ダンジョンの仕掛け
ひとまず無事に初戦を終えると、俺達は早速前に向かって歩き始めた。すると少し進んだところで一見行き止まりに見えた場所に下から床が浮き上がってきて、代わりに背後の床が一つ、音もなく暗闇へと沈んでいく。
「おぉぉ、こういう感じか……」
「話には聞いておったが、実際に見ると実に奇妙なのじゃ」
一辺三メートルの立方体が一二個。それがこの<原初の星闇>において一パーティに与えられる足場の全てだ。進めば前方に床がせり上がって道が生まれるが、代わりに背後の床が沈んで消える。
といっても、進む方向全てに床が出現するというわけじゃない。物理的に出現と消失を繰り返してはいるものの、感覚的には見えない床があらかじめ存在しており、近づくと見えるようになる……というのが近いだろう。つまり床がせり上がってくるのは、あらかじめ指定されている場所だけということだ。
なのでさっきも言ったとおり、何もない横方向に体を吹き飛ばされたりしたら普通に落っこちるはずだ。まあ試してみようとは一生思わねーけどな。
「なあローズ、これだとマギロケーターで地形を探るのは無理だよな?」
「そりゃそうなのじゃ。あれはあくまでも風を吹かせてその経路を探るものじゃから、最低でも壁がないとどうしようもないのじゃ」
「やっぱそうか。なら地道に調べていくしかねーな。それじゃ当初の予定通り、今日は第一層の空きを埋める感じで歩くぞ」
「おー、なのじゃ!」
「頑張るのデス!」
俺の言葉に、二人が元気に返事をする。今日はあくまでも慣らしが目的なので、最初から奥まで潜るつもりはない。
故に本日の目標は、先達のパーティが埋めきっていない第一層の地図を埋めていくことである。足場を固めるのは何事においても重要だし、適度な目的を掲げつつ第一層でダンジョンの雰囲気を掴むのは有効だからな。
ちなみに第一層の地図が完成していないのは難易度的な問題ではなく、単に誰もそうしなかったからだ。
仮に出現する魔物が何の脅威にならなかったとしても、広いダンジョンを歩き回って地図を完成させるには時間がかかる。が、ダンジョンというのは奥に進めば進むほど手に入るお宝がよくなるのは常識だ。
ならば入れるようになったばかりのダンジョンで、あえて低層の探索に時間を割くのは勿体ない。先行者利益を最大限に享受するため、可能な限り奥に進みたいと思うのは当然の真理だろう。
ま、だからこそ俺達みたいな場違いの新人でも活躍の余地があるわけだけどな。そういう猛者の真似を俺達がすると秒で死ぬので、堅実に刻んでいきたいところである。
「それじゃ早速……ん?」
「おや?」
と、そこで不意に、入口側から別の探索者パーティがやってくるのが見えた。俺達が軽く道の端に避けると、その人達もまた反対側の端に寄りながらこちらに近づいてきて、すれ違う少し前に声をかけてくる。
「やあ。初めて見る顔だけど、君達は何処の?」
「あー、俺達はオーバード帝国のフラムベルト殿下に雇われてるパーティで、『トライギア』といいます。よろしくお願いします」
「そうか。我々はラックル王国のハイドマン伯爵に雇われている『ドレッドファング』だ。その若さで帝国の皇太子殿下に雇われるとは、随分と優秀なようだね?」
「ははは、そう大したものじゃありませんよ。元が大して強くない方が、ここでは能力の落差にやられないってことで声をかけていただいたんです」
「なるほど、そういう考え方もあるのか……邪魔をしてすまなかったね、お互いに頑張ろう」
「はい。そちらも探索頑張ってください」
そう言って軽く頭を下げると、「ドレッドファング」と名乗った六人パーティがそのまま先に進んでいく。その背中を見送ると、俺の隣でローズが短く息を吐いた。
「ふぅ、ちょっと緊張したのじゃ」
「ははは、今更か? 今までだって散々色んなパーティとすれ違ってきただろ?」
「それはそうなのじゃが、ああいう強そうな者達は基本声をかけてこないのじゃ。じゃからどうしても身構えてしまうのじゃ」
「そうか。気持ちはわかるけどな」
ダンジョン内部は人の目が届きづらいこともあり、ある意味無法地帯だ。だからこそ見るからに格上の相手に近づかれると無意識に警戒してしまうというのは、探索者あるあるの一つである。
まあ普通は相手もそれを理解してるから無闇に近づいてきたりはしねーんだが、ここは一本道だからな。他のダンジョンの入り口付近みたいに沢山人がいるならそれはそれで大丈夫なんだが……とまあ、それはそれとして。
「あー、ちょうどいいし、足場の仕様をもう一回おさらいしとくか」
「うむん? 基本的には一パーティにつき一二個で、進んだり戻ったりするとその都度足場が出たり消えたりするのじゃ!」
「パーティが分割して行動した場合、仲間がいる足下の床は消えなくなるのデス。床同士は繋がった状態でしか存在できないデスから、合計一二個分より遠くには移動できないのデス」
「そうだな。たださっきみたいに他のパーティと合流すると床の表示位置が被るから、一三マス以上の床が繋がることもある。
が、その状態で限界を超えて離れすぎるとどうなるかは……今のところ不明だそうだ。そうそうあることじゃねーけど、気をつけてくれ」
「うむ、わかっておるのじゃ!」
「ゴレミはマスターから片時も離れないのデス! 腕も足も絡めまくりなのデス!」
「それは動けねーからやめろ。後は……何かあったっけ?」
ゴレミの戯言を斬って捨てつつ、俺はそう二人に問いかける。まだまだわかっていない仕様も多いので、俺としても完全に覚えているわけじゃない。なので確認は重要だ。
「他に……あー、そうじゃ。宝部屋や魔物部屋などは、例外的に床が沢山あるのじゃ!」
「おっと、そうだったな。あれって近づいたらいきなり出現するんだっけ?」
通路を進んでいると、そういう大部屋に遭遇することがあるらしい。一気に何十もの床がせり上がって部屋ができあがると、そこに宝箱が置かれていたり、大量の魔物がいきなり湧き出したりしてくるようだ。
「それはケースバイケースなのデス。遠くからぽつんと床と宝箱が見えている場所もあるデスし、接続部となる床に乗った瞬間部屋が形成されることもあるデス。
それに加えて、背後の床が消えて撤退できなくなる場合があるデス」
「そう言えばそうだったな。まあでも、その辺は他のダンジョンにある罠部屋なんかと同じってことだ。
気をつけるのはこのくらいか?」
確認を取ると、二人が小さく頷いて返す。それを受けて俺達は、漸く第一層の探索を再開した。
といっても、所詮は第一層。出てくる魔物は黒ゴブリンばっかりだったし、道もそれほど入り組んでいるというわけではない。出たり消えたりするので一見するとわかりづらい気はするのだが、床単位でしか通路が構成されていないので、むしろ地図は描きやすいまである。
なので作業は順調に進み、スカスカだった地図の密度が大分あがってきたのだが……
「うーん?」
「クルトよ、どうしたのじゃ?」
「いや、この先がさ……何かこう、不自然に空白なんだよ」
そう言いながら、俺は地図をローズに見せた。まだまだ完成ってわけじゃねーし、何より壁や床が直接見えるわけじゃねーから実は外側から回り込む通路がありました、なんてことになる可能性もないわけじゃねーが、それでも俺達がいるすぐ側が、線に囲まれた微妙な空白地帯になっているのがわかる。
「ふーむ、確かに空いておるのじゃ。じゃがここに繋がる床はないのじゃろ? ならばそういうものなのではないのじゃ? そもそもダンジョンの正確な形など誰にもわからぬのじゃから、見てわからず辿り着くこともできぬというのなら、気にしても仕方ないのじゃ」
「そう言われると身も蓋もねーんだが、でもやっぱりなぁ……食らえ、歯車スプラッシュ!」
頭では納得しつつも、俺は本能の赴くままに手の中に歯車を生みだし、件の空白地帯に向かって投げてみる。だが放物線を描いて飛んだ歯車は特に何かに当たることもなく、そのまま足下に広がる闇へと吸い込まれていった、
「やっぱり何もないのじゃ」
「……チッ、当てが外れたか」
ちょっとだけ呆れた目をするローズに、俺は不貞腐れたようにそう呟きながら、新たに手の中に生みだした歯車を目の前の何もない場所に放り投げた。
それは読みが外れた恥ずかしさとか、醜態を晒したいたたまれなさを誤魔化すためのものでしかなかった。だが――
カツンッ
「えっ!?」
俺の放り投げた歯車、その一つが乾いた音を立てたかと思うと、何もない宙空にコロリと転がった。





