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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
最終章 歯車男と約束の君

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成長の意味

「記念すべき最初の敵はお前か。まあ今更ゴブリン程度に苦戦なんて……っ!?」


 抜き放った剣を手に、黒塗りのゴブリンに向かって駆け出す。だがその一歩目が思った以上に弱々しくて、俺は思わず前につんのめりそうになる。


「うおっ!? とっとっとぉ!?」


 それでも何とか踏ん張り剣を振ったが、今まで体の一部のように感じられていた剣が妙に重い。結果思ったのとは違う軌道で振られた剣は、黒ゴブリンの持つ武器……黒いからわからんが、多分棍棒……に当たって防がれてしまった。


「ギャギャッ!」


「ちょっ!?」


 そうして体勢を崩したところに、今度は黒ゴブリンの棍棒が振るわれる。慌てて引き戻した剣でそれを防いだが、敵の攻撃もまた予想よりずっと重い……いや、違う。俺の力がそれだけ弱くなっているんだろう。


「マスター!? 何やってるデス!?」


「今助けに行くのじゃ!」


「あーいや、平気だ! 大丈夫だから……本当にヤバそうだったら助けてくれ」


 背後から聞こえた声に、俺はそう声をあげる。心情的には「手を出すな」と言いたいところだったが、たった今無様な醜態を晒したばかりなのに、無駄に強がる意味はねーからな。


「ふぅ、ビビったぜ……それじゃ仕切り直しだ」


「グギャー!」


 ひとつ息を吐いて心身を整えると、俺はあえて受けにまわり、黒ゴブリンの動きを見ていく。そうしてわかるのは、やはり黒ゴブリンが特別に強いわけじゃないということだ。


 対して俺の体の動きは違う。動かすと思ってから実際に体が動くまでにわずかな間があったり、ちょうどよく込めたはずの力が少しだけ足りなかったり、間違いなく弱く鈍くなっている。だが……


(この感じ、懐かしいな)


 探索者になりたての頃、俺はこうしてゴブリン相手にそこそこの苦戦をしながら戦っていた。だがあの頃の俺とは経験が違う。黒塗りの体は筋肉の動きとかがわかりづらく、動きの予想がしづらいのだが、元々挙動の大きいゴブリンなら大した問題ではない。


(見切れる、かわせる、対処できる。ああ、そうか。ちゃんと俺は強くなってたんだな)


 しっかり見れば、相手の動きが読める。多少身体能力が落ちていようが、十分に対応できる。それは今まで俺の中に足りなかった「強さ」の実感だ。前にゴレミやローズが「俺は強くなった」と言ってくれたが、それを今、漸く俺は自分自身の感覚で実感することができた。


「ギャッ! グギャ! ギャフゥ!」


「もうそろそろ十分だ。それじゃ最後は……久しぶりにこいつを使うか。食らえ、歯車スプラッシュ!」


「グギャー!?」


 攻撃の隙を狙い、左手に生みだした歯車を黒ゴブリンの顔に向かって投げつける。すると黒ゴブリンは両手で顔を守るような動作をとり……がら空きになった胴体を、俺の剣がスパッと切り裂いた。


「ギャフ……………………」


「いい練習相手だったぜ? じゃあな」


 小さく笑って剣を収めると、黒ゴブリンが霧になって消えた。ただし今までのダンジョンと違って、そこに魔石は残らない。さっきの出現の仕方もそうだが、やはりここの魔物は特別なようだ。


「お疲れ様デス、マスター」


「最初はハラハラしたが、その後は見事な戦いだったのじゃ!」


「おう、ありがとな二人共。にしても、こんなに感覚が違うとはな……そりゃ上級探索者が嫌がるわけだぜ」


 ねぎらってくれる二人に答えつつ、俺は改めてそう呟く。探索者として二年も活動していない俺ですら、これほどの違和感に襲われたのだ。五年一〇年と研鑽を積んだ人間が同じように弱体化したら、その違和感はとんでもないことになるだろう。


「確かに最初のクルトの動きをみると、かなり違いそうなのじゃ……妾もきちんと動いて確かめた方がよさそうなのじゃ」


「だな。あとローズは、実際に魔法も使ってみた方がいい。それと魔導具の方も試しに使ってみてくれ。いざって時にいつもと同じ感覚で発動させられるかわかんねーからな」


「了解なのじゃ。では少しずつ試していくのじゃ」


「とりあえず移動するデス。入り口の側にずーっといたら、他の人に迷惑がかかっちゃうデス」


「おっと、そうだな。なら移動……うーん?」


 ゴレミのもっともな指摘に、俺は移動を始めようとし……だがそこでしばし考える。幅三メートルの道はまっすぐに続いているのだが、問題はその横だ。


「これ、見えない壁とかがある感じじゃねーのか? うぉぉぉぉ…………」


 道の端まで行って手を伸ばすも、そこには何もない。しゃがみ込んで下に手を伸ばしても、やっぱり何もない。つまりここには落ちないように見えない壁や床があるわけではなく、見た目通りに落っこちるということだ。


「これ、落ちたらどうなるんだ?」


「それは落ちてみないとわからないデス。でもお勧めはしないデス」


「いや、進められても落ちねーけどな」


 視界全てを埋め尽くす真っ暗な闇と輝く光。触れる床がなくなれば自分が落ちているのか登っているのか、止まっているのか動いているのかすらわからなくなりそうな全天の星空に揺蕩うのは一瞬だけ気持ちが良さそうに思えたが、おそらくその一瞬が終わると果てのない絶望しかなさそうなので、やってみようとは思わない。


「てことは、これ立ち回りももっと気をつけねーとなぁ。あるいは魔物を落として倒すってのもありなのか?」


「有効かも知れぬが、大抵の魔物は妾達よりでかくて重いのじゃ。難しそうなのじゃ」


「魔物の種類によってはゴレミなら吹き飛ばせると思うデスけど、それだと倒したことにならないので、マスター達が強くならないデス。先々の事を考えると、ちゃんと倒した方がいいと思うデス」


「ふむ、そうか。なら基本的には見つけた魔物で倒せそうなのは、積極的に戦った方がいいのか?」


「そうデスね。満腹度に余裕があるならサーチアンドデストロイが基本なのデス。レベルを上げて物理で殴るのデス」


「そりゃ俺は魔法使えねーから、剣で斬るしかないんだが……まあいいや。ローズ、どうだ?」


「うむ。既存の魔法もオヤカタ殿にもらった魔導具も、問題なく発動できたのじゃ」


「そっか。そいつはよかった」


 俺の場合体は弱くなっても、知識や経験はそのままだった。だがローズの場合、魔力の制御能力というのが完全な知識と経験だけでなりたつものなのか、それとも弱体化するようなものなのかがわからなかった。


 だが本人が問題なく発動できたというのなら、大丈夫だったんだろう。ホッとする俺に、しかしゴレミが少しだけ微妙な表情を浮かべる。


「何だよゴレミ、何かあるのか?」


「弱体化していないということは、魔物を倒しても成長しないということでもあるのデス。おそらく今後、ローズは急速に魔力が増えて、かつ強力なスキルが使えるようになってくると思うデス。


 でもその時、魔力の制御能力は普通の速度でしか成長しないデス。そうなると増えた魔力と強いスキルを持て余して、まともにスキルが使えなくなることもあり得るのデス」


「あっ、そうか。ここって限界を超えて成長もするんだよな……」


「それは問題なのじゃ。今ですら持て余しているのに、いきなり大幅に魔力が増えたりしたら、確かに持て余してしまうのじゃ」


「てか俺だって、そんな急激に体が動くようになったら、やっぱり上手く制御できねーだろうしなぁ……このダンジョン、思ったよりヤバいな?」


 誰もが弱い状態から始まるものの、中の魔物を倒せば簡単に強くなれ、それに見合う武具なども手に入る。そう考えれば誰でも努力さえすればクリア出来るダンジョンに思えるのだが、実際には違う。


 急激に伸びる能力を十全に生かすことのできる、高い技術や知識。それらを最初から持っているか、あるいは自力で成長させられる才能を持つ者でなければ、簡単に与えられた力に振り回され、自滅すらしかねない。


「流石は大ダンジョン、甘くはねーってか……こりゃやり甲斐があるな」


「うむ! 別に引き返せぬわけでもないし、ゆっくり探索していけばいいのじゃ!」


「生活費がなくならない範囲でデスけどね」


「お前、それ今言うなよ……」


 ゴレミのツッコミに思わず情けない声をあげつつ、俺はまだ入ったばかりのダンジョン探索に思いを馳せるのだった。

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