次回のお楽しみ
「にしても、いきなり魔物がパーティ組むとか、難易度上がりすぎじゃねーか?」
ひとしきりローズを褒め称えた後、俺は改めてそう口にする。それぞれが別の特徴を持ったドグー五体組は、それまでのドグーファイターのみとは格の違う相手だった。
だがそんな俺の疑問に、ゴレミが苦笑しながら答えてくれる。
「そこはまあ、銀箱のお宝部屋だったからというのもあるデスが……でもそこまで強くはないデスよ?」
「そうか? ゴレミがいなかったら割とヤバかったと思うんだが」
「それはそもそも、このパーティの人数が少ないからなのデス。ゴレミがいなかったらというと、マスターとローズの二人なのデス。
しかもドグー系には魔法が効きづらいデスから、戦えるのは実質マスターだけなのデス。そんなの苦戦するに決まってるのデス」
「おぉぅ、言われてみるとそうだな……」
俺達が三人パーティなのは、ダンジョンの浅層で稼げる金額から逆算すると、このくらいが限界という常識があるからだ。別にもっと大人数でパーティを組んでもいいわけだが、人数が増えたところで倒せる魔物の数が劇的に増えるわけではないから、一人当たりの稼ぎが減って生活が厳しくなってしまう。
が、この<原初の星闇>では魔物が魔石を落とさない。この時点で通常のダンジョンにおける経済的人数制限が意味を成さないのは明白だ。
「ふむ、ならこのダンジョンは何人くらいで挑むのがよいのじゃろうな?」
「さあな。てか、それを調べてるのが俺達だろ? どの層がどのくらいの難易度で、どのくらい稼げるのかの情報を集めてる真っ最中なんだし」
「そう言えばそうだったのじゃ! 普通に探索しておるから、すっかり忘れておったのじゃ!」
「ははは、夢中になれるのはいいことさ。さてと……」
話も一区切りしたところで、俺は改めて部屋の奥にある銀色の箱に視線を向ける。苦労して魔物を倒したご褒美と、そろそろご対面といきたいところだ。
「ふふふ、銀箱なのじゃ! 今度は何が入っておるかのぅ?」
「開けてみてのお楽しみなのデス!」
「んじゃ早速……そうだ、こいつを使ってみるか」
ここまでに開けた木箱には、鍵がかかっていなかった。そしてその一つには正しく「鍵」が入っていたのを思い出し、俺は腰の鞄からそれを取り出して銀箱の鍵穴に差し込み、回す。するとカチッという手応えと同時に幻のように鍵が消え去った。
「おおー、ダンジョンの鍵って、使うとこういう感じになるのか」
「それよりクルトよ、早く! 早く開けるのじゃ!」
「わかったわかった、慌てるなって」
ローズに急かされ、俺は箱の蓋を開ける。すると中から出てきたのは、角の頂点同士がくっつき、縦に三つ連なった木製のサイコロであった。
「サイコロ? いやでも、この形じゃ振れなくねーか?」
「サイコロの棒なのじゃ。三つで一つになっておるのじゃ」
「おおー! それは『天運のサイコロ』なのデス! 雷電じゃないけど知っているのデス! 出典はゴレミ書房なのデス!」
「ライデン? 人の名前なのじゃ?」
「そこはもういいだろ……で、『天運のサイコロ』ってのは何なんだ?」
律儀に疑問を抱くローズに苦笑しつつ、俺は改めてゴレミに問う。
「説明するデス! 『天運のサイコロ』は宝箱の再抽選ができる、一回使い切りの魔導具なのデス!」
「再抽選? つまり中身が変わるってことか?」
「中身というか、箱の種類が変わるデス。たとえば銀箱に使うと、三割の確立で木箱に、五割の確立でそのまま、そして二割の確立で金箱に変わるのデス」
「それは凄いのじゃ!」
「なかなかのギャンブルだな。中身を見た後に使えりゃもっといいんだが……」
「それは流石に無理なのデス。観測してしまったらそこで現実が確定してしまうのデス。シュレディンガーのにゃんこなのデス」
「そっか。ま、そこまで都合よくはいかねーよな」
「木箱に使って、更にハズレを引いてしまった場合はどうなるのじゃ?」
「その場合は何も変わらないデス。でも正直、木箱に使うのは勿体ないと思うデス」
「だよな」
今の説明からすると、木箱なら八割そのまま、運がよければ銀箱になるということで得しかない。だがせっかく二割を引き当てたというのに銀箱にしかならないというのは、むしろ損だと思われる。
いや、銀箱だってきっといい物が入ってるとは思うんだが、今まで開けた二つから出てきたのは、このサイコロと爆発チョークだけだからな。どうせギャンブルをするなら、もっと上を狙いたい。
「ならこいつを使うのは、次の隠し宝箱を見つけた時って感じだな。楽しみだぜ」
「おお、クルトが燃えておるのじゃ! 妾もドキドキしてしまうのじゃ!」
「失敗して木箱になっても、ゴレミが膝枕で慰めてあげるので問題ないのデス」
「落ち込んだところに追い打ちの罰を被せてくるのは勘弁していただけないですかね……まあいいや。んじゃそろそろ行こうか」
そうして会話を終えると、俺達は小部屋を後にした。少し進むと背後でわずかに風が動く気配がし、振り返ればついさっきまであった部屋が跡形もなく消えている。
「ふむ…………」
「マスター、どうかしたデス?」
「いや、もう何回も見てはいるんだが、それでもあの規模の部屋が綺麗さっぱり消えちまうってのが、どうにも慣れなくてさ」
「確かに夢か幻か、という感じになるのじゃ」
「部屋は消えても、経験は消えないのデス。昨日も言ったデスけど、マスターは着実に強くなっているのデス」
「そう言えば、あの矢斬りは凄かったのじゃ! クルトよ、お主いつの間にあんなことができるようになったのじゃ?」
「あーあれか? あれは……いや、いつの間にって言われてもなぁ」
キラキラした目のローズに褒められ、俺はちょっと照れつつも困り顔になる。確かにあれは、我ながら会心の一撃だった。故にこそ何でできたのかと言われても、自分にもよくわからない。
今改めて思い返しても、結構な近距離から放たれた一撃は極めて鋭く、避けることも防ぐこともできないようなタイミングだった。
だというのに、俺の目は飛来する矢の動きをしっかりと追い、俺の腕はギリギリのところでそれを切り払う動きを可能とした。極限状態で集中力が増すというのはあるだろうが、それにしたって……ん?
「あー、そうか。これが『魔物を倒して強くなった』ってことなのか?」
「お、マスターも漸く実感できてきたデス? そうデス。魔物を倒すことでする成長には、普通なら伸びづらい集中力とか動体視力、反応速度なんかも含まれているのデス。元が弱い人が一気に成長すると、見えすぎるせいで目がグルグル回ったりするくらいなのデス」
「へー、そうなのか」
成長したおかげで魔法攻撃が平気になったというのは今もピンときていないが、対応できないはずの攻撃に対処できた……できてしまったというのは俺としてもわかりやすい。
なるほどなるほど、今俺はこのダンジョンに入って、初めて「自分が強くなった」というのを実感できた気がするぞ。
「へっへっへ、実感が湧くとやる気が出るな! そういうことならこの後もガンガン魔物を倒して、ドンドン強くなっていってやるぜ!」
「ぬぅ、妾も倒したいのじゃ! 今日は一日ここで探索するのじゃし、妾もドグーを倒せるようになりたいのじゃ!」
「その気持ちはわかるんだが……ふむ、ゴレミは何か思いつくか?」
「マスターが軽くヒビを入れるとか、あるいはゴレミがローズの体を持ち上げて投げつけるとかデス? オヤカタのオジジにもらった指輪で結界を張っておけば、多分怪我しないと思うデス。ローズスプラッシュなのデス!」
「そ、それは流石に怖すぎるのじゃ……それなら妾は、この階層では我慢するのじゃ……」
「ははは、流石にローズをぶん投げたりはしねーよ。一日あるんだし、ゆっくり考えてみようぜ」
「頼むのじゃ! 投げられるのは嫌なのじゃ!」
「わかったって! やらねーから安心しろ」
本気で怯えるローズに笑って答えつつ、俺達は第三層の探索を続けていった。





