予定通りの大成功?
「なあローズ、<天に至る塔>で『交換箱』を使ったときのこと、覚えてるか?」
「うむ? それは勿論覚えておるのじゃ! あの時は凄く光って、綺麗な羽が手に入ったのじゃ!」
そう言ってローズが腰の鞄をゴソゴソやると、そこから虹色のグラデーションがかかった美しい羽が現れる。
「ローズ、それずっと持ってたデス?」
「うむ。とんでもない貴重品というから、下手に預けることもできなかったのじゃ。思い出の品でもあるし……あと何より、本当にどうしようもなくなったときの最後の切り札として持っておるのじゃ」
「あー、そう言えばそれ、そのまま使うと雑に転移するんだよな」
一応目的地には跳ぶものの、誤差が上下含めて一〇メートルでは使い物にならない。とはいえこのままだと絶対死ぬ、というような状況からの緊急脱出、最後の賭けには使えるだろうから、確かに持っておくのは悪くない選択だ。
「それでクルトよ、あの時の事がどうかしたのじゃ?」
「いやほら、あの時って『交換箱』に俺とローズで馬鹿みたいな魔力を込めた歯車を突っ込んだからそれが出てきたわけだろ? ならひょっとして、このサイコロに同じように爆発寸前まで魔力を込めたら、いい結果がでねーかなって。
どうだ? いい思いつきじゃねーか?」
ニヤリと笑って言う俺に、しかしゴレミが呆れた声を出す。
「マスター、何言ってるデス? あの時は『込められた魔力の量が価値として認識される』からそうなったのデス。
でも『天運のサイコロ』にはそんな仕様はないのデス。というか、そもそも一回使い捨てデスから、魔力を込めるような仕組みすらないのデス」
「そこは俺のスキルでどうにかなるかなって。剣ともゴレミともローズとも繋がれるんだから、魔導具ならいけるだろ、多分。
ということでローズ、ちょっと協力してくれ」
「面白そうなのじゃ! 任せるのじゃ!」
「えぇぇ……?」
明らかに引いた顔をするゴレミをそのままに、俺は「天運のサイコロ」を強く握りしめ、意識を集中する。
大丈夫、いける。だってサイコロだぜ? サイコロって転がるじゃん? 転がるっていうか、回るじゃん? 歯車も回るじゃん? ならサイコロ=歯車ってことだ。
(集中、集中……魔導具なんだから、内部に何かこう、複雑な機構とかあるはずだ。まずはそいつを歯車として認識できれば…………っ!?)
「うぇっ!?」
「ちょっ!? マスター、どうしたデス!?」
「クルトよ、大丈夫か!?」
いきなりえずいてしまった俺に、ゴレミとローズが慌てて声をかけてくる。だが俺はそれを手で制すと、呼吸を整えてから口を開いた。
「悪い、大丈夫だ。何かとんでもなく細かい歯車がものスゲー量詰まってるのが見えて、処理が追いつかなくて気持ち悪くなっちまったんだよ」
「おぉぅ、よくはわからぬが何だか大変そうなのじゃ」
「マスター、やっぱり無茶なのデス。やめた方がいいのデス」
「いや、まだいける。もう一回だ」
二人の心配そうな視線を振り切り、俺はもう一度手の中のサイコロに集中する。
さっきのはあれだ、ちゃんと見過ぎたんだ。そもそも魔法が使えず魔導具の知識もない俺に、正確な魔導回路の認識なんて必要ない。もっとこう、フワッとした感じでいいんだ。
簡単に、簡潔に、単純に。大量の細かい歯車なんてざっくり大きな一つの歯車って認識でいい。そもそも人間なんて複雑怪奇なものを歯車で認識できるんだから、簡略化自体は難しくないはずなんだ。
そうだ、もっと適当に、もっと大雑把に。細かい過程は全部無視して、出力される結果だけを最低限の歯車として認識できれば…………
「……きた!」
「おお、凄いのじゃ!」
「え、本当にできたデス?」
俺の頭の中で、「天運のサイコロ」の歯車が認識される。どうやらサイコロを振った瞬間に歯車がガチッと噛み合い、高速回転している歯車が止まることで内容が決まる……ような気がする。
勿論、この全てがただの俺の思い込みで、実際には何もわかってないという可能性はある。あるいは認識が曖昧過ぎるせいで、適当にちょっかいを出した結果正常に作動しなかった、という結果も大いにあり得るだろう。
だが……
(サイコロを投げた時に歯車が止まって結果が決まる。ならあらかじめ俺の歯車を無理矢理組み込んで当たりのところに止めてからサイコロを投げれば、絶対に当たるってことじゃね?)
その誘惑には抗えない。俺は意識のなかで産みだした歯車を「天運のサイコロ」内部で高速回転する歯車に噛み合わせ……瞬間、俺の歯車に猛烈な力がかかり、同時に俺のなかからギュンギュン魔力が失われていく。
「ぐぉぉ、持ってかれる!? ローズ、魔力を!」
「わ、わかったのじゃ! えーっと、前のように手を繋げばいいのじゃ?」
「それでいい! ガンガン廻してくれ!」
「了解なのじゃ!」
俺が伸ばした左手をローズが掴み、繋いだ歯車が高速回転して俺の中に魔力が流れ込む。そしてその潤沢な魔力を、俺は今にも砕けそうなサイコロ内部の歯車に注ぎ込む。
「うぉぉ、止まれ、止まれ! いや、そこじゃねぇ! 当たりのところで止まれ!」
「何だかわからぬが、頑張るのじゃクルト!」
「とりあえず応援しとくデス! マスター、頑張るデス!」
「いくぜいくぜいくぜいくぜ! ここで…………今だっ!」
強引に歯車を押し込み、わずか二割の当たり部分で停止させた瞬間を狙い、俺は握り込んでいた「天運のサイコロ」を放り投げる。するとサイコロが消えると同時に目の前の銀箱がピカッと光り……
「よっしやー!」
「やったのじゃ!」
「えぇぇ…………?」
現れたのは黄金の箱。その結果に俺とローズは手を合わせて歓喜の声をあげ、ゴレミはひたすら戸惑いの表情を浮かべている。
「え、まさか本当にデス!? そんな仕様はなかったのデス。なら偶然二割の成功を引き当てたってことデス? あーもう、訳がわからないデス!」
「おいおいゴレミ、さっきから俺もお前もローズも、みんなで言ってるだろ?」
「そうなのじゃ。よいかゴレミよ」
「「細かいことはいいんだよ!」なのじゃ!」
そう、俺の試みが果たして成功したのかどうか、それどころか意味があったのかどうかすらどうでもいい。思いついたことを全力で頑張った結果、見事成功した。それだけわかっていれば十分なのだ。
「…………まあ確かに、金箱になったのは事実なのデス。ゴレミのコアがショートする前に、その事実だけを受け止めることにするデス」
「ははは、それがいいって。さてさて、それじゃ待望の金箱の中には、果たして何が……っと、これも鍵がかかってるのか?」
「クルトよ、早く開けるのじゃ!」
「そう急かすなって。んじゃ早速……<歯車連結>、<解錠>!」
慣れた手つきで剣の柄を回すと、カチリと小気味のよい手応えが返ってくる。本来ならこの前消費した鍵がねーと開かないんだろうが、俺の前には無意味だ。
ふっふっふ、スゲーぜ<歯車>スキル! リエラさんの教え通り、この世にハズレスキルなんてのはないのだ。
「何がでるのじゃー? 何がでるのじゃー?」
「開けるぞ……それっ!」
期待に体を弾ませ、自作の歌っぽいものを口ずさむローズを横に、俺は箱の蓋を開ける。すると中に入っていたのは、魚の鱗のような模様の入った、二つ一組の不思議な腕輪であった。
「腕輪? 魔導具か?」
「金箱なのじゃからそうじゃろうが……はて、どのようなものであろうか?」
「あ、あ、あ…………」
「ゴレミ? どうした?」
箱の中身を見たゴレミが、声を震わせ後ずさる。何事かと顔を向けると、今度はいきなり箱に飛びつき、中の腕輪を取り出した。
「これはまさか、ハラヘラーニャの腕輪なのデス!」





