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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第八章 歯車男と大異変

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失敗が成功のもと

「あ、そろそろ時間みたいなのデス」


「もうか!? はえーなぁ」


 時の流れは平等だが、その感じ方は千差万別。戦闘中……とりわけ自分がピンチの時とかだと絶望的に長い五分という時間も、こうして楽しく飯を食っていればあっという間だ。


 体が光り始めたゴレミを前に、俺はそんな事を呟きつつ席を立つ。そうして柄だけの状態の剣をゴレミの腹に押し当てて捻ると、ピカッと光ったゴレミが再び元の石の体になった。


「ふぅ、サービスタイム終了なのデス」


「これで次に変身できるのは、最短でも八時間後だったか?」


「そうデスね。それ以前でも無理すれば変身できるデスけど、その分継続時間が短くなるデス。たとえマスターが今すぐ歯車を回しまくって魔力を補充してくれたとしても、今すぐ変身したりしたら一秒と持たず強制的に元に戻っちゃうと思うデス」


「で、そうなると俺の『施錠』が間に合わずに戻された時と同じく、完全に機能停止しちまうわけか……切り札には違いねーけど、やっぱり切り所は相当見極めねーとだな」


 機能停止とは、ゴレミの意識が完全に眠りについてしまうということだ。下手な場所でそうなってしまえば、重いゴレミの体を運ぶために移動能力に大きな制限を受けることになる。


 それに何より、ゴレミにかかる負荷がどの程度かが想像もできない。ゴレミ自身は「数日マスターに会えなくなるのは寂しいデスけど、どうってことないのデス」と笑って言っていたが、人間で言えば強制的に気絶させられるようなものだ。それが「どうってことない」はずがない。


 なので迂闊に試してみることすら憚られる。俺にできるのはそんな間抜けな選択を選ばされるような失敗をしない立ち回りを、これからも全力で頑張ることだけだろう。


 ということで濃密だからこそ一瞬だった食事会を終えると、俺達は調理場を貸してくれた宿の人にお礼を言いつつささっと後片付けを済ませてから、宿を出る。次に向かう先は……ヨーギさんのお店である。


「こんちはー! ヨーギさん、いますかー?」


「あいよー、ってアンタらかい! ほら、こっちにきて座りな!」


「はい、お邪魔します」


 そこまで通ってるわけでもねーはずなんだが、すっかり常連みたいな扱いで奥に通され、俺達が座って待っているとヨーギさんがお茶を持ってやってくる。


「ほら、飲みな。で、今日来たってことは、依頼の話かい?」


「はい、それなんですけど……実は失敗しちゃいまして」


「失敗? それは五層まで辿り着けなかったってことかい?」


「いえ、行くのは行けたんですよ。でもそれらしいものが見つけられなかったというか……」


 実際には転移罠に嵌まって死にかけていたのだが、それはあくまでこっちの都合だ。なので聞かれない限りは、こっちから言うつもりはない。その上で依頼失敗のペナルティは甘んじて受けるつもりだったのだが、ヨーギさんはさして気にする様子もなく平然とお茶をすすってから言葉を続ける。


「ああ、そうなのかい。そいつは残念だったねぇ」


「あれ? 怒らないんですか? 前金代わりに魔導具を受け取ってる手前、てっきり……」


「カカカ、当たり前だろう? そもそも運がよかったら手に入るかもって代物だったんだから、むしろ失敗するのが当然じゃないか! ギルドを介して正式な依頼にしたわけでもないのに、そんなことで子供に当たり散らすほど耄碌したつもりはないよ」


「流石はヨーギのオババなのデス! 人間ができてるのデス!」


「カッ、こんな年寄り褒めたって、何も出やしないよ……褒めてるんだよね?」


「勿論なのデス! 尊敬の眼差しなのデス! キラッ!」


「胡散臭いねぇ、小遣いをねだる孫娘と同じ顔つきだよ」


 そう言いながらも、ヨーギさんの目は優しい。ていうか、孫娘がいるのか。いや、ヨーギさんの実年齢を考えれば全然普通だけど、下手したら孫娘の方が年上に見えるんじゃ……


「アンタ今、ろくでもないこと考えてないかい?」


「いやぁ、まったく!?」


 ジロリと睨まれ、俺はシュッと背筋を伸ばして激しく頭を振る。やはり年の功は侮れない……うぉぅ、また睨まれた!? くっ、もう何も考えねーぞ……


「でも、そうかい。アンタ達でも手に入れられなかったか……なら前にマギニウムを手に入れた奴らは、相当に運がよかったんだろうねぇ」


「ですね。俺達が手に入れられたのなんて、この程度のものですよ」


 そう言いながら、俺は鞄に手を突っ込み、ぶっ壊された扉から外れた取っ手を取り出す。するとヨーギさんが興味深そうにそれを見てきた。


「ん? 何だいそりゃ?」


「五層にあった扉から外れた取っ手です。単なるガラクタですよ」


「……ちょっと見てもいいかい?」


「? ええ、どうぞ」


 そう言って俺が取っ手をヨーギさんの方に差し出すと、それを手にしたヨーギさんが目を細めてじっくりと観察し始める。そうして一分ほど待つと、ヨーギさんが徐に口を開いた。


「驚いた、こりゃマギニウム製じゃないか! しかもおそらく、かなりの高純度だ!」


「へ!?」


「いやー、大したもんだよ! この量のマギニウムを精錬しようと思ったら、下手すりゃ背負い籠一杯分くらいは鉱石が必要だからね!


 何だい、失敗したとか言っておいて、こっちの予想を超えるものを持ってくるとか、さては報酬の吊り上げが狙いかい?」


「いやいや、そんなつもりは!? え、ど、どういうことだ!?」


「あー、そう言えば、ダンジョンにある金属製の物品は、大抵マギニウム製なのデス」


「は!?」


 ゴレミのその言葉に、俺は思わず間抜けな声をあげてしまった。次の瞬間にはゴレミの腕をグイッと引っ張り、鼻がくっつきそうな距離にある顔に小声で話しかける。


「ちょっ、マスター、近いデス! ゴレミに発情しちゃったデスか?」


(馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! それより何でそんな重要な事言わなかったんだよ!)


(…………言える範囲で答えるデスけど、ゴレミ達が探していたお宝(・・)は、あれじゃないのデス。というか、そもそもダンジョンの扉は普通の手段じゃ壊れないのデス。だからあれでいいとは思わなかったのデス)


「あー…………」


 小声でのやりとりに、俺の頭の中で思考が流れていく。なるほどつまり、五層にはあの扉じゃなく、ちゃんとしたマギニウムがあったのだろう。


 それに加えて、ダンジョンの扉が普通は壊れない、壊せないというのもわかっている。もし力尽くで突破できるなら、扉を開く消耗品の「万能鍵」とやらに高い値がつくわけがねーからな。


 なので、あの取っ手は俺達の探していたもの……つまりヨーギさんと約束した「お宝」ではないとゴレミが判断したのは、極めてまっとうな思考だ。だが壊れないはずの扉をボッコボコに壊した「誰か」がいて、俺がたまたま壊れかけの扉から取っ手を拾い上げたことで、偶然にも依頼の条件を達成してしまったと……うむ、実に幸運であり、理不尽でもあるな。


「で、これはアタシがもらってもいいのかい?」


「あー、ははは……ど、どうぞ」


 もの凄く喜んでいるヨーギさんを前に、今更「それは違います」とは言えない。というか、言う意味もない。俺がマギニウムの取っ手を持っていたところで売って金に換えるくらいだし、それならヨーギさんに渡しても同じだからな。


「そうかいそうかい! カカカ、こいつはいいものをもらっちまったねぇ! でもそうなると、アタシの昔の失敗作くらいじゃ釣り合いがとれないか。追加報酬はどうすればいいかねぇ」


「あ、それなら俺のコートの補修をお願いしてもいいですかね? 毛皮に血が染み込んじゃったせいか普通に洗ったんじゃ全然落ちないのと、あとちょっと大きめの穴が空いちゃったんで……」


 俺が今着ているコートには、肩のところに大穴が空いているばかりか、黒く変色した血がしっかりと染みてしまっている。探索者が大量にいるエーレンティアだから気にされないが、普通の小さな町や村なら衛兵に通報されかねない格好だ。


「あー、確かにそりゃちゃんと手を入れてやらないとどうしようもないね。なら息子に話を通しとくから、そっちに持っていきな。アタシは鍛冶師だからね、鎧ならともかく服を直すのは無理さね」


「わかりました。それじゃ後で持っていきますね」


「そうしな。あ、そうだ。せっかくなら、あの失敗作の使い心地も聞いておこうかねぇ? というか、本当にあれがまともに使えたのかい?」


「うむ、妾ならば問題なく使えたのじゃ!」


 話題が変わり、今度はローズがマギロケーターの使用感などをヨーギさんに伝えていく。思わぬ幸運により失敗が成功に転じたことで、賑やかな休日はまだもうしばらく続くようだ。

※タイトルは誤字ではありません(笑)

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