皇太子様の頼み事
「なんで兄様がこんなところに? まさかまた城で何かあったのじゃ!?」
「ははは、違うよ。可愛い妹の顔を見に来たというのもあるけれど、ちゃんと用事というか、君達に依頼したいことがあってね」
「え、俺達にですか?」
「ああ、そうだ。こんなところで立ち話というのも何だし……君、済まないが部屋を一つ使わせてくれないかい?」
「会議室の利用ですか? えっと、失礼ですがどちら様で……?」
ナチュラルに上から頼まれ、リエラさんが困惑の表情を浮かべる。あー、そうか。そりゃ面識なんてねーよな。
「リエラさん、こちらはローズの兄で、オーバード帝国皇太子様のフラムベルト様です」
「こ、皇太子殿下!?」
「初めまして。妹がいつもお世話になっているようだね」
ビクッと体を震わせたまま固まってしまったリエラさんに、フラム様が優雅に一礼する。すると流石はプロの受付嬢というか、リエラさんはすぐに我を取り戻していつもの営業スマイルを浮かべた。
「あ、い、いえ! 私はただ、自分の職務を全うしているだけですから」
「にしても、君がリエラ君か……手紙だけではわからなかったが、実物はこんな素敵な女性だったとはね。一度振られてしまった身ではあるけれど、どうだい? 改めてゆっくりお話しでも」
「はわわわわ……」
フラム様に近寄られ、リエラさんが珍しく慌てた様子を見せる。くっ、俺の前ではあんな顔したことないのに……これが皇太子パワーなのか!?
「って、手紙? あれ、フラム様とリエラさんって、手紙をやりとりするような関係なんですか?」
初対面ではあるらしいが、互いの存在を知ってもいるらしい。よくわからない関係性に首を傾げると、リエラさんが慌てて捲し立ててくる。
「ち、違いますよ! いえ、確かにお手紙はいただきましたけど、それはクルトさんが想像するようなものじゃなくて、城に勤務しないかというお誘いの手紙でして……」
「なぬ!? リエラ殿は兄様にスカウトされておったのじゃ!?」
「そうだよ。だって彼女がクルト君に『歯車投擲術』を教えたんだろう? だから是非にと頼んだんだけれど、断られてしまったんだ」
「ぬぬぬ、玉の輿を蹴っ飛ばしてマスターの側にいることを選ぶなんて、やはりリエラは侮れないのデス。ハーレムメンバーの最有力候補なのデス」
「そんなものの候補になった記憶はありません! コホン……会議室の使用許可ですね。すぐに確認して参りますので、少々お待ちください」
すまし顔でそう言うと、リエラさんが素早く席を立つ。すると一分もしないうちに戻ってきて、そのまま俺達をギルド内の一室へと案内してくれた。
「こちらになります。一般的な会議室なので、特別な防諜設備などがないことはご留意ください」
「ああ、大丈夫さ。そこまで内緒の話をしたいわけじゃないからね。ありがとう」
「では、ごゆっくりどうぞ」
一礼すると、リエラさんが早足で去っていく。それを最後まで見送ることなく俺達は部屋に入ると、簡素な四角いテーブルの周囲に適当に腰掛けた。
「さて、それじゃ改めて話を……の前に、三人とも活躍を重ねているようだね」
「活躍ですか?」
「ああ。ノースフィールドでは妖精やドワーフなんて、我々からすれば未知の知的種族と接触したようだし、ここエーレンティアでもダンジョンの異変解決に尽力したんだろう? 自覚はないのかも知れないけれど、どちらも十分な活躍だよ?」
「いや、それは色んな偶然が重なった結果で、俺達が何かしたってわけじゃ……てか、妙に詳しいですね?」
やや訝しげな表情を浮かべて問う俺に、フラム様がニヤリと笑う。
「これでも私は、オーバード帝国の皇太子だからね。情報網は色々あるさ。少し前にも穏やかな田舎暮らしをしたいという男に、ちょっとした情報と引き換えに色々援助したけど……ははは、あれは実に有意義な取引だった」
「はぁ……?」
今のはよくわからねーが、こりゃ色々調べられているようだ。まあ知られて困ることもそんなにはねーはずだし、そもそも皇族であるローズが仲間として一緒にいるんだから今更って話でもあるしな。
「ということで、だ。そんな優秀な君達に頼みたいことなんだが……なあクルト君、最近大陸の中央部にダンジョンの入り口が出現したことは知っているかい?」
「そりゃ勿論。こっちでも結構な騒ぎになってましたからね」
「なら話が早い。私から君達にする依頼は、そのダンジョンに入ってもらって……そして可能ならば最奥まで踏破してもらうことだ」
「は!?」
いきなり飛び出したばかでかい目標に、俺は戸惑いをそのまま声にする。
「あの、一応確認させてください。そのダンジョンって、七つ目の大ダンジョンですよね?」
「そうだよ」
「そうだよって……入るだけならともかく、というか入らせてもらえるならむしろ喜んで行きますけど、一番奥までってのはどう考えても無理ですよね?」
最後の一つを除く六つの大ダンジョンは、何百年も前から同じ場所に存在し、数え切れない程の探索者を受け入れてきた。だが未だにその一つとして最奥まで踏破されたことはない。
つまり大ダンジョンの踏破とは、人類史上初めての偉業を達成しろということだ。いつか達成したい夢として語るならともかく、依頼という現実的なところに落とし込めるような難易度ではない。
だというのに、フラム様は楽しげな笑みを浮かべながら首を横に振る。
「いや、そんなことはないさ。出入り口が固定され、安定して探索者が入れるようになったことで、あのダンジョンのことが色々とわかってきたからね。
それを踏まえると、むしろ君達のような者にこそ、あのダンジョンは攻略できると考えたのさ」
「えぇ……?」
「兄様がそう言うからには、その最後の大ダンジョンは普通のダンジョンとはかなり仕様が違うのではないのじゃ?」
「そうデスね。きっと凄く特殊で特別なところだと思うデス!」
ローズはともかく、ゴレミは何処か確信があるような雰囲気でそう言う。ということはゴレミはそこの仕様を知ってそうだが……あえて言わないってことは、言えないとかなんだろうな。ならフラム様から聞けばいいんだが。
「あの、フラム様。もうちょっと詳しく教えてもらうことってできますかね?」
「ははは、当然必要な情報は全部伝えるよ。一番大きな特徴は、ダンジョン内に入ると力が失われることだ。具体的には身体能力やスキルが、『天啓の儀』を受けてスキルを得た直後くらいまで弱体化するらしい」
「なっ!? そんな状態でダンジョンに入ったら秒で死にますよね? 絶対攻略できないじゃないですか!」
「中にいる魔物の強さはどんな感じなのじゃ? それで第一層から強敵が出るとかだったら、本当に攻略不可能なのじゃ」
「ああ、そこは大丈夫だよ。見た目はともかく、魔物の強さは他の大ダンジョンと大して変わらないらしい。ちなみに第一層に出るのは真っ黒なゴブリンだそうだよ」
「黒いゴブリン…………」
「おや、何か思い当たることがあるのかい?」
「ええ、まあ。でも確かに、それなら強さは同じはずですね」
黒い魔物……確か「くらやみのしずく」とやらから生まれる魔物は、見た目こそ真っ黒に染まっているが強さが違ったわけじゃない。だが……
「……そのゴブリン、こっちの戦い方を学んだりしませんでしたか?」
「うん? そういう報告は受けていないが……まさか黒い魔物には、そういう特性があるのかい?」
「可能性の一つとして、ですけど」
「そう、か……それは極めて重要な情報だ。ダンジョンのゴブリンが野生のゴブリンのように知恵を身につけるとなれば、その脅威度は格段にあがる。これは入る探索者の人数を厳格に制限しなければならないか……?」
俺の言葉を受けて、フラム様が真剣な表情で考え混み始める。小さな会議室に流れる空気が、少しだけ重く冷たくなったような気がした。





