それぞれの限界
後半に少しだけ三人称の部分があります。ご注意ください。
「うぉぉぉぉぉ!? スゲーじゃねーかゴレミ!」
「ふっふっふ、どうデスかマスター? これがゴレミの真の力……あ、あれ?」
興奮して声をあげる俺に、ゴレミがドヤ顔でピースを決め……しかし次の瞬間、ゴレミの体が淡い光を放ち始める。
「あっ、あっ、ヤバいデス! 活動限界なのデス!」
「限界!? おいゴレミ、大丈夫なのか!?」
「大丈夫じゃないデス! マスター、『鍵』を!」
「鍵……? あ、それか!」
一瞬言葉の意味がわからなかったが、さっきゴレミと繋がっていたせいか、すぐに頭の中にイメージが浮かぶ。慌てて近くの床をみると、すぐ側に柄だけとなった俺の剣が転がっていた。
俺は素早くそれを拾い上げると、ゴレミの腹に押し当てる。
「いくぞゴレミ! <歯車連結>!」
俺と剣の柄と、ゴレミ。その全てがガッシリと繋がった手応えを感じ、俺は柄を持つ手を時計回りに回していく。そうして九〇度回したところで回転が止まり、そのまま力任せに剣を引き抜くと……
ピカッ! プシュー!
「うおっと!? 大丈夫か、ゴレミ?」
「へへへ……魔力がスッカラカンなのデス。ちょっと寝るデス…………」
「おう、ゆっくり休め」
やっぱり理屈はこれっぽっちもわからねーが、光の後に現れたのは、きちんと手や足もくっついて傷一つない元のゴレミの体。よろけて倒れ込んでくるその体をしっかりと抱き留めて壁際に座らせると、間髪入れず今度は苦しげなローズの声が聞こえてきた。
「うぇぇぇぇ…………」
「ローズもか!? どうした!?」
「す、すまぬのじゃ。何かいい感じの空気じゃったから言い出せなかったのじゃが、妾も魔力が限界まで搾り取られて、もの凄く気持ち悪いのじゃ……」
「お、おぅ、そうか。そりゃそうだよな」
四つん這いになって項垂れるローズの背中をさすりながら、俺はそう同意する。詳細は何もわからねーが、あんな凄い魔法……それとも魔導具か? とにかくあんなのを発動させたのだから、そりゃ莫大な魔力を消費したんだろう。
「あ、これは駄目なのじゃ。もう意識が……クルト、済まぬが頼むのじゃ」
「わかった、俺がどうにかするから安心して寝とけ」
「むぅ…………」
俺の言葉に気が抜けたのか、ローズががっくりとその場に崩れ落ちる。怪我しないように抱き留めると、火照った体の熱さと流した汗の冷たさの両方が伝わってくる。
「こりゃこのままって訳にもいかねーな。でも休ませるって言っても……あ、そうだ!」
しばし考え、俺が最初に飛ばされてきた部屋に戻るのが良さそうだと思いついた。幸いにして俺の流した血の跡があるので、これを辿れば部屋の前まで戻れるはずだ。となると……
「なあ、ジャッカル…………さん? あんたが何でここにいるのか知らねーけど、ちょっと手伝ってくれねーか?」
「お、俺!?」
通路の影、俺達から少し離れたとこでボーッと突っ立っていたジャッカルに声をかけると、もの凄く驚いたようにジャッカルがビクッと体を震わせる。
「ああ、あんただ。少し行ったところに休めそうな場所があってさ。俺がゴレミを背負うから、あんたはローズを頼めねーか? 勿論礼はするぜ」
「い、いや! 別にそんなのはいらねーよ! わかった、俺はお前に着いていけばいいんだな?」
「? ああ、そうだ。頼む」
妙に物わかりのいいジャッカルにローズを任せ、俺は動かなくなったゴレミを引きずって通路を進む。本当なら背負うとかできりゃいいんだが、流石にゴレミは重すぎて無理だ。
「ふぅ、ふぅ……はは、もしゴレミに意識があったら、『マスターは乙女の扱いがなってないのデス』とか怒られそうだな」
「あはははは……そりゃあ面白いですね」
「…………?」
「っ…………」
俺の独り言に、ジャッカルが妙に丁寧な感じで反応する。その違和感がもの凄くて俺が怪訝な目を向けると、ジャッカルが素早く顔を逸らす。
いや、マジでなんだこれ? 訳がわかんねーことが多すぎるが、とにかく全ては最低限の安全が確保できてからだ。幸いにして途中で別の魔物に遭うこともなく、俺達は例のパンと水の箱がある小部屋に辿り着くことができた。地に濡れているとはいえ固い床よりはいいだろうと俺がコートを脱いで敷くと、その上にゴレミとローズを寝かせる。
「あとは……魔力切れだって言ってたし、やっとくか」
「っ!? おま、何やって…………」
俺は手の中に歯車を生みだし、ゴレミのスカートに頭を突っ込んで臍のところのくぼみに嵌め込む。そうしてからクルクルと回してみたものの、ゴレミが目覚める様子はない。
「これでよしっと。ん? 何だ?」
「…………・いや、何でもない」
「? そうか?」
またもジャッカルに顔を逸らされ、俺は首を傾げる。何だこの反応……あー駄目だ、俺の方もあんまり頭が回らねぇ。
それでもこれだけは今聞かないと駄目だろう。俺は物理的にも意識的にもフラフラする頭に気合いを入れ、ジャッカルに問いかける。
「なあ、ジャッカル。何であんたがここにいるんだ?」
「ん? ああ、俺は姫さん達に雇われたんだよ。お前……いや、その、クルトさんを助けたいって言われてな」
「そ、そうなのか。そりゃ……ありがとな。あ、いや、ありがとうございます」
「いい! いいって! 気にするな! 俺のことは何も気にしなくていい! 俺はただ金で雇われただけだ。それ以上でもそれ以下でもねーから、俺のことは空気みたいな感じで扱ってくれりゃいい! いいだろ? な? な!?」
「おぉぅ!? そりゃ俺としてはそっちの方が助かるけど……」
「そうか! そりゃよかった! じゃあお互いそんな感じでいこうぜ! へへへ……」
「……………………」
妙に謙ったというか、怯えているようにすら見えるジャッカルの態度に、俺は内心でひたすら首を傾げる。やっぱりおかしい。おかしいんだが……駄目だ、もう本当に頭が回らない。
「なあおい、お前も調子が悪いんだろ? 見張りは俺がやっとくから、お前も寝とけ」
「いや、それは……」
「いいから! な?」
「…………わかった。じゃあ悪いけど、頼む」
「おう、任せとけ!」
正直不安はあったが、引きつった笑顔を浮かべたままドンと胸を叩くジャッカルの姿に、俺の体から力が抜けていくのを感じる。
願わくば、身ぐるみ剥がれて捨てられていませんように。そんな思いを胸に抱きながら、俺はゴレミ達の隣に寝転んで意識を沈めていった。
「…………寝たか」
そうしてクルトが眠りに落ちたことを確認すると、ジャッカルは漸く胸を撫で下ろす。当然ながら、寝込みを襲おうなどという気は微塵もない。
(あーくそ、何だよこれ!? 俺は一体何に巻き込まれたんだ!?)
どいつもこいつも死にかけで、いつでも自分だけは逃げ出せるように身構えていたジャッカルの前で、突如ゴーレムが光に包まれて人間になった。自分でも何を言っているかわからないが、実際にそうだったのだからどうしようもない。
(ゴーレムの中に人間が入ってた? いや、どう考えてもゴーレムの方が小さかったよな? なら何だよあれ? まさか昔噂に聞いた、魔導兵ってやつか?)
魔導帝国オーバードが開発したという、人とゴーレムの融合兵器。生きた人間をゴーレム内部に取り込むことで長期間魔力の補充を必要とせずにゴーレムを動かすことができるという、人の命を部品としか考えていない禁断の技術。そんなものが存在するという噂が、一時期流れていたことがあった。
その実態はクリスエイドが「緑の騎士」を作り出す実験の断片情報が漏れたものだったが、当然ジャッカルがそんなことを知るはずがない。そしてそこは問題ではない。重要なのはそれが明らかな軍事技術……口封じが余裕であり得る内容であること。
(ヤバい、ヤバいぞ。ガッツリ見ちまった。え、これ俺消されるのか!? あの金は口止め料? それとも俺もゴーレムの中に閉じ込められて、魔力源にでもされちまうのか!?)
少しでも冷静になって考えれば、その荒唐無稽さに気づくことだろう。だがジャッカルにとって不幸だったのは、ローズがオーバードの皇女であったことだ。それが単なる都市伝説に妙な信頼感を与えてしまい、一笑に付されるはずの妄想が際限なく加速していく。
(待て待て待て、ならこの一連の流れ全部が仕込み……いや、実験? ひょっとしてこいつも単なる村人じゃなく、実はオーバードの工作員とかだったのか?
あり得る、あり得るぞ。俺程度が調べた情報なんて屁みたいなもんだ。オーバードが本気で隠蔽してたら真実に辿り着けなくて当然。だったら……俺が調べたから? こいつにちょっかい出して何者か知ろうとしたから、俺自身にも目をつけられた?)
坂から転がり落ちるように、どんどん悪い妄想が膨らんでいく。そうして「どうやっても絶望の未来しかない」というところまで辿り着くと、ジャッカルは膝を抱えて座り込み、ボーッと天井を見上げた。
(もし生きて帰れたら、探索者は引退しよう。で、もらった報酬を元手に店でもやるか。小さいダンジョンが側にある田舎町にでも引っ込んで、ちょっといい酒と美味いつまみを出す店とか……ははは、夢が広がるなぁ…………)
長いものに巻かれて生きてきたが故に、己の分をわきまえている男、ジャッカル。その平和な妄想が現実のものとなるか否かは、今はまだ誰も知らない未来である。





