終わりと始まり
それからの俺達の日々は、よくも悪くも普通な感じのものだった。
まずは翌日。あらかじめゴレミが言っていた通りに、始まった時と同じく唐突にダンジョンの異変が終了した。<底なし穴>のみならず世界中の全てのダンジョンが元の姿を取り戻したのだ。
これには当然、探索者ギルドのみならずダンジョン関係者全ての間で激震が走った。後で聞いた話によると、緊急で幾人もの識者や研究者、探索者パーティなどが調査に駆り出されたらしい。
が、それから五日後。どれだけ調べても何の異常も発見されず、また異変の最中にダンジョンの調査に派遣されていた探索者パーティが全て帰還し終えたことを受けて、探索者ギルドは遂に「ダンジョンの異変の収束」を宣言した。
その宣言に喜んだ人、悲しんだ人、大損した人など色々いたが、少なくとも俺達は喜んだ。毎回誰とも被らずダンジョンの魔物や宝を独占できるという異変中の仕様を好む声もないわけじゃなかったが、俺達みたいな一般探索者からすると、毎回マッピングし直しによる手間の方がずっとでかいからな。
ということで、立入禁止が解かれると同時に、俺達は改めて<底なし穴>の探索を再開した。どうやら異変前と地形が変わったわけではないようで、完成された地図を片手に進めば、それこそ何の問題も無くスルスル進めてしまう。
特に一一層以降は顕著で、罠の位置や種類までわかっているのだから、対処は容易だ。となれば探索は順調に進み、一月ももする頃には俺達の到達階層は第一三層となった。
ひとまず、ここが今の限界だ。頑張ればもっと潜ることは可能だが、無理して数字を増やす意味は今のところない。しばらくはここで経験を積み、パーティ資金も貯めていこうという方針を固めたわけだが……
「……何か騒がしいな?」
「そうじゃな。何かあったのじゃろうか?」
とある日の朝。いつも通りにやってきた探索者ギルドの内部が騒然としていることに、俺とローズは顔を首を傾げた。行き交う人々は皆早足で、何処か浮き足立っているように思える。
「まさかまたダンジョンに異変……って感じでもねーよな? 何だろ?」
「皆の顔が明るいのじゃ。なら悪いことではなさそうなのじゃ」
「とりあえずリエラに聞いてみたらどうデス?」
「それもそうだな。ならさっさと行くか」
わからないならわかってそうな人に聞く。当たり前の指摘に俺達はそのままギルド内部を進むと、程なくして受付の場所にやってきた。幸いにして待ちの行列などはなかったのでそのまま進むと、リエラさんがいつもの笑顔で挨拶をしてくる。
「おはようございます、クルトさん、ゴレミさん、ローズさん。本日も<底なし穴>の探索ですか?」
「ええ、そのつもりだったんですけど……また何かあったんですか?」
「あ、はい。実は大陸中央部の平原に、大ダンジョンの入り口が出現したんです!」
「へ!?」
その言葉に、俺の頭が一瞬真っ白になる。突然出現する大ダンジョンって、まさか……っ!?
「それはもしや、以前クルトが話していた入り口が出たり消えたりするダンジョンなのじゃ!? 行きたいのじゃ! 妾もそこに行って、本当の意味で大ダンジョンの完全制覇を成し遂げたいのじゃ!」
「待て待て、落ち着けって。リエラさん、大陸中央の平原ってことは、ひょっとしてそこって……」
「はい。『静寂の平原』になります」
「あー……」
「マスター、『静寂の平原』って何デス?」
「あーそうか、ゴレミは知らねーよな。静寂の平原ってのは、その名の通り何にもいねーし、何にもねー場所なんだよ」
大陸中央部に広がる、広大な平原。足の短い草しか生えない広大な土地は一見すると人が住むのに都合が良さそうな場所なのだが、実際にはそこには誰も住んでいない。
というのも、その平原では元から生えている草以外、何も育たないからだ。畑を耕しても作物が実らねーし、花を植えても咲かない。森や林どころか木の一本すら生えていねーし、不気味なほどに澄み切った水の流れる川には苔すら生えないという徹底ぶりだ。
おかげでその平原には、生き物がいない。動物や魔物どころか虫すらいないので、それを餌とする鳥も寄りつかず、一切の生き物の声がない。それでついた名が「静寂の平原」というわけだ。
「原因もわかんねーのに虫一匹いない場所なんて、怖くて誰も住みたがらねーんだろうなぁ。とはいえ通り抜けるくらいはするから、一応旅人が休むようなちょっとした小屋とかなら建ってるらしいけど、町とか村ができたって話は聞いたことねーな」
「なるほど、それは行くのが難しそうなのデス」
「ですね。特に今はダンジョン出現の報が出たことで、腕に覚えのある探索者パーティの幾つかが早速馬車の調達に動き出したみたいです。おかげで普段の何倍もの値がついていて、借りることすら難しいらしいですよ」
「まあ、そうなるよなぁ」
「むぅ……」
苦笑する俺の隣で、ローズが無念そうな顔で唸る。俺だって行けるものなら行きてーところだが、今の俺達には詰めるほどの金もなければ、移動する手段もない。かといって流石に徒歩じゃ辿り着く前にダンジョンが消えちまうだろう。
「まあ今回は仕方ねーって。そのうちまた機会があるさ」
「そうじゃな。残念じゃが諦めるのじゃ。はぁ、ここがオーバードであるなら馬車の一台くらいはどうにかなったと思うのじゃが……」
「仮に馬車が調達できても、行って帰ってくるために必要な物資を調達するのが、今の資金状況だと厳しいのデス。焦りは禁物なのデス」
「そういうこった。じゃあリエラさん、今日も手続きお願いします」
「畏まりました」
気を取り直し、俺達は改めてダンジョンに潜っていく。そうして更に一ヶ月が経ち、二ヶ月が経ち……
「え、まだダンジョンの入り口が消えてないんですか!?」
「はい、そうみたいですね」
行けもしないのに気にし続けるのは精神的によくないだろうと、意図的に情報が入らないようにしていたのだが……ふと「そう言えばどうなったのかな?」と思い出して問うたところ、リエラさんから「まだダンジョンの入り口が消えていない」という衝撃の情報を伝えられた。
驚きを露わにする俺に、リエラさんが更に言葉を続ける。
「ギルドの方でも色々調査しているんですが、どうも今回の入り口は、今までと違って非常に安定しているようなんです。専門的なことは私にもわかりませんけど、この様子なら他の大ダンジョンと同じで、今後はずっとあの場所に存在し続けるんじゃなかって話ですよ。
おかげであそこに新たな町を作ろうかなんて計画も出てるんです。実際既に多数の探索者パーティが野営をしている影響で、簡易的な屋台なんかが沢山ありますしね」
「へー、そんなことに……」
「町ができるなら、いずれは駅馬車や転移門だってできるかも知れぬのじゃ! そうなれば妾達もそこに行けるのじゃ!」
「おいおいローズ、馬車はともかく転移門は無理だぞ? あれはそもそも俺達が気軽に使えるようなもんじゃねーんだし」
「ぬあっ!? そうだったのじゃ。すっかり感覚が麻痺しておったのじゃ」
「はは、気持ちはわかるけどな」
今まで何度も使ってきたが、転移門は一般人である俺達が移動手段で使えるような代物じゃない。また何か妙なことに巻き込まれでもしなければ、仮に設置されたとしても俺達とは一生無縁の存在だろう。
「なら馬車の旅に備えて尻を鍛えておくのじゃ! 長旅は尻の痛みとの戦いなのじゃ!」
「尻って……ちなみにどうやって鍛えるんだ?」
「うむん? それはこう……あえて尻餅をつくとかじゃろうか?」
「それならゴレミがペチッと叩いた方がよさそうなのデス。ローズのお尻を立派に育て上げてみせるのデス!」
「うぐっ、それは痛そうじゃが、効きそうなのじゃ。ならこれからは毎晩、宿の部屋でゴレミに尻を叩いてもらうのじゃ」
「いや、やめろよ? マジでやめろよ?」
夜な夜な隣の部屋からペチーンペチーンと尻を叩く音が聞こえるとか、色んな意味でヤバすぎる。そんな目に遭うくらいなら、俺の個人資金から尻に優しいクッションとかを買った方がよほどいい。
「フフ、その必要はないよ」
と、そこで不意に誰かが声をかけてきた。振り向いた先にいたのは、地味なデザインなのにやたらと目立つ、金髪の貴公子。
「フラム兄様!?」
「久しぶりだね、ローザリア」
驚きの声をあげる妹に、フラム様が優雅な笑みを浮かべて答えた。





