みんな一緒
「あー、楽しかったデス!」
「うむうむ、大満足なのじゃ!」
「とはいえ、ちょいと楽しみ過ぎたけどな」
ディンギ魔法商店を満喫して店を出ると、外は既に濃い夕焼け空だった。最初はコートを置いたらすぐ帰るつもりだったんだが、思いのほか長居してしまったらしい。
「マスター、ここはまた来たいデス! まだまだ見てない商品も沢山あるのデス!」
「そうじゃな。とはいえたまには売り上げに貢献せねば、ただの迷惑客になってしまうのじゃ。そのためにも沢山金を稼がねばならぬのじゃ!」
「目指せ常連か? ま、何とかなるだろ。とりあえず当座の生活費はどうにかなったからな」
「あ、そうデス。マスター、結局コートは幾らで売れたデス?」
「いや、お前達もすぐ側にいたじゃねーか……三〇〇万クレドだよ」
「ぬぅ!? 妾の聞き間違いかと思っていたのじゃが、本当に三〇〇万クレドで売れたのじゃ?」
「買値と同じ値段で売れるのは流石に不自然だと思うデスけど……マスターまさか、裏でこっそりゴレミのセクシーショットを魔石に登録するのと引き換えに高額買い取りを要求したりしたデス?」
「何だよその誰も得しない裏取引……そうじゃなくて、ほら、あれってこの辺じゃ手に入らない魔物の素材だって話だったろ? 希少性があるから、バラしてバックに仕立て直して金持ちに売ったら十分利益が出るんだってさ」
「ほー、流石はやり手の商人なのじゃ。商魂たくましいのじゃ」
「そういうことなら納得なのデス。それにそれだけあれば、しばらくは生活費を心配しなくてすむのデス」
「だな」
フラム様から一億クレドもらったり、ジャッカルに報酬として一〇〇〇万クレドをポンと支払ったりしているので金銭感覚が狂いそうだが、三〇〇万クレドは普通に大金だ。
今の俺達が……そうだな、例えば通常に戻った<底なし穴>の一〇層辺りで稼ぐとすると、日に一〇万クレドくらいは安定して稼げるだろう。
つまり一ヶ月休まずダンジョンに潜り続ければ稼げる額となるが、実際にはそこから食費や宿代、装備の手入れなんかの諸経費を抜く必要があるので、手持ちに三〇〇万クレドの資金ができるにはもっとずっと時間がかかる。個人の資金で言うなら、そこから更にパーティ人数で頭割りするんだから尚更だ。
それでも同世代で普通に仕事をしている奴らに比べれば圧倒的な稼ぎだが……まあこっちは命をかけてるわけだからな。常に死の危険がつきまとうことと引き換えの大金なので、どっちがいいかは人それぞれだろう。
それに稼ぎだけで考えたらでかくても、その分使う金もエグいからな。そもそも売ったあのコート自体がダンジョンの攻略に必要なもので、三〇〇万クレドだったわけだし。
「てわけだから、好きに散財できるほどの余裕はねーけど、ちょっと美味いものを食ってそこそこの宿に泊まるくらいは問題ない。
それに明日からはダンジョンも元に戻るんだろ? ギルドが確認するまで何日かは立入禁止になるかも知れねーけど、その後は普通に戻るだろうから、そうしたら俺達も活動再開だ。ガンガン潜ってガンガン稼いでいこうぜ」
「それで更にいい装備を揃えて、もっと潜ってもっと稼げるようになるデス?」
「目指すは最奥、夢のダンジョン制覇じゃな!」
「おうよ! 歴史に名を残そうぜ!」
冗談めかしてそんなことをいいながら、俺達は通りを歩いて行く。途中でよくいく食堂の前を通りかかると、俺達はいつも通りに夕食を買い込んで宿へと戻った。
「はー、今日も一日よく活動したな。んじゃ飯にしようぜ」
「わかったのじゃ。にしても、今日はいつもより多めに買ったのじゃな? 確かにお腹はいい具合に空いておるが、それでも多い気がするのじゃ」
「おいおいローズ、何言ってんだ? そんなのみんなで食うからに決まってんだろ?」
言って、俺はゴレミの前にも買い込んだ料理を置く。するとゴレミはビックリしたような顔で俺の方を見た。
「え、ゴレミの分もあるデス?」
「そりゃあるだろ。食う必要がなかったとしても、食えるなら一緒に食った方がいいだろうし。それと……ほれ」
更に俺は、鞄からディンギ魔法商店で買ったものを取り出し、ゴレミとローズに渡す。
「これはスプーンなのじゃ? でも先っちょが割れてギザギザになっておるのじゃ」
「持ち手のところに歯車がくっついてるのデス!」
「ああ。臨時収入があったからさ、せっかくだから揃いで買ってみたんだ。なかなかいいだろ?」
持ち手の部分に空いた穴に通した紐と、その先にくっつけた小さな歯車は俺がディンギさんに頼んだものだ。本当は俺の<歯車>スキルで出したものをくっつけられればよかったんだが、それだと能力を解除すると消えちまうからな。
「三人でお揃いなのじゃ! これは気分が盛り上がるのじゃ!」
「ははは、喜んでもらえたならよかった。あとそれ、魔力を流すと水が滲み出るから気をつけろよ。食い終わった後に洗うための機能だけど、食ってる間にうっかり発動すると料理の味が薄くなっちまうだろうからな」
「む、それは気をつけるのじゃ。妾の魔力でやったら、それこそびちゃびちゃになってしまいそうなのじゃ」
「そりゃ大変だ、気をつけろよ。んじゃゴレミ、もう時間は大丈夫だろうし、そろそろ変身……ゴレミ?」
と、そこで俺が視線を向けると、ゴレミがスプーンをガッシリ掴んだ手を胸に当てたまま俯いているのに気づいた。声をかける俺に、ゴレミがそのままの姿勢で首を横に振る。
「ごめんなさいデス、ちょっと待って欲しいデス」
「待つのはいいけど……どうかしたか? あ、ひょっとして気に入らなかったとか? それとも勝手に金を使ったから、怒ってるとかか? それならちゃんと、後で俺の個人の稼ぎから払うぞ?」
「そんなのじゃないのデス! そうじゃなくて……あんまりにも嬉しすぎて、今変身したら、きっとゴレミは泣いてしまうのデス」
「お、おぅ……何だよ、大げさだな。一緒に飯を食えるようになったから、なら揃いの食器があってもいいかなって、その程度のもんだぞ?」
「そうデスけど、そうじゃないデス。マスターがその程度……大したことのない、ごく当たり前のこととしてそう考えてくれたことが、とてもとても嬉しいのデス。
このスプーンも、ゴレミの宝物にするのデス。マスターといると、どんどん宝物が増えて大変なのデス」
俯きながらも小さく笑い、ゴレミの手が自分の頭に伸びる。あれほど激しかったダンジョンでの戦闘を経ても、ゴレミの頭には未だ俺の贈ったリボンが、ほつれのひとつもなくくっついている。
まさかマジで「不壊」だったりしねーよな? いやいや、それは流石に……変身するときは消えてるし、どういう扱いなのか今ひとつ不明だ。まあ無事なんだから別にそれでいいんだが。
「ははは、そりゃ悪かったな。だが残念、俺と一緒にいるなら、これからもどんどん色んなもんが増えていくと思うぞ?」
生きて時間を重ねれば、物も思い出も増えていく。自分にだけ価値のわかるガラクタが、きっとこれからもズンズン積み重なっていくのだ。
「ふふふ、それは楽しみなのデス。いずれはマスター記念館を建てて、入場料で一儲けするのデス!」
「誰が見に来るんだよそれ……ほら、もういいか?」
「はいデス! 料理が冷める前に、一緒に食べるデス!」
「おう! んじゃいくぞ……<歯車連結>、<心核解放>!」
瞬間、ゴレミの体が石から人間に変わる。いや、これもまたゴーレムらしいから、人っぽくなったとでも言えばいいのか? ま、細かいことはどうでもいいか。
「それじゃ食おうぜ。せーの!」
「「「いただきます!」」」
声を揃えてそう宣言し、揃いのスプーンを料理に突き立てる。こうして俺達の笑顔の一日は、飯に始まり飯に終わっていくのだった。





