査定の正当性
「ほーら、どうデス? ゴレミもふわもこなのデス!」
「可愛いのじゃ! 持って帰りたいのじゃ!」
「うんうん、スゲー似合ってるぞ」
全身を白いモコモコの毛皮服で包んだゴレミに、俺とローズが賞賛を送る。暑さも寒さも感じないゴレミは基本いつもメイド服なだけに、これは実に新鮮な感じだ。
「ふっふっふ、これがゴレミのポテンシャルなのデス! ちゃんとお洒落をすればとびきり美少女大作戦なのデス!」
「一体何処に大作戦要素が……?」
「それはここからなのデス! いくデスよ……えいっ!」
その場でゴレミがクルリと回り……しかし何も変わらない。
「ちょっ!? ヨーコ、お願いした通りにして欲しいデス!」
「え、本当にやるんですか?」
「そうデス! もう一回行くデスよ。せーの……えいっ!」
困惑するヨーコさんに念押ししてから、ゴレミがもう一度回転する。すると鏡のなかのゴレミから服が消え、代わりにその体を細い紐が縛っていた。
「セクシー紐ランジェリーなのデス! どうデスかマスター? ゴレミの貴重なサービスシーンデスよ?」
「どうって言われても……運ぶのに紐をかけられた石像にしか……」
「ウギャー! 酷いデス! せっかく勇気を出したのに、引っ越しの荷物と同じ扱いなんてあんまりなのデス!」
俺の渋い反応に、ゴレミが叫び声をあげる。だが石像に紐が結んであったら、ああ、運ぶんだなとしか思えない。これならむしろ服を着たままの状態で紐を結んだ方が……いや、言うまい。
「もう一回デス! やり直しを要求するデス! 今度はもっときわどいのがいいデス!」
「申し訳ありませんが、あれよりきわどい服はちょっと登録されてないですね。むしろなんであんなのが登録されてたのか、あとで店長に聞いてみようかと思っているくらいで……」
「そろそろ妾もまたやりたいのじゃ! あ、いや、紐下着が着たいわけではないのじゃ! 普通の服の方なのじゃ!」
「お待たせ致しました」
わいのわいのと女性陣が騒ぐなか、通路の奥からディンギさんがやってきた。ゴレミ達の様子に一瞬だけ視線を向けると、すぐに小さく笑って俺に話しかけてきた。
「当店の品を随分と楽しんでいただけているようですね」
「ははは、すみません騒がしくて」
「構いませんよ。ここ最近はダンジョンの異変のせいで魔導具は軒並み値があがってしまっていて、あまりお客さんも来られませんしね」
「あ、そうなんですか?」
「ええ、大手の工房がとある魔導具の量産にかかりきりのようで、一般的な部品が不足しがちなんですよ。まあうちはそっちには関わらないと決めておりますので、大きな問題はありませんが」
そう言って、ディンギさんがニヤリと笑う。どうやら俺の伝えたことは、ちゃんとヨーギさんを経由して伝わっているらしい。
「と、話が逸れてしまいましたね。コートの査定の方なんですが……三〇〇万クレドでどうでしょうか?」
「三〇〇万!?」
何気なくディンギさんから提示された金額に、俺は思わず声をあげる。
三〇〇万クレドは、俺がコートを買ったときの金額だ。今回は中古、しかも傷物を売るということで、三分の一の一〇〇万クレドになれば上々、そこまではいかずとも、できれば五〇万くれどくらいになってくれれば……というのが元の想定だった。
だというのに、まさかの購入金額と同じ買取額。驚きで目を見開く俺に、ディンギさんが苦笑しながら話を続ける。
「いやはや、己の未熟を晒すようでお恥ずかしいのですが、きちんと鑑定したところあのコートの素材はかなりいい物が使われているようですね。おまけに先ほども説明させていただいた通り、この辺では手に入らない素材ですので、希少価値も十分。
それに下手に魔法付与などがされていないのもいい。おかげで無駄な手間をかけることなく革製品として仕立て直しができますからね。穴の空いた部分は切り取って捨てるにしても、元がコートですから結構な量がありますので、二つ三つ毛皮のバッグを仕立て上げれば、裕福なご婦人にきっとご満足いただける品にできるだろうと判断しまして、こちらの値をつけさせていただきました」
「バッグに仕立て直し……はー…………」
改めて、商売人というのは凄いと思った。まさか中古のコートをバッグに仕立て直すなんて、俺には発想すら浮かばない。でもそうか、この地で毛皮のコートを着る人はいなくても、毛皮のバッグなら需要もあるってわけか。
「それで、どうでしょうか?」
「あ、はい。じゃあそれでお願いします」
ヨーギさんの紹介客である俺を相手にぼったくるなんてことはしないだろうということで、俺はあっさりとその査定額を受け入れた。というかそもそも、傷物の中古品を買値と同じ値段で買い取ってくれた時点で文句などあろうはずもない。
「ありがとうございます。ではお支払いの方はどうしましょうか? 貨幣か、それとも探索者ギルドの方に保管庫をお持ちでしたら、そちらに届けることもできますが」
「あ、それならそっちに……いや、二五〇万クレドを保管庫の方に送ってもらって、残りの五〇万を貨幣でもらうことってできます?」
「勿論です。では探索証をお借りしても宜しいですか?」
「はい、これです」
「ありがとうございます。では少々お待ちください」
俺の差し出した探索証を受け取ると、ディンギさんが再び店の奥に戻っていく。俺がディンギさんと話していたせいかゴレミやローズ達はそっちで勝手に盛り上がっているようで……こうなると手持ち無沙汰だな。
「おーい、俺はちょっとその辺を見てくるから」
「わかったのじゃー!」
「ゴレミ達もすぐに行くデスー!」
二人に一声かけてから、俺は一人で店内をブラブラし始める。この辺は玩具、か? ちっちゃい四角が沢山くっついた四角の何か飾られており、いかにも触れて欲しそうな中央の四角をつついたら、その周囲のちっちゃい四角がカシャカシャと勝手に動いて色んな色が混じっていく。
え、これは大丈夫なやつなのか? こういう仕様……なんだよな? わからん、何もわからん。解説役のヨーコさんもゴレミ達と一緒なので、俺はただ今ので壊れていないことを祈るばかりだ。
「玩具系は駄目だな、動きがわかんねーから迂闊に触れん。となると次は……ん?」
更にフラフラして目に付いたのは、食器などが並んでいる棚。そのうちの一つ、青い金属製のフォーク……スプーン? スプーンなんだけど先の部分がギザギザになっていて軽くフォークっぽくなっている食器に目が行く。
「何だこれ? あー、スプーンだけど刺せるってことか? 持ち手のところにちっちゃい穴が空いてるのは、ここに紐でも通して持ち運ぶ……とか? 便利っぽいけど……うげっ、五万クレド!?」
謎のフォークスプーンについていた値札に、俺は慌てて手を引っ込める。嘘だろ、何でこんなに高いんだよ!? それともまさか、金属製の食器ってのはみんなこんな高いのか?
「うーん、食器なんて自分で買ったことねーしなぁ……でも流石に五万クレドは……」
「おや、そちらが気になられますか?」
と、そこで再び俺に声をかけてくる人が。振り向けばそこにはニコニコ笑顔で立つディンギさんがいる。
「お待たせ致しました。お借りした探索証と、こちらが五〇万クレドになります。ご確認ください」
「ありがとうございます」
まずは探索証を鞄にしまうと、次はずっしりと重い革袋……しっかりした作りの袋で、これ自体が三、四〇〇〇クレドくらいしそう……を受け取り中身を確認する。詰まった金貨はきっちり五〇枚、間違いなく五〇万クレドだ。
「はい、間違いなく」
「残りの二五〇万クレドは振り込み手続きをしておきましたので、数日中には払い込まれると思います。そちらも後ほどご確認ください。
で、そちらの商品ですが、勿論その値段がついているのは魔導具だからです。うちはあくまで『魔法商店』ですからね」
「あはは、ですよね……ちなみにこれ、どんな機能があるんですか?」
「そちらは握って魔力を流すと、スプーン本体からじんわりと水が染み出るという付与がしてあります。わざわざ水を使わなくても使い終わったらその場で簡単に洗浄できるので、旅商人や連絡馬車の御者さんなんかに人気のある品ですね」
「へー、そうなんですか」
つまり何処でも簡単に洗えて、常に清潔に使える食器ってことか。まあ俺達みたいな探索者だと、素手で持って食べられる携帯食がほとんどだから、そう使うことはないだろうが……ふむ。
「あの、ディンギさん。ちょっといいですか? これに――」





