、腹が減らなくなるって、空腹を感じなくなるってことだろ? それ知らない間に餓死するやつじゃん」
人というのは、何かを食べないと死んでしまう。空腹を感じなくなれば一時的に効率よく動けるようにはなるだろうが、逆に言えば体からの「エネルギーが足りない」という信号を受け取れなくなるということでもあるのだ。
「そういえば、痛みを感じぬ無敵の英雄が敵の大群のなかに飛び込み、激しく暴れた後あっさり死ぬという話があるのじゃ」
「だろ? あるべきものがなくなるってのは怖いんだよ。だから呪いの魔導具かと思ったんだが……」
顔を見合わせ話し合う俺とローズに、しかしゴレミが猛然と抗議の声をあげる。
「違うデス! これはそんな半端な魔導具じゃないのデス! これは単純に空腹を感じなくなるわけじゃなく、食べる必要がなくなるのデス。
具体的には、ダンジョンの魔力を体内に取り込むことで生命活動を維持できるのデス。健康被害とかはないのデス!」
「へー……って、それとんでもなくねーか? ダンジョン限定とはいえ、飲まず食わずで平気ってことだろ?」
「そうなのデス! とんでもなく凄いのデス!」
「ふぉぉ、流石は隠し部屋の金箱なのじゃ!」
ようやく手に入れた魔導具の真価がわかり、俺とローズのテンションが上がる。確かにこれは、ダンジョン探索の在り方そのものが変わるようなとんでもない魔導具だ。
「いや、マジでスゲーな。なら早速ローズに全力で魔力を流してもらって、持ち出せるように――」
「それは無理なのデス。この腕輪は持ち出し不可なのデス。手に入れたその時が使い時なのデス」
「おっと、そう上手い話はねーってことか……でもそれだと、せっかく手に入れても使い道がなぁ」
俺達は明日、一旦この<原初の星闇>を出るつもりでいる。明日までどっちか一人の食費が浮くというのは、この魔導具の価値からするとあまりに細やかな結果だ。
「なら入り口辺りで待って、入ってきた他のパーティに高値で売りつけるとか? そういや魔導具の受け渡しってできるのか? なあゴレミ……ゴレミ?」
「マスター、ローズ。少し真面目な話があるのデス」
「……何だ?」
いつもとは違う張り詰めた表情を浮かべるゴレミに、俺もスッと気持ちを切り替えて聞く姿勢を取る。その隣ではローズもまたまっすぐに立ち、静かにゴレミの次の言葉を待っている。
「この腕輪は、本来ならもっと深い層で、とても低い確率でしか手に入らないのデス。それがこんなところで手に入ったのは、とんでもない幸運か……もしくは運命だと思うのデス。
だからゴレミは、明日ダンジョンから出るのではなく、このままダンジョンのなかに留まり続けて、<原初の星闇>を踏破することを提案するのデス」
「おっと、随分でかいおねだりだな……突然そんなことを言い出した理由は教えてくれるんだよな?」
「勿論なのデス! マスターは今の今まで、大ダンジョンが一つも踏破されていないのは何故だと思うデス?」
「うん? そりゃあ……魔物が強いとか、奥が深いとか、そういうことか?」
ゴレミに問われて、俺は腕組みをして考え込む。それぞれの大ダンジョンごとに色々理由はあるんだろうが、全部共通となるとそんな当たり前のことしか思いつかない。そしてそんな俺の答えに、ゴレミが満足そうに頷く。
「そうデス、進めば進むほど魔物が強くなり、時間もかかる……それが大ダンジョンが踏破されない理由なのデス。
でも今、この腕輪が手に入ったことで一番大きな問題が解決したデス。これさえあれば、水や食料を補給せずにダンジョンに潜り続ける事ができるのデス!」
「いやでも、これ二つ一組じゃねーのか? それとも一人が一つつければ効果があるのか?」
「ここまできて置いてけぼりは嫌なのじゃ!?」
「それは大丈夫なのデス。確かに両腕につけないと完全な効果は望めないデスけど、ダンジョン内なら大きく離れることもないデスから、二人で一つずつを身につけるのでも多少は効果があるデス。
具体的には一、二ヶ月なら飲まず食わずで大丈夫なのデス。その間に普通に食べたり飲んだりすればその分期間も延長されるデスから、今の手持ちの水と食料だけでも半年以上は確実に保つのデス」
「ほーん、そりゃ便利だな」
「昨日の宝箱では水の出る魔導具も手に入ったし、そうやって偶に食料なども手に入るなら、本当にずっと潜っていられそうなのじゃ」
納得する俺達に、ゴレミもまた大きく頷く。
「実際ずっと潜っていられるのデス。というか、このダンジョンはそうやって『一度入ったら長期間潜り続ける』ことを前提としたデザインになっているのデス。だから入り直すと能力がリセットされるデスし、ダンジョン内で深さに合わせた強さの武具や便利魔導具なんかが手に入るようになっているのデス!
加えて、今はまだこのダンジョンは入れるようになったばかりで人が少ないのデス。今なら宝箱が開け放題デスから、今が一番奥まで潜りやすいのデス!」
「ん? そうか? 宝箱があったとしても、道がわかってる方が楽だと思うんだが?」
強力な武具が手に入りやすいというのは確かに魅力だが、それでも俺としては先人の活躍により地図が完成している方がずっと探索が楽になると思える。故に問う俺に、しかしゴレミはチッチッチッとありもしない舌を鳴らして首を横に振る。
「それは素人考えなのデス! というか、そうやって誰かが通った場所を行き来するだけの人がほとんどだから、どの大ダンジョンも探索が進んでいないのデス!
特にこのダンジョンは入り直す度に自分を鍛え直す必要があるデスから、他の大ダンジョンより更に進まなくなるのデス。せっかく強力な武具が手に入ってもすぐに外に出て無駄にしてしまうのでは、それこそ一〇〇〇年経っても踏破なんてされないのデス!」
「ふーむ。言いたいことはわかるが……でもダンジョンってそういうもんじゃねーか?」
俺の何気ない呟きに、ゴレミがフッと寂しそうな顔をする。
「そうだと言われれば確かにそうなのデス。でも本当は、どの大ダンジョンだって三〇年もあればちゃんと踏破できるようになっているのデス。
でも、実際にはどの大ダンジョンも、何百年経っても半分すら踏破されていないのデス。それはとても悲しいことなのデス」
「ゴレミ……」
「とはいえ、別に焦っているとか、制限時間があるとかじゃないのデス。何もなければ普通に探索していればよかったデスし、もしマスター達が駄目だったとしても、何十年か、何百年か……マスターではない誰かに拾われたゴレミではないワタシとなって、ダンジョンの最奥に辿り着くのでも悪くはないのデス。
でも今日ここで、この腕輪が手に入ったデス。そしてこのダンジョンでなら、元の強さに関係なくガンガン強くなって、奥まで進めるのデス。この二つの条件が揃ったのは、本当に奇跡のような確率なのデス。
だからゴレミは……マスターと、マスター達と一緒に最奥に辿り着きたいと思ったのデス!」
「……………………」
その言葉に、俺達は沈黙する。伝わってくる切実な思いが、同じくらい重い言葉しか出せないようにさせるのだ。そんな俺達の無言をどう捉えたのか、ゴレミが軽く俯き、胸の前で両手を組み合わせる。
「これはゴレミの我が儘なのデス。単なるゴレミのお願いなのデス。無理強いする気もないデスし、駄目だと言われたからといって何かが変わるわけじゃないデス。
それにそもそも、確率が低いだけでまたこの腕輪が手に入る可能性は普通にあるデスし、外でじっくり実力をつけてからの方が奥まで進みやすいのも事実なのデス。
でも、それでも…………今目の前に降ってきた運命を、ゴレミは信じたいのデス。だからお願いデス。マスター、ローズ……ゴレミと一緒に、<原初の星闇>の最奥まで行って欲しいデス」
祈るように、願うように。顔をあげたゴレミの目をまっすぐに見つめ返しながら、俺は思考を巡らせる。
常識で考えるなら、こんなの拒絶一択だ。五層程度でひーこら言ってる底辺探索者が発見されたばかりの大ダンジョンを踏破なんて、笑い話にすらなりゃしない。
それにゴレミ自身が言っているように、魔導具の巡りなんて運だ。貴重で希少な幸運に恵まれたからといって、勢いで命を張るのはまともな判断じゃない。歴史に名を残すような成功者はこういうところで勝負に出て成し遂げた奴なんだろうが、その背後には数え切れないほどの敗者がいることを、俺はちゃんと知っている。
だが……
「ふぅ……これは兄様に怒られてしまいそうなのじゃ」
「だよなぁ。あーでも、俺達が残ってゴレミだけダンジョンから出るならいけるのか? それか途中で適当な探索者パーティを見つけて、伝言を頼むとか……」
「マスター? ローズ……?」
「何だよ、流石に何も言わずに予定日を超えて戻らなかったらマズいだろ? 死んだと思われるくらいならまだしも、万が一捜索隊なんて出されたら大変だしな」
「そうじゃないデス! そうじゃなくて…………ゴレミと、一緒に行ってくれるデスか?」
「そりゃ行くだろ。なあローズ?」
「当たり前なのじゃ! さっきも言った通り、仲間はずれも置いてけぼりもなしなのじゃ!」
俺もローズも、ゴレミがいなけりゃここにいない。ならそんな仲間の心からの願いを叶えない理由があるか? 降って湧いた幸運なんかに命は賭けられねーが……相棒の想いになら、迷うことなく賭けられる。
「マスター、ローズ……っ! ゴレミはやっぱり、世界で一番幸せなゴーレムなのデス!」
「ははは、前も聞いたっての」
「そうなのじゃ。それはダンジョンを踏破するまでとっておくのじゃ!」
涙を流せない代わりに精一杯の笑顔を浮かべるゴレミに、俺とローズも笑顔でそう答えるのだった。





