見えないものを見る方法
「え、マジか!? 隠し通路!?」
「クルトよ、どうしたのじゃ?」
「まあ待てって。見てろ……ていっ!」
俺は改めて歯車を生みだし、目の前の何もない場所に向かって投げる。するとそのほとんどはそのまま落ちていったが、二つがそのまま宙に留まる。
「やっぱり! 見ろ、歯車が落ちねーってことは、そこには見えない床があるんだよ!」
「流石はマスター、凄い観察力なのデス!」
「へへへ、まあな! ただ、こいつは……」
ゴレミに褒められちょっといい気分になってから、俺は改めてそこを観察する。適当に放り投げた歯車のうち、宙に留まったのは合計三つだけ。それはつまりこの隠し床は、通常の床と違って三メートル四方の足場じゃないということだ。
「足場がある場所とない場所の違いがわかんねーな。歯車がある場所には間違いなく床があるはずだが……」
「ならばここは妾の出番なのじゃ! フレアトラップなのじゃ!」
悩む俺の横から、そう言って歩み出てきたローズが魔法を使う。すると歯車の乗っていた部分の床が薄い炎に包まれた。
「どうじゃ? フレアトラップは火の膜を平面に貼り付ける魔法なのじゃ。ならばそれが張り付いているあの部分は、間違いなく床があるのじゃ」
「うぉぉ、スゲーじゃねーか! いや、でもあれ踏んだら足が燃えるっていうか、大やけどしねーか?」
「なら最後はゴレミにお任せなのデス!」
弾むような声をあげて、ゴレミが横からひょいと飛び出す。石の体を軽やかに宙に舞わせると、燃え盛る足場にピタッと着地した。
「ふっふっふ、ゴレミなら燃えないのデス! あとはローズが魔法を解除したら、床の上に布でも……いや、それだと滑って危ないデス。ならえーと……マスター、ちっちゃい歯車を一杯出して欲しいデス!」
「ちっちゃい歯車? こんな感じか?」
俺は手の中に小指の爪ほどの大きさの歯車を沢山出して差し出す。するとゴレミは手を伸ばしてそれを受け取り、しゃがんで床の上に並べ始めた。
「ほら、こうやったら歯車の枠のなかが足場なのデス! 次はゴレミがそっちに戻るデスから、マスターがここに跳んで歯車を投げるデス。で、それで大体の見当をつけたらまたローズが床を燃やして、入れ替わったゴレミが火の上に立ち、マスターが歯車を渡して……と繰り返せば、安全に足場の位置がわかるデス!」
「おぉぉ!? あれ、いけそうじゃね?」
「三人で力を合わせて、隠し通路を攻略するのじゃ!」
ゴレミの提案を受けて、俺達は早速その手順を繰り返した。ただ最初にわかったことだが、どうやら見えない足場は五〇センチ四方くらいの広さしかないらしい。
なのでそれぞれが役目を終えるごとに一旦普通の床まで戻り、その度見えない床に跳んで移動するという甚だ非効率的な作業が必要となったが、それでも安全には変えられない。というか、そうしないならそれこそ適当に跳んでみるしかないわけで、そんなのほぼ自殺である。
そして命と手間を天秤に掛けるのはただの馬鹿だ。特に急ぐ理由があるでもなし、俺達は堅実に一つ一つの足場をわかりやすく飾り付けていき……ゴレミが一〇個目の燃える足場に降り立った時、遂にその先にちゃんと見える三メートル四方の床がスコッとせり上がってきた。
「うぉぉ、遂に抜けたか! やったぜ!」
「やったのじゃ! 嬉しいのじゃが……それよりここにいるだけで怖いのじゃ。早くちゃんとした床に立ちたいのじゃ」
「ならさっさと最後のマーキングを済ませるデス。そしたら……いえーい、一番乗りデス!」
順番的に、まずゴレミが床に降り立つ。次いで俺が辿り着き、最後にローズがおっかなびっくりジャンプしてこっちに来ると、しっかりした足場の安定感にローズがその場でへたり込んだ。
「やったのじゃ。生きて辿り着けたのじゃ! うぅ、硬い床は最高なのじゃ……」
「ははは、お疲れさん。でもここから元の通路に戻るのに、また見えない床を跳んでいかねーとなんじゃねーか?」
「ガーン! ぜ、絶望なのじゃ! 妾は泣いてしまいそうなのじゃ」
「まあまあローズ。その不安はひとまずあれで誤魔化すデス!」
そう言ってゴレミが顔を向けた先にあるのは、銀色に輝く宝箱。ゴレミが最初にこの場所に立った時、その先に宝箱の設置された床が追加で出現したのだ。
「宝箱なのじゃ……一体何が入っておるのじゃ?」
「さあな。所詮は第一層って考えりゃそこまで大したもんは入ってねーだろうけど、反面こんな隠し通路の先にあるって考えりゃ、それなりのモンが入ってる可能性もある。
だからまあ、開けてみてのお楽しみってところだな」
ゴレミに支えられ、声と体を震わせながら立ち上がるローズに対し、俺はそう言って笑みを浮かべる。実際予想なんてつきようもねーが、個人的な心情としては勿論凄いお宝が希望だ。ただ……
「あー…………今更だけど、罠を調べる手段がねーな。低層だし、ゴレミが開ければ九割は平気だと思うんだが……」
「残りの一割を引くのがクルトじゃからなぁ。じゃがここで諦めるのはあまりに悲しすぎるのじゃ」
<底なし穴>の第五層という浅層で転移罠に引っかかって死にかけたのは、まだ記憶に新しい。なら第一層というこれ以上ない浅層であっても、手の込んだ隠し通路の先にある宝箱に転移罠が存在しているか否か? 普通に考えれば「ない」のだが、我が身を振り返ると断言はできない。
「さて、どうするか……」
「それならマスターの剣を使って開けたらいいんじゃないデス? ダンジョンの宝箱は、専用の鍵を使って開ける場合は罠があっても発動しないデスよ?」
「……え、マジで?」
あっさりと提示された答えに、俺はかなり間抜けな顔を晒したと思う。するとゴレミが苦笑しながら言葉を続ける。
「マジなのデス。これはゴレミ情報とかじゃなく、深い層に潜る探索者なら大体知ってる事実なのデス。だからこそ『鍵』は消耗品で、価値があるのデス。
マスターの場合は無制限に使い放題デスから、相当なチート装備なのデス。スキル関係なしに使えるなら、割と本気でお城が買えるくらいの値段で売れると思うデス」
「そ、そうだったのか……おぉっふぅ……」
腰から剣を引き抜き、俺は変な声を漏らしながら改めてそれを見る。まあ確かに改造前の段階でも<天に至る塔>の「試練の扉」も開けられたし、オーバードの地下にあった扉も開けられたんだから、オヤカタさんが造り上げ、ゴレミの封印すら解けるようになった今のこの剣なら、宝箱なんて楽勝で開けられるのも納得だ。
そうか。宝箱開け放題か…………ふへへ。
「そういうことなら、早く開けるのじゃ! 妾が生きる希望を取り戻すには、もうそれしかないのじゃ!」
「大げさだな!? わかった、じゃあやってみるな。<歯車連結>、アンロッ……」
俺は転移罠で跳ばされた先の部屋でやったときと同じように、抜いた剣の切っ先を宝箱の鍵穴部分に近づけ、自分を<歯車>のスキルで繋……ごうとして、一旦思いとどまりその場にしゃがむ。
「<歯車連結>、<解錠>」
俺は学習できる男だ。剣と鍵穴がまっすぐになるように当て直すと、改めて鍵を生みだした。おかげで無理なく剣の柄は回り、カチッという鍵の開く手応えが伝わってくる。
「よし、開いたぞ。んじゃ三人で一緒に蓋を開けるか」
「やったのじゃ! 開けるのじゃ!」
「ゴレミも一緒でいいデス?」
「いいに決まってんだろ。いくぞ、せーのっ!」
三人で手をかけ、蓋を開ける。すると期待を高める重い手応えと共にゆっくりと宝箱の蓋が開き、その中に入っていたのは…………
「…………? 何だこりゃ?」
俺の人差し指ほどの大きさの、小さな白い棒であった。





