厄介な魔物
「…………普通についたな」
<原初の星闇>第二層。広いが細い階段からしっかりした床の上に降り立ち、俺は何とも言えない表情で呟く。まあ階段で何かあったことなんて今まで一度もねーんだから、何もねーのが普通なんだが……いや、うん。いいか。
「んじゃ、改めて地図を確認するぞ」
「わかったのじゃ! ふむ、第二層はおおよそ三割ほど埋まっておるのじゃな」
俺が広げた地図を横から覗き込み、ローズが言う。一層と広さが同じだと仮定するなら、判明している通路は大体そのくらいの量だ。第一層よりも書き込みが少ないのは難易度的な問題ではなく、おそらくあっさり階段が見つかり、それ以上の探索をしなかったからだろう。
「でもこれだけ空白があるなら、また隠し宝箱とかがありそうなのデス!」
「だよな。とは言えこんなの全部埋めようと思ったらここだけで遠征が終わっちまうから、予定通り探索は一日だけ。夜になったら三層への階段に向かって、そこで野営することにする。質問はあるか?」
「別にないのじゃ。事前の予定通りじゃしな」
「ゴレミもそのくらいのペースでいいと思うデス」
「よし。じゃあ出発だ!」
二人が頷くのを見て、俺達は第二層の探索を始める。とはいえ区切りでもない層を一つ降りたところで景色や仕掛けが変わるわけでもねーから、やることは昨日と同じだ。
まずは地図に沿って進み、地図にない分岐を見つけたらそちらに入る。そうして少し進むと、目の前の通路の継ぎ目から黒い雫がじわりと湧き出してきた。
「お、来たな」
身構える俺達の前で、それは見る間に形を変えていく。二つは人型、見慣れた黒ゴブリンだ。ふむ、二層だから二体……いや、違う?
「飛び出してきた!? 三体目か?」
「空を飛ぶ魔物とは珍しいのじゃ!」
「あれは多分ジャイアントバットなのデス。元々黒いデスから、普通のとあんまり変わらないのデス」
「へー、そうなのか」
ゴブリン二体の頭上で、黒いコウモリがヒラヒラと飛び回っている。いきなり三体に増えたのはともかく、ローズの言う通り空を飛ぶ魔物を見るのは、随分と久しぶりだ。
「確かに言われてみると、飛んでる魔物ってあんまりいねーな? <無限図書館>のブックバタフライとか、<天に至る塔>のウィプスとか、そのくらい?」
「人間が空を飛べない以上、自由に空を飛ぶ魔物はただそれだけで強いのデス。だから浅い層にはあんまりいないのデス。
とはいえ全然いないわけじゃないデス。天然洞窟型のダンジョンならジャイアントバットは最初に出る魔物デスし、<深淵の森>も鳥系の魔物の縄張りは少し進めばあったデス。あえて相性の悪い魔物と戦う理由もないデスから、言わなかっただけなのデス」
「あー、そうなのか。まあそうだな」
俺達のパーティの明確な弱点は、遠距離攻撃能力が乏しいことだ。ローズの魔法と組み合わせた俺の歯車スプラッシュがほぼ唯一の攻撃手段だが、ちょっと強い敵にはもう通じない。
なので空を飛ぶ敵は相性最悪。実際知っていたとしても、わざわざ戦いに行ったりはしなかっただろう。
「ただまあ、今回はそういうわけにもいかねーよな。ならまずはひと当てしてみるか。俺が前に出るから、ローズは後ろで構えていてくれ。ゴレミはヤバそうだったら適時手助けを頼む」
「了解なのじゃ!」
「わかったデス! ガッチリ見守るのデス!」
俺が一歩前に出ると、ローズは逆に一歩下がり、ゴレミはその場で身構える。普通なら俺とローズで横に並んで一体ずつ相手にするところなんだが、道の横幅三メートルというのは並んで戦うには狭すぎる。うっかり横からぶつかって通路から押し出してしまいましたなんてなったら目も当てられねーしな。
「てわけで、さあいくぜ!」
「グギャー!」
迫ってくる二体の黒ゴブリンに、俺は不敵な笑みを浮かべて剣を構える。二体に増えても動きは見えるが、だからといって対処は楽ではない。
「チッ! おらぁ!」
「ギャギャッ!」
大きく腕を振り上げたゴブリンの腹に向かって剣を振るう。が、横から迫ってきたもう一体のゴブリンの一撃で挙動がずれ、攻撃が当たらない。やはり動かす意識と実際に動く体の間に多少のズレがあるのは否めない。
ならば仕切り直しと後ろに下がろうとして……しかし踏みとどまる。
「ギャッ!」
「グギャ!」
「糞がっ、せめーんだよ!」
歩くだけなら十分な広さである三メートルの横幅は、しかし戦闘となると思った以上に狭い。斜め後ろだと下がるのも躊躇するし、隙があっても横から回り込んだりもできない。
押し込まれたりうっかり転んだりすることを考慮すると、最低でも一メートルは余裕が欲しい。そうなると自由に動き回れるのは、実質中央の一メートル幅の間くらいだけで……一対一ならどうとでもなったが、敵が複数になるとこの縛りは地味にきつい。
「グギャー!」
「落っこちろ!」
だが、魔物側はそんな恐怖を感じたりはしないらしい。余裕で俺の横に回ると棍棒を振り上げてきたので、そのでかい腹に蹴りをくれてやる。すると黒ゴブリンはよろけたもののすんでの所で踏みとどまり、そのまま攻撃を再開してくる。
「ギャギャ!」
「あっ、ヤバッ!?」
正面と横、二方向から同時に攻められるのはヤバい。さっきも言ったが、斜め方向に押し出されると床から足を踏み外す可能性が出てくるからだ。
「なら……<歯車連結>、<速度増加・ファースト>!」
狙うのは一瞬。二体のゴブリンが息を合わせたように棍棒を振り上げ……つまり二体の腹が揃ってがら空きになる瞬間。速度を上げて一気に両方の腹を切りつけてやろうとした、まさにその時。
「キィィィィ!」
「ぐあっ!?」
突如頭上から響いた高音に、俺の視界がぐらりと歪む。前傾姿勢を取っていた体がそのまま前のめりに倒れ、ギリギリで踏ん張りはしたものの、頭上にはゴブリン共の棍棒が迫る。
「マスター!」
「やらせぬのじゃ!」
揺らぐ視界の端から、二つの影が俺の前に飛び出してきた。ギリギリ発動の間に合ったローズの結界がゴブリン達の棍棒を跳ね返し、その勢いで間抜けに仰け反った二体のゴブリンが、ゴレミの拳で吹き飛ぶ。
「グギャ!?」
「ギャァァァァ……………………」
その結果一体は黒い雫となり、もう一体は通路から落ちて虚空に消えていく。後は黒いコウモリが残っているわけだが、そいつは頭上をフラフラと飛び回るだけでなかなか攻撃してこない。
ならばここは、きっちりお返しをしておくべきだろう。俺は頭を振って意識を覚醒させると、宙を漂うコウモリを見据える。
「やってくれたなこの野郎! 食らえ、歯車スプラッシュ!」
「キーッ!」
「悪い子はしまっちゃうのデス!」
投げた歯車が命中し、落ちてきたジャイアントバットをゴレミが殴る。それにて戦闘は終了し、俺は息を吐いてその場に座り込んだ。
「ふーっ、終わったか。二人共助かったぜ」
「無事でよかったのじゃ。しかし突然どうしたのじゃ?」
「どうって言われてもな。あのコウモリが鳴いたらいきなり頭がクラッとなって……二人は平気だったのか?」
「ジャイアントバットは戦闘能力がほとんどない代わりに、相手の体内の魔力を揺らす鳴き声をあげるのデス。ゴレミはゴーレムだからきかないデスし、ローズは魔力の保有量が莫大なので、あの程度では何の影響も出ないと思うデス。
でもマスターは元の魔力が少ないうえに、スキル発動直後だったデス。だから強めに影響が出たのだと思うデス」
「うえっ、そういう感じか……」
ゴレミの説明に、俺は思わず顔をしかめる。その手の魔法的な攻撃に関しては、俺は何の対処法も持っていない。さっきも決して油断していたわけじゃねーんだが、仮にくるとわかっていても防ぎようのない攻撃だったってわけだな。
「ジャイアントバット単種であれば嫌がらせ程度の能力デスけど、他の魔物と組んで出てくると、行動不能を与えてくるのはかなり厄介なのデス」
「妾の物理防御の問題は一応解決しておるし、ならば次はクルトの魔法防御をどうにかする必要がありそうなのじゃ」
「だな。そいつも課題の一つってことで、しっかり覚えておこう」
敵は決して強くねーが、俺達だって弱い。改めてその自覚に身を引き締めつつ、俺達は更に探索を続けていった。





