生まれたての町
「ははは、逸る気持ちはわかるけれど、流石に今日挑むのはやめておいた方がいいだろうね。色々準備もあるだろうし」
「あ、はい。そうですね。すみません」
明らかに他とは違うその様相に興奮している内心を見透かされ、俺は苦笑しながら頭を掻く。確かに通い慣れた<底なし穴>に挑む準備で未知のダンジョンに入るのは迂闊すぎるだろう。
「それじゃまずは、宿泊場所に案内しようか。と言っても天幕が並んでいるだけだがね」
そう言って歩き出すフラム様について、俺達もセントラリアの町を歩き始める。もっとも町とは名ばかりで、現在は大規模な野営地という感じだが。
「ふむ、普通の町とは違う活気があるのじゃ」
「まるでお祭りの準備をしてるときみたいデス!」
「あー、そりゃピッタリの表現だな」
無数の天幕や馬車の間を、荷物を背負った人が忙しなく行き交う様は、正しく今「町を作っている最中」という空気が溢れている。それを楽しみながら進んだ先にあったのは、色とりどり大小様々な天幕が何十と立ち並ぶ一角だ。
「ほら、ここが簡易宿泊所だよ。基本的には個人が持ち込んだ天幕を広げる場所ではあるけれど、君達には我々が使っているものの一つを提供しよう。さ、どうぞ」
そんな中から、フラム様がやや奥まった位置にある大きめの天幕のなかに入っていく。招かれて俺達も入ると、三角に絞られた天幕は天井こそ狭いものの、内部空間は宿の一室ほどの広さがあった。
「狭くて申し訳ないが、三人で利用するとなるとこのくらいが精々でね。場所自体は幾らでもあるんだけど、肝心の天幕を運んでくるのが大変なんだ」
「え? 一方通行とはいえ転移門が使えるんですよね? ならそれでガンガン送ればいいんじゃないですか?」
「そうできれば楽だけど、あれは大量の魔力を消費しているし、何よりこちら側に設置してある目印の魔導具への魔力の供給が追いつかないんだよ。相応に貴重品だから使い潰すわけにもいかないし、馬車で運べるものはできるだけそっちで対応したいのさ」
「おぉ、そんな事情が……なるほど」
「魔力の供給なら、妾が協力するのじゃ! 魔力なら有り余っておるのじゃ!」
納得する俺の横で、ローズがそう言って手を挙げる。しかしそんなローズに、フラム様は柔らかく微笑みながら首を横に振った。
「気持ちはありがたいけれど遠慮しておくよ。あくまでも一般的な魔力量の人間が供給するのが前提となっている装置だからね。こう言っては何だが、もし想定を遙かに超える魔力を流し込んだせいで壊れたりしたら、それこそ直すのにどれだけの手間と時間がかかるかわからない」
「むぅ、そう言われてしまうと仕方ないのじゃ」
「そんな顔をしないでおくれ。なら代わりに水の魔導具に魔力を供給してくれるかい? あっちなら数があるからね」
「水? 近くに川があると聞いたデスけど、魔導具で水を出してるデス?」
首を傾げて問うゴレミに、今度はフラム様が頷く。
「そうだよ。この地で作物……というか植物が育たないのは知っていると思うけれど、その原因がひょっとしたら水にあるかも知れないだろう?
無期懲役の囚人に恩赦を条件に水を飲ませる実験はしているけれど、まだ一ヶ月ほどしか経っていないから、結論なんてとても出せない。民が普通に口にするのは、最低でも一年後……私のような立場になると、あの川の水を口にできるのは一〇年後くらいだろうね」
「うへぇ、そりゃまた気の長い話ですね」
「本当に何もかも外から持ってこねばならぬとは、大変なのじゃ」
「仕方ないさ、安全というのは莫大な手間と数え切れない程の犠牲の上に成り立つものだからね。
でもだからこそ、オーバードが主導できたとも言える。他の国では費用は元より生産力が追いつかなくて、とてもこの地に町など作れなかっただろうさ」
そう言って、フラム様がニヤリと笑う。俺の知らない水面下では、きっと様々な政治的やりとりがなされ、想像もできないような金や利権が動いたりしてるんだろう。俺には一切関係ねーわけだが、それでもその笑みにはちょっとだけ背筋がゾクッとした。
「兄様が悪い顔をしているのじゃ……」
「おいおい、人聞きの悪いことを言わないでおくれよ。私は人類の未来に貢献しつつ、オーバードの利益にも繋がる道を選んだだけさ。たとえ領土にはならずとも、七つしかない大ダンジョンを二つ押さえることには大きな意味がある。
そのうえで君達が<原初の星闇>を攻略してくれれば、更なる影響力が得られるというわけだ。期待しているよ?」
「あはははは……頑張ります」
ポンと肩を叩かれて、俺は乾いた笑い声をあげる。
「では、ここは自由に使ってくれ。一応警備兵が見回ってはいるが、それでも天幕は天幕だから、貴重品は肌身離さずしっかりと持ち歩くこと。それとダンジョンの側には探索者ギルドの簡易出張所があるから、この町でもギルド払いは可能だということを覚えておくと便利だよ。
寝具はそこに。木材が全く足りていないからベッドはないが、寝具の質自体はいいものだから、床に直置きでも寒くはないはずだ。今は二つしかないが……もう一つ追加はいるかな?」
「大丈夫なのデス! ゴレミはマスターとローズの間に挟まって寝るデス!」
「ふふ、そうか。ならそうしてくれたまえ。食事などは外に屋台が出ているから、各自自由に……と、そうだ。依頼の手付けとして、これを渡しておこう」
そう言うと、フラム様が懐から小さな革袋を取り出した。受け取って中を見ると、そこには金色に輝く硬貨……じゃない!?
「え、白金貨!? ちょっ、フラム様、これは!?」
「ひとまずの生活費と準備金だよ。今のセントラリアは大分物価が高いからね。それに明日以降のダンジョン探索のためには準備だって必要だろう? ああ、勿論それは単なる手付金だから、ダンジョンを攻略してくれた暁には、その何百倍でも支払おう」
「なんびゃくばい!?」
「凄いデス、マスター! これで大金持ち確定なのデス! 三段目のクルーンで沼が鳴いているのデス!」
「沼が鳴くとはどういうことなのじゃ?」
「相変わらずゴレミ君はユニークだね。それじゃクルト君、ローザリアのことを頼んだよ。私はさっき転移門から跳ばされてきた場所の側にあった建物にいるから、用があったらそこを訪ねてくれ。
では、また後で」
「あ、はい。どうも……」
思考が白い貨幣で埋まっているなか、俺は半ば反射的に頭を下げる。だがしばらくして我に返ると、まず真っ先に持っていた革袋を革鎧の裏にあるポケットにしまい込んだ。
「はー……やっぱ皇太子様スゲーな。こんな大金ポンと渡してくるのかよ」
「クルトよ、具体的には幾ら貰ったのじゃ?」
「ん? 白金貨一〇枚だから、一〇〇〇万クレドだな」
「ならジャッカルに払った報酬と同じなのデス。一ジャッカルなのデス」
「……そう表現すると大したことない気がするな。いや、完全に錯覚だけども。まあいいや、せっかくもらったんだし、なら忠告通り物価を調べながら必要なものを買っとこうぜ。明日からは早速ダンジョンに潜りたいしな」
「賛成なのじゃ! ふふふ、一体どんなダンジョンじゃろうなぁ。今から楽しみなのじゃ」
「今からのお買い物だって楽しみなのデス! 馬鹿みたいにぼったくられたところから、ローズの身分を明かして相手を土下座させるのデス!」
「いや、そこは最初からぼったくられないようにしろよ……ったく、行くぞ」
「「おー! なのじゃ!」デス!」
全員揃って天幕を出ると、俺はまだ道になりきれていない場所を踏みしめ、生まれたばかりの町を歩いていく。
なお、フラム様の忠告通りの物価の高さを目の当たりにし、俺達が思わず悲鳴をあげることになるのは、それからわずか一〇分後のことであった。





