失敗も思い出
その後もいくつか小部屋を見つけたりはしたものの、結局第三層でも隠し通路、隠し宝箱を見つけることはできなかった。なので今回も前回と同じく第四層に降りた直後の場所で夜を明かし、次の日は第四層の探索に入る。
そしてそこでも、これといって目新しい発見はなかった。いくらか地図を埋め、五つの小部屋と三つの木の宝箱を開け、弱い魔法のかかった装備や、三回だけ水を補充できる魔法の水筒などを発見し……装備の方はあまり質がよくなかったので、勿体ないがその場に残してきた……夜は第五層の入り口付近で寝る。
そんなわけで、更に開けて翌日……ダンジョンに入って四日目。俺達は遂に、今回の探索の最終目的地である第五層の探索を始めることとした。
「もう一回確認するぞ。今回の探索は、ここで終わりだ。今日一日探索してまたここで夜を明かしたら、明日からは帰還に入る。つっても帰りは戻るだけだから、一日ありゃ十分帰れるだろうけどな」
「わかっておるのじゃ。せっかくここまで来たのじゃから、もう少し探索したいという気持ちはあるのじゃが……」
「確かにまだ水や食料は半分残ってるデスけど、万が一を考えたらそのくらいの余裕は必要なのデス。
それにダンジョンは逃げたりしないのデス。生きて帰ればまたすぐに来られるのデス」
「そうだぜローズ。今回の経験を生かせば、次はもっといい感じに探索できる。地図はまだまだ空白地帯があるから今回みたいな探索をもう何度か繰り返してもいいし、今度は第六層から探索を始めてもいいしな。
あーでも、その場合は俺達の実力だと厳しいのか?」
俺がゴレミの方を見ると、ゴレミが小首を傾げて考え込む。
「うーん、難しいところなのデス。今のマスター達は勿論、元のマスター達の実力でも六層くらいなら大丈夫だと思うデスけど、弱体化直後で大した成長もしていない状態での六層はかなりキツいと思うデス。他の探索者パーティみたいに、装備の力でごり押すのは難しいデスし……」
「そうか。俺達の場合、装備の依存度低いしなぁ」
俺の剣は俺のスキルに適応した極めて便利な剣だが、単純に強いかと言われるとそうではない。スキルを使った形態変化も元になる力があればこそなので、遙か格上の敵を倒せるような切り札ではないのだ。
そしてローズは、そもそも武器すら使っていない。魔力制御に強力な補正がかかる武器……というか魔導具でも手に入れば話は違うが、そうでないなら持っても意味がないからだ。
「どうしてもとなったら、ゴレミがガンガン無双してマスター達を必要分成長させるというのもできるデスけど、ゴレミ的にはおすすめしないデス。
それをやってしまうと、多分次回以降はゴレミはパーティ枠ではなく魔導具枠になってしまって、ゴレミの戦闘結果がマスター達に反映されなくなると思うデス。そうなると不便――」
「そりゃ寂しいな。ま、仲間に頼るのはよくても、頼り切りは駄目ってことだろ」
俺がゴレミの頭に手を乗せると、ゴレミが嬉しそうな笑顔を向けてくる。
「そうデス! 助け合いは大切デスけど、おんぶに抱っこは駄目なのデス! そういうのはベッドのなかだけなのデス!」
「重みでうなされる未来しか見えねーが……まあいいや。とにかく次のことは次考えりゃいいだろ」
「そうじゃな。まだ今日が残っておるし、何より帰り道だってあるのじゃ。最後まで楽しみ尽くすのじゃ!」
やや気落ちしていたローズの顔に笑顔が戻ったことで、俺達は改めて第五層の探索を開始した。まあやることは毎回同じだし、今回は出てくる魔物も同じ……というか、ドグー系の魔物が三体同時に出るだけだったので、苦労はしても苦戦まではしなかったわけだが……
「おお? これはひょっとして?」
歩き回った地図を眺めると、ちょっとだけ不自然な空白地帯がある。これはもしや、隠し部屋があるのか?
「なら最初は歯車を投げてみるか。ボフッとやって何もなかったじゃ悲しいしな」
「ふふふ、あの時はローズのやる気が溢れていたのデス」
「むぅ、それは言ってはいかんのじゃ!」
実のところ、第四層でもこれは? と思うような空白地帯があった。そこで気持ちが先走ったローズがいきなりボフッとマギチョークを爆発させたわけだが、結果は何もなし……つまりそこは、本当にただの空白地帯だったのだ。
その時のことを指摘され、顔を赤くしたローズにポコポコと肩を叩かれながら、俺は手の中に歯車を出現させ握り込む。
「んじゃ行くぞ。食らえ、歯車スプラッシュ!」
声を出す必要性はまったくねーが、そこは様式美というやつだ。投げた歯車は放物線を描いて宙を舞い……そのうちいくつかが、カツンと音を立てて宙空に弾む。
「ある! 床があるぞ!」
「ならば今度こそ妾の出番なのじゃ! さあ爆発せよ、マギチョーク!」
「何度も言うデスけど、それ本当はそういう魔導具じゃないデスよ?」
「細かいことはいいんだよ! やれローズ!」
「うむ! むむむむむ……はぁ!」
ボフーン!
白い棒を手にしたローズが魔力を込めると、途端に周囲を白煙が覆う。それを手で振り払いつつしばらく待つと、開けた視界の先には白く染まった足場が存在していた。
「おぉぉ、やっぱスゲー便利だな。丸見えじゃねーか」
「マスターが言うと、何だかちょっとエッチなのデス」
「そうじゃな、クルトが言うとどことなく卑猥な感じがするのじゃ」
「え、何で俺、急にそんなこと言われてるんだ?」
「細かいことは気にしなくていいのデス! ほらマスター、早速ぴょんぴょん跳んでいくデス!」
「そうじゃぞクルト、細かいことはいいのじゃ! 早く行くのじゃ!」
「えぇ……?」
突然の誹謗中傷に軽く心を痛めつつも、二人に言われて隙間の空いた足場を渡っていく。足場の広さは前回と変わっていないのだが、やはり見えているというのはそれだけで安定感が違う。
「よし、到着! そして……」
「銀色なのじゃ!」
隠し通路を渡りきった先に現れた小部屋。そこに置かれていた箱は今回も銀色に輝いていた。
「にしても、また銀箱か……悪くはねーけど、金箱? ってのもあるんだろ? 隠しならそっちが出てもよさそうなもんなのになぁ」
「具体的な確率は言えないデスけど、金箱は滅多に出ないのデス。代わりに中身はかなり凄いのデス」
「ほほぅ、それはいずれ見つけた時が楽しみなのじゃ! では早速開けるのじゃ!」
「いやいや、待てってローズ。これの存在を忘れたのか?」
言って、俺は腰の鞄から三つ繋がったサイコロを取り出す。
「そう言えばそんなのがあったのじゃ! それを使うのじゃ?」
「そうだな、どうすっか……」
目を輝かせるローズを横に、俺は少しだけ考える。いざ実際に使うとなると、三割の確率でランクが落ちるというのは意外とプレッシャーが強い。
何せ第五層まで来て、やっと出会った隠し宝箱だ。おそらくこれが今回の探索で一番の目玉になるだろうし、それがショボい結果に終わってしまうのはどうにも心苦しい。
「マスター、『天運のサイコロ』を使わないデス?」
「……いや、使おう」
だが迷ったのはほんの少し。問うてくるゴレミにそう答え、俺はサイコロを握りしめる。
そうだ、確かに今回の探索では最後だろうが、探索そのものはこれが最後なんてことはない。これからだって潜るのだし、であれば隠し部屋を見つける機会なんて何度もあることだろう。
失敗もまた思い出……<天に至る塔>の『交換箱』の時に、そんな話をしていたのを思い出す。あーそうだ、楽しい思い出に勝る宝なんてありゃしねーんだ。
「とは言え成功するに超したことはねーよな。ここは一つ気合いを入れて…………」
そう言ってサイコロを振ろうとして、しかし俺は動きを止める。そうだあの時、俺達は――
「? クルトよ、どうしたのじゃ?」
「ちょっと思いついた……いや、思い出したことがあるんだ」
不思議そうに見てくるローズに、俺はニヤリと笑みを浮かべた。





