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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
最終章 歯車男と約束の君

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想定外の使い方

「むぅ? これは一体何なのじゃ?」


「わからん。ぱっと見は蝋石っぽいけど……?」


 蝋石とは、名前の通り蝋燭っぽい石である。力を込めて硬いところに押しつけると線が引けるので、落書きからちょっとした目印にまで使われる品だ。便利ではあるが、特に貴重だったり高価だったりはしない。


 そんな蝋石とそっくりな見た目だが……いやいや、流石にダンジョンの宝箱に、ただの蝋石が入ってるなんてことがあるはずが……ねーよな?


「ああ、それはマギチョークなのデス」


「マギチョーク? 何だそれ?」


「それっぽい名前がついているということは、魔導具なのじゃ?」


「そうデスよ。マギチョークは魔力を目視できる粒子状にすることで、線を引くことができる魔導具なのデス」


「ほほー、魔力を粉に…………それ、普通の蝋石と何か違うのか?」


「消費するのは魔力だけデスから、どれだけ使ってもなくならないデス」


「へー、そいつはいいな。で、他には?」


「…………魔力さえあれば、好きなだけ線が引けるデス」


「それはさっきも聞いたのじゃ。他にもっとこう……たとえば空中に線が引けるとか、込める魔力で色が変わるとか、そういう何かはないのじゃ?」


「……………………魔力を込めて床とか壁に押しつけると、線が引けるデス」


「おぉぅ…………」


 そっと顔を逸らすゴレミに、俺達の間で沈黙が満ちる。そうか、使い減りしない蝋石か……


「ま、まあ第一層の宝箱から魔導具が出るってのは、それだけでも大したもんだしな! な? な!」


「そうじゃのぅ。そう考えれば悪くはないのじゃろうが……」


「あ! 魔力で線を引いてるデスから、濡れてる場所とか金属の表面とか、普通の蝋石だと描けない場所にも線を引けるデス! 日々の生活をちょっと便利にする優れものなのデス! ほらほらローズ、やってみるデス!」


「そうだな! せっかくだからやってみようぜ!」


 あからさまに意気消沈するローズにゴレミが慌てて捲し立て、俺も箱から取り出した蝋石……じゃない、マギチョークを持たせる。するとマギチョークの先端から、フワフワと白い粉が吹き出し始めた。


「おい、何か出てるぞ?」


「ローズの魔力が強すぎて、粉が溢れちゃってるデス?」


「そうなのじゃ? 妾は別に何もしておらぬのじゃが……ふむ、何だかちょっと甘い匂いがするのじゃ」


 俺達が見守るなか、ローズが顔の側にマギチョークを持っていってフンフンと鼻を動かす。そして次の瞬間――


「ふぁっ、ふぁっ……ふぁっくしょーん!」


ボフーン!


「ぐあっ!? な、何だ!?」


「真っ白で何も見えないデス!?」


 ローズがクシャミをしたのと同時に、周囲全てが真っ白な粉というか、煙というか、とにかくそういう何かに覆われた。反射的に顔をしかめて目を細め、両手を振り回して視界を晴らそうとすること一〇秒ほど。漸く見えるようになった先にあったのは真っ白に染まった床と、顔まで白くなったゴレミ達の姿であった。


「は!? ぷっ、くっくっく……ハーッハッハッハッハ! 二人共、何だよその顔!」


「くふふふふ! 何を言うのじゃ、クルトとて真っ白なのじゃ! それにゴレミも……ゴレミはあんまり違和感がないのじゃ?」


「ああ、確かに! 服まで真っ白なせいで、石像っていうか石膏像? みたいになってるな。ククククク……」


「二人だって似たようなものなのデス! 三人仲良く石膏家族なのデス!」


「そりゃそうだ! アッハッハッハッハ!」


 微妙に落ち込んでいた空気なんて完全に吹き飛ばし、しばし互いを指差して腹を抱えて笑い合う。ああ楽しいな、最高だ。これだけでもう、苦労して隠し通路を抜けた甲斐があった。


「はーっ、はーっ……あー、笑ったな。これだけ笑えりゃもう十分……っ!?」


「? マスター、どうしたデス?」


「二人共、あれ見ろ」


 涙を拭いた俺の視界に映り込んだ、とあるもの。真剣な声で俺が指差した先にあるのは、白い粉を身に纏い姿を露わにした隠し床。


「何と!? 透明な床がはっきり見えるのじゃ!?」


「ああ、こいつはスゲーぞ! あんな面倒な事しなくても、そのチョークを使えば隠し床が一発で見えるようになるじゃん! それにあんだけ煙が広がるなら、いざって時の緊急避難にも使えるだろうし……おいおい何だよ、スゲー使えるじゃねーかマギチョーク!」


「確かにそうなのじゃ! ただのしょぼいお笑い魔導具ではなかったのじゃ!」


「まさかマギチョークにこんな使い方があるなんて、流石のゴレミもビックリなのデス」


「ん? そうなのか?」


 首を傾げて問う俺に、ゴレミが呆れたような目を向けてくる。


「当たり前なのデス。マギチョークは歴としたダンジョン産の魔導具デスから、魔力の許容量も大きいデスし、魔導回路もしっかりしてるのデス。それを暴発させるには、それこそ瞬間的に莫大な魔力を注ぎ込まないといけないのデス。


 普通そんなことをする人はいないのデス。限界を超えるほどに魔力を振り絞ってチョークを爆発させて粉をまき散らすとか、意味がわからなすぎるのデス!」


「あー……まあ、そりゃいねーだろうけどさ。でもそういうことなら、ローズなら使い放題ってことだろ? 使う度に全身真っ白にされるのはどうかと思うが……これ、どうやって落とせばいいんだ?」


「はぁぁぁぁ……あくまでも魔法の粉デスから、ローズが手で触れて魔力を流せば消えるはずデス。ローズ、やってみるデス」


「わかったのじゃ。むむむ……」


 ゴレミに促され、ローズがまず自分の胸に手を当てて唸る。するとあれほど真っ白だった顔も服も、一切の痕跡を残すことなく綺麗に元に戻った。


「おお、戻ったのじゃ! なら次はクルトとゴレミもやるのじゃ! むむむ……」


「色白美人からナチュラルメイクに戻ったのデス!」


「おお、消えた! やっぱスゲー便利だな」


 さっきの感じだと、おそらく効果範囲はローズを中心として半径三メートルくらいはあった。それだけあれば怪しいところで数回暴発させれば簡単に周辺の地形をマーキングできるし、魔物に対する目くらましとしても十分な効果が見込める。


 いや、これはマジで大当たりだ。流石は隠し宝箱ってところだな。


「それさえあれば、今後の隠し通路探索は楽勝……って、あ! ダンジョンから出ると、それ消えちまうのか?」


「む? そう言われればそんな話だったのじゃ。せっかく手に入れたのに、勿体ないのじゃ……」


 こんないいものが手に入ったならガンガン探索していきたいところだが、今回はお試しのつもりだったので深く潜るような準備はしていない。一応軽い保存食くらいはあるが、一日やそこら滞在期間が延びたところでそう都合よく隠し通路を見つけられるはずもない。


「うーん、上手い具合に持って帰れりゃいいんだが……条件がわかんねーんだよな。手に入った時点で持ち帰れるか決まってるのか、それとも手に入れた後で何らかの条件を満たせばいいのか……」


「これがこのダンジョンで手に入れた初めてのお宝じゃから、仮に違いがあったとしても何もわからぬのじゃ。ならば運を天に任せるしかないのじゃ?」


「むぅ、ゴレミからは何も言えないのデス。下手なことを口にしようとするとヤバい感じのアレがヒドいことにアレするので、沈黙が正解なのデス。


 ただ…………」


 そこで言葉を切ると、何故かゴレミがキョロキョロと周囲を見回し始める。そうしてひとしきり周囲を警戒し終えると、まっすぐ俺達に顔を向けて口を開いた。


「あー、何だかゴレミは疲れちゃったデス! こんな日はサクッと探索を切り上げて、あつーいサウナで思いっきり汗を流してから、冷えたエールをキュッと決めたいのデス!」


「エールはともかく、さうなとは何なのじゃ?」


「汗って……んん?」


 ゴレミが訳のわからない事を言い出すのはいつものことだが、今回は妙に強引というか、わざとらしいというか……何だ? この会話の流れからして、何か意味があるのか?


 汗、エール……水? 水に浸す? ただ濡らせばいい? それとも探索を切り上げる……時間制限? でもそれだと、もっと深い層で手に入る魔導具は絶対持ち帰れなくねーか?


「欲張るつもりはないのデス。一つだけ手に入ればいいのデス! マスターの愛をたっぷり受け入れたら、明日からもきっと頑張れるのデス!」


「ゴレミ? さっきからどうしたのじゃ?」


「えーっと、その…………」


 欲張らない、一つだけ……持ち出せるのは一つだけ? 愛って何だ? 哲学的な話じゃなくて、ゴレミが受け入れる愛……魔力!?


「よしローズ! あと一〇回くらいマギチョークを暴発させたら帰ろうぜ! あ、それとも一〇〇回くらいやった方がいいか?」


「クルト!? お主もいきなり何を言い出したのじゃ!?」


「それはやり過ぎだと思うデス。でも三回くらいはボフッた方がいいかも知れないデス」


「そうかそうか! よーしローズ、あと三回……いや、念のため五回くらい全員で白くなろうぜ! そしたら一旦帰還だ!」


「ぬぁぁー、妾だけ何もわかっておらぬのじゃ!」


 叫ぶローズを宥めつつ、俺達はその後五回ほど白くなってからダンジョンを出た。ゆらゆらと揺らめく蜃気楼のように町の景色を写す光の膜をくぐり、フッと体が軽くなって力が戻ったことを確認したところで、俺は改めてローズに問いかける。


「よし、脱出! で、どうだローズ?」


「うむ? おぉぉ……ある! あるのじゃ!」


「っしゃ!」


 ローズの手の中に残った小さな白い棒を見て、俺とゴレミはペチンと手を打ち合わせるのだった。

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