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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第八章 歯車男と大異変

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Sideクルト:罠

「むーん…………」


 冷たい床に寝そべりモギュモギュとパンを囓りながら、俺は何とも覇気のない唸り声をあげる。その原因は主に今俺が食っているコレである。


 覚悟して、決意して、期待を込めて開いた宝箱が罠なしだったうえに、中身がパンと水。そのあまりの拍子抜けっぷりに俺のテンションは一気に下がり、昨日は一日ゴロゴロと寝て過ごしてしまったのだ。


 いや、助かったよ? 実質閉じ込められたような状況で水と食料が手に入るのは、それこそ黄金の塊が手に入るより価値がある。何せ金は綺麗なだけで食えないからな。


 だが俺としてはもっとこう……あれだ。劇的に状況を改善できるというか、「こいつはスゲーぜ! これならあんな豚野郎楽勝だ!」となるような何かを期待していただけに、どうしても気分が落ち込んでしまったのだ。


 勿論、多少テンションが落ちたところで、本来ならば動かないという選択肢などあり得なかった。だが手に入ったものが食料だったうえに、気づいたら箱の蓋が閉まっていて、開けたらまたパンと水が入っていたという事実が俺の決意と覚悟をダルンダルンに緩ませた。


 だってそうだろ? 万全に動けるのが今だけだから動かなきゃって理由で気合いを入れていたのに、水と食料が手に入ったんだぞ? 急ぐ理由がなくなってしまったことで、「死にたくない」という当たり前の恐怖が強まってしまったというか……まあそんな感じだったのだ。


 ふふふ、情けないと笑うなら笑えばいいさ。でも人間なんてそんなもんなんだ。ひとまず生き延びられるとわかったら、死ぬ覚悟なんて鼻息ひとつで吹き飛んじまうもんなんだよ!


「もぐもぐ…………ふぅ。とは言え、ずっとこうしてるってわけにもいかねーしなぁ」


 ちょっと前に箱から出たパンと水で食事を終えると、俺はそう独りごちる。これが通常のダンジョンであったなら、無事脱出したであろうゴレミ達が救助を送ってくれるのを待てばいいわけだが、この変異ダンジョンではそうもいかない。ここにずっと滞在できるようになったとはいえ、滞在することは解決に繋がらない。


「ってわけだし、そろそろ動くか」


 時間は多分、夜。今日一日かけて中身が再設置される宝箱から水と食料の予備を十分に確保し終えたことで、俺は遂に動き出した。食糧問題が解決したので別に朝まで待ってもよかったんだが、魔物だって昼間より深夜の方が油断してるんじゃないかと思ったからだ。


 勿論魔物が寝ないということは知っているが、そこは気分の問題ってやつだ。それに全ての魔物が絶対に寝ないなんて確証は何処にもない。ほんのわずかでも俺が生き延びられる可能性を高めるためなら、やれることは全部やって当然だろう。


「さて、それじゃ偵察といきますかね」


 ということで、俺は初日以初めて小部屋を出て、通路の先に様子を窺いにいく。近づくのもヤバそうということで何もしてこなかったが、さてどうなる? 流石に寝てるってことはないだろうが……もし寝てたらこれから毎日神様に感謝の祈りを捧げてもいい。


 ゆっくりそっと、細心の注意を払って通路を進む。果たしてその先に待っていたのは……何と誰もいないただの通路であった。


(よっしゃ、いねぇ!)


 その光景に、俺は心の中でガッツポーズを決める。実のところ、あいつがここにいない可能性は十分にあった。いくらダンジョンの魔物だとしても、同じ場所にずっと突っ立っているわけじゃねーからだ。


 ただ、徘徊するにしてもその範囲がわからない。層全体を移動しているというのなら大分楽になるが、この通路を前後にうろうろしてるだけとかだったら、今ここに姿が見えないことに安心はできない。


 とはいえ、初手の引きは上々。無人の通路を更に進んでいくと、三分ほど進んだ先にあったのは突き当たりで、道が左右に分かれている。


(来てる、来てるぞ! これマジでいけんじゃねーか?)


 分かれ道……つまりあの武装オークが迂回できる可能性が生まれた。「絶対に出会ってほぼ確実に死ぬ」から「半々の確立で出会わない」になったのはとんでもない僥倖だ。


 ははは、やっぱり俺はツイてるな! ああそうさ、こう見えて俺は運がいいんだ! このまま「生存(せいかい)」を選び続けて、地上まで戻ってやるぜ!


(なら……左だ!)


 進むべき方向を選び、俺は地上への一歩を踏み出す。だがその瞬間、俺の左肩に猛烈な衝撃が生じて体が吹き飛んだ。


「っ!? なっ……ぐぁぁぁぁ!?」


 意味がわからず混乱し、左肩に触れた瞬間激しい痛みを自覚して声をあげる。顔をしかめながら視線を向ければ、俺の左肩からは見覚えのない鉄の棒が生えている。


「撃たれた!? 何処から…………罠!?」


 そしてすぐに、それがダンジョンに仕掛けられた罠だと気づいた。そうだ、ここはダンジョンの深層。通路に罠があるのはむしろ当然だ。


 俺は馬鹿か!? 罠に嵌まってここに跳ばされ、宝箱の罠にだってあんなに警戒してたのに、どうして……………………っ


「……ああ、そうか。そうだよなぁ」


 俺には罠を発見するスキルも、解除するスキルも、無効化するスキルもない。油断してたわけじゃなく、そもそも俺程度にはここまで深層の罠は見つけることすらできない……そんな当たり前の現実があっただけだ。


「チッ。とにかく手当を……ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 歯が砕けそうなほど食いしばり、俺は肩に刺さった金属矢を引き抜く。頭がチカチカしてそのまま気絶しそうだったが、それでも何とか血まみれのそれを床に投げ捨てると、腰の鞄から回復薬を取り出し……しかしそれを使うことなくしまい込む。


「駄目だ、まだ使えねぇ……」


 回復薬は、今はこれ一つしか持っていない。加えて左肩なら致命傷というわけではなく、右腕が動けば一応剣も振るえる。ならばここは温存一択だ。何せ万が一足をやられてしまったら、治療しなくちゃまともに移動できなくなるからな。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ…………」


 痛む肩を押さえて、俺は更に通路を進む。酷いダメージを受けはしたが、これで得た教訓もある。


「いけ、歯車……スプラッシュ!」


「ブモ? ブギィィィ!?」


 投げる……というか転がした歯車に反応して、通路の先にいたオークの体に矢が突き刺さる。何故か(・・・)突然発動した罠にオークが苦しんでいる隙を突いて、俺はそそくさと別の通路へと身を隠した。


 そう、魔物は罠にかからなくても、俺の歯車で罠を発動させられるのは、ずっと昔に検証済み。勿論罠の場所がわかってるわけじゃねーから、毎回都合よく魔物が巻き込まれてくるわけじゃねーが、それでも物陰から歯車を転がすだけで身を隠したまま先制攻撃が可能なのは極めて有効。


「はぁ、はぁ、はぁ…………いける。帰れる。ちゃんと俺は…………みんなのところに…………」


 ぽたりぽたりと赤い命をこぼしながら、ダンジョンを進んでいく。どういうわけか出会うオークは全部革鎧を身につけた奴ばかりで、あの金属鎧のオークは見ない。


 となると、あれは特殊な個体だったんだろうか? まあ明らかにあいつの方が強そうだったっていうか、あいつにはこの罠作戦も通じなそうだから、こっちとしては願ったりだが。


「はぁ、はぁ、はぁ…………」


 そうしてどれだけ歩いただろうか。片手じゃ地図なんて書けねーし、悠長に足を止めている時間もないので勘で移動しているが、未だに階段は見つからない。俺がこぼした血の跡がないので、おそらく同じところを通ってはいないはずだが……軽く意識が朦朧とし始め、そういう難しいことが段々考えられなくなっていく。


「帰る。帰るんだ……ゴレミ、ローズ…………今、俺もそっちに…………」


 口を閉じたらそのまま何も言えなくなりそうな気がして、俺は小さくそう呟きながら進む。すると不意に、俺の体がドンと何かにぶつかった。


「ぐあっ!?」


「ブフォ?」


 情けなく尻餅をつけば、目の前にいたのはあの鎧姿のオーク。どうやら俺はここに来て、遂にハズレを引いちまったらしい。


「ブフォー? ブフォー!」


「…………よう、久しぶり。いや、お前はこっちに気づいてなかったっけか?」


 床に倒れ込んだまま右手で強引に剣を抜き、ズリズリと這いずって後ろに下がる。そんな俺の姿を見て、鎧姿のオークがニヤリと笑った……ような気がする。


「ブフォォォォ!」


「おいおい、俺みたいな雑魚に構うなよ…………それでも来るって言うなら…………」


 必要なのは力か、速さか? どっちも必要だがどうやっても足りねーから、俺はあえて何の力も込めていない剣を向ける。実際にはもう歯車を回す気力もないからなわけだが……へへへ、どうせなら最後までかっこつけてもいいじゃねーか。


「ふぅぅぅぅ……………………」


 自分でも驚くくらい、心が静かだ。こういうとき人生を振り返るような光景が頭を流れるって言うが、特に何も浮かばない。


 ああ、いや、違うな。何か今チラッと、ゴレミとローズの顔が見えた気がしたんだが……流石に気のせいだろう。だってジャッカルもいたし。


 ええ? 何でジャッカル? 最後に思い出す顔にジャッカルが含まれるのは違わねーか? そこはリエラさんとかにしてくれよ……ははは。


「ブフォォ!」


 薄ら笑いを浮かべる俺に、オークがでかい剣を振り上げる。もはや後ろに下がることすらせず、ぼんやりとそれを見上げていると……


「マスター!」


 通路の奥の暗がりから、懐かしい相棒の声が響いた。

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